椎名誠の街談巷語 ぼくが出会った名文家たち 篠山紀信さん、山下洋輔さん…一芸に秀でた人は文章も圧倒的に鋭い
zakzak by夕刊フジ / 2024年4月19日 11時0分
五~六年前、ある出版文化賞の「写真部門」の選考委員をやっていた。あらかじめ候補の写真集をよく見ておき、選考会の会場でさらに作品をじっくり見て議論して決める―ということになる。
選考委員の一人だった篠山紀信さんの発言がいつも楽しく鋭いのに驚いていた。議論は通常の会議のように大きなテーブルを囲んでやるのだが、なんとなくいつも篠山さんの発言によってその年の方向性が決まっていくような印象だった。最初の頃、ぼくはモノカキの若造だったのをいいことに篠山さんとぶつかる意見など述べたりしたが、何時のまにかヒラリヒラリというかんじでかわされてしまった。篠山さんは「選考の理由」という短文の文章もうまかった。いわゆる一芸に秀でた人はなんでも圧倒的に鋭いのだな、ということがよく分かった。
漫画家の東海林さだおさんもそうだ。当然のことながら圧倒的に面白いマンガを息ながく描き続けているが、文章でも、文芸雑誌に長く連載中の「男の分別学」など、「このひとならでは」のとびきり楽しく鋭いものをずっと発表している。文章だけを書くのにもっぱら困窮している当方などは、「ずるいなあ」と思ってジタバタしていたものだ。
そういう多彩な技をもっている人は「考え方=発言」が凄いのだからしょうがない、と最近は納得している。
むかし、その東海林さんと組んで毎回ゲストをお迎えする対談シリーズを連載していたとき、大江建三郎さんに「おしかけ対談」(鼎談)をしたことがある。
大江さんはその対談シリーズのタイトルだった「やぶさか対談」の「やぶさか」という言葉の意味についてを、まず最初の二時間でするどく考察し、それからさらに五時間、対談の相手をしてくださった。ぼくは、タッグを組む東海林さんがいてくれたから、グロッギーになりつつもノックアウトを免れてなんとか立っていられたようである。思えばその日、ぼくは〝話学〟とでもいうべき名人同士の「対決」を目撃したのだった。
伊丹十三さんは、ものごとを高みから見据えつつ、同時に伴走者のような文章を書ける人だった。伴走される側は常に本質を見定められるので大変だっただろうと思う。難しいわけではないが緊張感のただよう鬼文を書ける人だったから、落ちついて読んでいくと怖い。伊丹さんの文章はわかりやすくどんどん読めていけるが、隠し牙のようなものがあって、それで抉(えぐ)られると、しばらくはそれに捕らわれたようになる。
そして、ぼくが長い期間読んでいるのが、ジャズピアニストの山下洋輔さんの本だ。絵本をいれると二十冊も書いている堂々たる文芸家だ。
いろいろなことを書かれているが、ジャズの「山下洋輔トリオ」で世界にうって出て体験した数々のできごとを描くエッセイは、これはもう間違いなく現代の世界西遊記である。トリオは世界を過激にガンガン進んでいく。世の中にこんなに楽しい文章を書く人がいる! ということを発見しただけで、もう日本人全員が誇りに思うような、思わず立ち上がってしまうほどの、そんな名文なのだ。
■椎名誠(しいな・まこと) 1944年東京都生まれ。作家。著書多数。最新刊は、『サヨナラどーだ!の雑魚釣り隊』(小学館)、『机の上の動物園』(産業編集センター)、『おなかがすいたハラペコだ。④月夜にはねるフライパン』(新日本出版社)、『失踪願望。』(集英社)。公式インターネットミュージアム「椎名誠 旅する文学館」はhttps://www.shiina-tabi-bungakukan.com
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