北朝鮮の金正恩体制の中核にヒビか
Japan In-depth / 2016年8月23日 23時0分
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
北朝鮮のイギリス駐在公使一家が韓国に亡命した事件はアメリカでも真剣な関心を生み、オバマ政権内外でも、今回のエリート外交官の脱北が現政権を支えてきた労働党中核の不満や動揺を示すとの観測を強め始めた。ひょっとすると金正恩政権の終わりの始まりか、とも読まれているわけだ。
ロンドンの北朝鮮大使館のナンバー2で、金正恩政権の対欧州スポークスマンともなっていたテ・ヨンホ駐英公使の亡命はワシントンでも大きな驚きとともに波紋を広げた。
大手研究機関の戦略国際問題研究所(CSIS)の朝鮮部長で元国家安全保障会議のアジア部長のビクター・チャ氏は8月17日、「北朝鮮幹部外交官の亡命の意味」と題する報告書を発表した。
同報告書の骨子は以下のようだった。
・北朝鮮にとってロンドンの駐英大使館はニューヨークの国連代表部と並んで外交面で の最重要拠点であり、とくに駐英大使館は北朝鮮の現在の李洙墉(リ・スヨン)外相や玄鶴峰(ヒョン・ハクボン)駐英大使が金正恩体制の全世界向けのプロパガンダの発信役として活動してきた舞台である。
・亡命したテ公使も北朝鮮政府全体でもごく少数の英語がきわめて流暢なエリート外交官でイギリス駐在10年の実績があり、その脱北はこれまでの北朝鮮外交組織では最高位の外交官の亡命となる。テ氏はこれまでイギリスの公開の場で頻繁に演説や講演をして、欧米メディアの北朝鮮報道を「偏向し不正確」などと非難する当事者だった。
・テ氏は明らかに金政権からの信頼が厚く、これまでも労働党の幹部としても優遇されてきたわけだが、そんな立場の外交官までが亡命する事実はエリート層の間でも政権に対する不満が深まった証拠だといえる。この動きは金正恩政権にとっての深刻な危機を意味する。
・テ氏は欧州での北朝鮮亡命者を追跡し、監視する任務とともに政権のための秘密資金の管理にもかかわってきたため、韓国側としては欧州各国の北朝鮮外交公館の脱北者対策や資金調達の実態に関する最新情報を得られることが期待される。
・北朝鮮のエリート層ではこんごも亡命の動きが広まるとみられるが、金政権は当然、その阻止のために世界各地の北朝鮮大使館や出稼ぎ労働者、技術者への監視を強めることが予測される。また金政権による北朝鮮国内での一般への抑圧も一段と高まるとみられる。
チャ氏の報告書は以上の諸点を指摘して、今回の外交官亡命事件を「北朝鮮外交では最大の失点の一つ」と位置づけ、金政権の重大な危機の始まりの可能性を強調していた。
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