『もののけ姫』のエボシ御前は過去エグすぎ? 宮崎監督が語る「裏設定とモデル」
マグミクス / 2023年5月26日 7時25分
■タタラ場の指導者・エボシ御前の壮絶な過去、そして意外なモデルとは
エボシ御前は、スタジオジブリの映画『もののけ姫』(監督:宮崎駿)に登場する主要人物のひとりです。タタリ神に受けた呪いを受けた主人公・アシタカが、牛飼いの男たちを助けたことで流れ着いた「タタラ場」と呼ばれる集落の指導者でした。冷静沈着で頭脳明晰な美女であるエボシ御前は、身売りされた女性などの社会的弱者が生きていけるような居場所を与えています。
その一方で、アシタカが呪いを受けるきっかけを作るなど、多くの犠牲を生んだ張本人でもありました。というのも、アシタカに呪いを放った「ナゴの守」は、エボシ御前に撃たれたことで「タタリ神」になってしまったからです。
善か悪か、単純には言い切れないいくつもの複雑な側面を持ったエボシ御前ですが、実は彼女には、本編では描かれていなかった設定がありました。今回はエボシ御前のモデルになった人物について紹介するとともに、彼女の壮絶な過去を紹介します。
宮崎駿監督の著書『折り返し点』での歴史学者・網野善彦氏との対談によると、エボシ御前には「立烏帽子」というモデルが存在するそうです。立烏帽子とは、伝説上に登場する絶世の美女のことで、「鈴鹿御前」という呼び名でも知られています。もともとは現在の三重県の鈴鹿山に棲んでいたとされる女性です。
鈴鹿山のある亀山市の「亀山市歴史博物館」のサイトの説明を引用すると、「鈴鹿山にあらわれたという女の山賊で、大変美しい人であった」「、鈴鹿山の山賊のかしらである悪路王の妻」「天皇の命令で立烏帽子を退治にきた坂上田村麻呂のことが好きになり、悪路王をうちとるときに手を貸した」とのことです。
そんなエボシ御前について、宮崎監督は制作過程追い続けたドキュメンタリープロデューサーの浦谷年良氏の著書『「もののけ姫」はこうして生まれた。』で、「辛苦の過去から抜け出した女性」と称しています。作中では語られていないものの、実は彼女自身も「かつてタタラ場の女性たちと同じように身売りされた」という過去を持っているのです。
海外に売られてしまったエボシ御前は、倭寇の頭目の妻になります。倭寇とは13世紀から16世紀にかけて、朝鮮半島や中国、その他東アジア地域を荒した海賊たちのことです。倭寇は略奪だけではなく密貿易まで行い、多くの富や技術を手にしていたと言われています。
エボシ御前は頭目の妻になった後、次第に頭角を表します。そして最後には、夫である頭目を殺し、金品と石火矢の技術を手に入れて日本に持ち込んだそうです。
身売りされた女性たち、病に苦しむ人々など、社会的弱者を保護するだけではなく、彼女らに教育や仕事も与えているエボシ御前。自分の守るべきもののためならば神を殺すことも厭わない彼女ですが、そのような残酷とも思える強さの背景には、壮絶な過去が関係しているのかもしれません。
ちなみに、97年発売の「TECH WIN 10月号別冊/VIDEO DOO! vol.1」に掲載された宮崎監督へのインタビューによれば、プロデューサーの鈴木敏夫氏は物語のエンディングで、エボシ御前が「死ぬ」という展開を望んでいたそうです。鈴木氏には「ああいう神を神とも思わぬ近代合理主義者は宿命として死ぬべきだと」という、考えがありました。しかし、宮崎駿監督は悩んだ末に、「エボシ御前を死なせない」と決めたのでした。
終盤、モロの君に右腕を噛みちぎられたエボシ御前は、生き残ったタタラ場の人たちの前で「みんなはじめからやり直しだ。ここをいい村にしよう」と発言しています。この発言は「田村麻呂と出会って改心した」という、立烏帽子の設定が生かされているのかもしれません。
宮崎監督は前述の「TECH WIN」のインタビューで、エボシ御前を生き残らせた理由のひとつとして「生き残る方が大変だと思っているもんですから。」と語り、彼女の今後について「エボシは革命家ですからねぇ、何とかするでしょう。」と述べています。良くも悪くも苛烈な生き方のエボシ御前が、映画が完結した後にどんな村を作ったのか、できれば人間も自然もちょうどよく共生できる場所になっているといいですね。
(LUIS FIELD)
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