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「無理ができない自分」を受け入れる…ユングが説く“人生の午後を楽しむ”ためのヒント

THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月6日 11時0分

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(※写真はイメージです/PIXTA)

「まだまだ若い人には負けない」…そう思っていても、なかなか若い頃と同じように結果を出すことは簡単ではありません。そのような向上心はそのままに、目的をシフトさせていくことが重要であるといいます。思想家のユングは、老いをどのように考えたのでしょうか。小川仁志氏の著書『60歳からの哲学 いつまでも楽しく生きるための教養』(彩図社)より、老いをポジティブに捉えなおすヒントを解説します。

老年期にふさわしい頑張り方とは?

老いを経験して若者についていけなくなったり、昔と同じようなことができなくなったりして、納得がいかず悔しい思いをしたことはないでしょうか。そうした時、「若者には負けない!」と多少無理をしてでも頑張るべきでしょうか? 

そうではないと主張するのが、スイスの思想家カール・グスタフ・ユング(1875~1961)です。彼は、老年期には無理をせず、今の自分に合わせて、何に価値を置くべきか考え直す必要があると説きました。

「人生の午後」は、肩の力を抜いておおらかに

人はいつ老いに気づくのでしょうか。多くの人は自分では気づかないうちに老いていき、ある日そのことを指摘されてふと気づくという感じなのではないでしょうか。

たとえば、今までと同じようにやっていたことができなくなり、それを年齢のせいだといわれたような場合です。あるいは、定年になって、強制的に仕事を変えざるを得なくなったような場合もそうでしょう。

でもそうした状況は、自分が老いたという事実を、社会から客観的に突きつけられたも同然なのです。老いた自分を受け入れられないまま第二の職場で働こうとしても、若いころと同じようにはいきません。

仕事に限らず、60代、70代となってくるにつれ、趣味も日常生活さえも、昔と同じようにやるということが困難になっていきます。それでも気持ちは変わらないので、ただ単に目の前の困難を恨めしく思うしかないのです。

ではどうすればいいのか? 仕事がうまくいかないことや、日常生活に感じる困難に甘んじるよりほかないのでしょうか? 決してそんなことはありません。心理学や精神分析を専門とするユングは、『無意識の心理』の中でこういっています。

人生の午後は、人生の午前に劣らず意味深い。ただ人生の午後の意味と意図とは、人生の午前のそれとは全く異なるものなのである。(『無意識の心理新装版』人文書院、P122)

「人生の午前」とは若いころのことであり、「人生の午後」とは老いの比喩です。そして人生の午後もまた午前と変わらず意義深いといいます。たしかに午後の方が午前より面白くないとかダメだとかいう人はいないでしょう。一日の午前午後に優劣がないように。

しかし、意味や意図、つまりやるべきことは変わってくるのです。ユングによると、人生には二つの目的があるといいます。第一の目的は「自然目的」といって、結婚し、子どもを産み育て、仕事をして、地位を築くというものです。それに対して第二の目的は「文化目的」といって、いわばもっと大きな目的のためにおおらかに生きるということです。

そして午前は自然目的のために生き、午後は文化目的のために生きるのがいいというわけです。これはなにも、年を取ったら仕事をするなとか、社会的地位を築くなというのではありません。仕事をしたり、社会的地位を築いたりするにしても、それ自体を目的にしてはいけないということです。

目的を達成すること自体が重要になると、必死になってやるでしょうし、無理もすると思います。しかし、それ自体が目的でなくなれば、もっと肩の力を抜いてやれるはずです。大事なことは、そんなふうに肩の力を抜けるかどうかなのです。でないと、身体がついてこなかったり、周囲の人たちとぶつかったりして、うまくいきません。いつまでも若いころと同じやり方ではいけないのです。

何に価値を置くべきか考え直す

まだまだ若い者には負けない。そんなふうにいう年配の方はたくさんいます。それはもちろん素晴らしいことですが、その「負けない」の意味は、若者と同じことを同じようにやって勝つというのではいけないように思います。

同じことをやるにしても、違うやり方をして、全体を最適化する。これが本当の「負けない」ということではないでしょうか。無理して同じやり方で競うというのは、全体にマイナスをもたらしかねません。

年配の人が、若い人の足を引っ張ったり、ポストを譲らないことで彼らの成長や活躍の機会を奪ったり、その結果、組織全体のパフォーマンスが最適なものにならないなどというのは、よく聞く話です。

これでは誰も得をしません。そんな悲劇を起こさないためにも、目的の変化を意識する必要があるのです。ユングはそのことを次のように表現しています。

午前から午後へ移行するとは、以前に価値ありと考えられていたものの価値の値踏みのし直しということである。若い頃の諸々の理想の反対物の価値を悟るということがぜひとも必要になってくるのだ。(前掲書、P123)

ユングのいう「価値の値踏みのし直し」とは、「何にどんな価値があるのか、何に価値を置くべきなのか、考え直す」ということです。しかも、若いころにいいと思ったものの反対のものに価値を見出せといいます。

たしかに若いころはお金や出世が大事だったかもしれません。多少無理をしてでも遮二無二働くというのは、そういうことなのだと思います。

私もがむしゃらに突っ走ってきたくちです。お金や出世のためもありましたが、何より自分の限界に挑戦したかったのです。よく売れっ子作家が、寝る間もなかったと述懐しているのを聞きますが、私もそれにならって睡眠時間を削って執筆してきました。

ところが、50を過ぎたころ、突然身体を壊してしまったのです。まさに価値の値踏みのし直しを迫られました。

私の場合は、50歳というまだ比較的若い段階で、かつそれほど重病でもなかったので、取り返しがつかなくなる前に気づくことができました。いいタイミングで「値踏みのし直し」をする機会が与えられたということでしょう。まだ運が良かったのだと思います。

そう、お金や出世の反対のものといえば、やはり健康でしょう。年を取ってくるとちょっとした無理が大きく響くので、健康の方が重要になってきます。多少睡眠不足が続いても、40代くらいまでならなんとかなります。私もそうでした。

でも、50代だとそうやってダメージを受けるのです。60代だともっと大きなダメージを受けるでしょう。70代だとこういう無理は致命的なものになるに違いありません。

もちろん、年を取ってもお金は必要です。ただ、お金を持って死ねるわけではありませんから、生きている間に使うお金のことだけ考えればいいのです。身体を削ってまでお金を稼ぐというのは、あまりにリスキーです。年を取るとそれは身体ではなく、命そのものを削っていることになってしまいます。

今の自分を肯定し、次世代を育てる

そう考えると、仕事をする意義そのものを変える必要がありそうです。たとえば、一度定年を迎えたり、第二第三の職場で働くような場合は、自分が出世することよりも、人を育てることに価値を置くというのはどうでしょうか。それも自分のやってきたことを形にする過程であるように思うのです。

自分が得た知識やスキルを次の世代に伝えていくというのは、ある意味で自分の成長の一部と捉えることができます。そう考えれば、価値の値踏みのし直しとはいえ、まったく別のことをやるわけではないのです。これはユングも釘を刺しているところです。

肝心なのは、反対物への転化ではないのだ。その反対物を承認しながら、以前の諸価値を保持することなのである。(前掲書、P125)

「ただ反対のものを良しとするのではなく、これまでのものも両方保て」ということです。ユングは何も、正反対のものを大事にしろとか、自分のやってきたことを否定しろとかいう二者択一を迫っているわけではないのです。むしろ自分のやってきたことを肯定し、その延長線上に別の形での遺産を築きあげるイメージです。次世代を育てるというのは、まさに遺産を残すことですから。

狭い意味での自分の業績だけにこだわると、晩節を汚すことにもなりかねません。ユングのいうように、以前の価値を保持しつつ、反対物を承認する。それが理想なのです。これは仕事だけでなく、生き方全般に当てはまるものだと思います。

もう無理ができない自分を受け入れる。でも、それは今までの自分のペースを変えたり、やり方を変えることであって、自分の本質まで変えることではないはずです。老いは卑屈になることでも、自分を否定することでもありません。あくまで「自分」に合わせることなのです。この場合の自分とは、もうそこにはいなくなってしまった幻の自分ではなく、今の自分です。

今の自分に一番合った、自分が一番心地よいと思える自分。そんな自分に合わせて生きる時初めて、人は老いを楽しむことができるのではないでしょうか。そして最高のパフォーマンスをすることができるのではないでしょうか。

小川仁志

山口大学国際総合科学部教授

哲学者

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