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【「Ryuichi Sakamoto | Opus」評論】モノクロームが音像を際立たせ記憶を喚起する。音楽と映画のファンに遺したラスト・ラブレター

映画.com / 2024年5月12日 14時0分

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「Ryuichi Sakamoto | Opus」は公開中 (C)KAB America Inc./KAB Inc.

 本作の主役である音楽家がすでにこの世にいないことを、私たちオーディエンスは知っている。坂本龍一、2023年3月死去。2年以上に及ぶがんとの闘いの中、2022年9月に最後の力を振り絞って東京のNHK509スタジオでピアノ演奏した全20曲を収録したのが、このコンサート映画「Ryuichi Sakamoto | Opus」だ。監督は坂本の息子である空音央が務めた。

 まず目をひくのが、色彩情報をそぎ落としたモノクロの映像スタイル。坂本自身の白髪と黒のアウトフィット、ピアノの漆黒のボディーに白鍵と黒鍵、白い紙に記された五線と音符など、被写体の多くが白と黒で構成されていることに加え、スタジオ内の照明の加減により、ライトグレーの壁を背景にした昼間の雰囲気を出したり、夜空に浮かぶ満月を模したライトが奏者を照らしたりする趣向も。墨絵のように簡素化された空間だからこそ、ピアノの一音一音の粒、和音がもたらす親密な一体感、残響の穏やかな減衰までもが際立って感じられる。

 ピアノ一台で表現されるのは、YMO時代の「Tong Poo」(東風)から、「戦場のメリークリスマス」「ラスト・エンペラー」といった大作のために書かれた映画音楽、ラストアルバム「12」に収録された「20220302 – sarabande」まで、まさに坂本の音楽人生を凝縮したかのようなラインナップ。シンプルかつ精妙にアレンジされたピアノの演奏がモノクロ画面に伴われて流れるとき、聴き手はオリジナルバージョンの多彩なテクノポップや壮麗なオーケストレーション、さらには映画の名シーンの数々を記憶から呼び覚まし、脳内で補完することになる。情報をそぎ落とした純度の高いモノクロ映像だからこそ、観客がそれぞれの記憶を重ねやすく、それが一層豊かな鑑賞体験につながるのだろう。

 コンサート映画を謳いつつ、ドキュメンタリーの側面が浮かび上がるシーンもいくつか。「Bibo no Aozora」(美貌の青空)では演奏を中断し、左手のボイシングを確認するかのように何度も弾き直す。「Tong Poo」の演奏前には指慣らしをする様子が収められている。現代音楽の一手法であるプリペアド・ピアノを用いた「20180219」では、ピアノの弦を複数の金属製クリップで挟む準備作業から見せて、チェンバロに似た金属的な音色と微妙なピッチのずれが生む不協音を実験しながら探求するかのようなパフォーマンスを記録した。これらから普遍的なメッセージをくみ取るとすれば、準備があってこそ成果が得られること、ミスは起こるものでありそれを克服する努力がさらなる高みをもたらすこと、ルールや常識に縛られず挑戦する精神が新たな創造につながること、といったあたりだろうか。

 モノクロームの映像は喪に服すイメージも喚起する。坂本を映画音楽の作り手だけでなく俳優としても起用した大島渚とベルナルド・ベルトルッチ、親交のあった先達の武満徹、互いの作品をリミックスしたヨハン・ヨハンソンらへの鎮魂を感じさせ、自らが開催する生前葬の趣もある。また、これらの演奏を映画の形で遺したことから、自身が携わった音楽と映画を楽しんだファンへの感謝と愛を込めた最後のラブレターとして受け取ることもできるだろう。珠玉の103分を、ぜひ音響のよい劇場で堪能していただきたい。

(高森郁哉)

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