『北斗の拳』もはやケンシロウにかなう敵なし…最後は何を描いて物語の幕を閉じたのか
マグミクス / 2024年4月19日 7時10分
■世紀末救世主伝説はこうして完結した
「週刊少年ジャンプ」のバトルマンガといえば、次々と現れるライバルとの戦いを通じて相互理解を深めたり、試練を乗り越えて成長したりするのが王道の展開です。しかし『北斗の拳』では「カイオウ」以降、ライバルと呼べるようなキャラクターは登場せず、主人公「ケンシロウ」が苦戦することもありませんでした。「修羅の国」編以降の『北斗の拳』では何が語られたのでしょうか。
●次の世代に目を向ける
「修羅の国」編までにおいてケンシロウは、「北斗神拳」の伝承者として過去の因縁を断ち切り、全てに決着をつけました。これまでは常に挑戦者の立場でしたが、拳士として完成し、もはや敵無しです。以降、物語の中心にいたのは「ラオウ」の遺児「リュウ」や、物語の最初から登場している弟分「バット」でした。ケンシロウは主役ではなく、彼らを成長させる精神的な師、または兄としてのポジションで描かれています。
神を憎みラオウを崇拝するバラン。悪人には違いないが「漢の死に様(ケジメの付け方)」をリュウに遺した。第234話「覇王の影!の巻」より
●リュウとの旅
北斗神拳にはケンシロウに続く伝承者がいません。それどころか、ケンシロウからは自身の師父である「リュウケン」のように、次の伝承者を育成しようという意志が感じられないのです。この点についてはバットも懸念していました。「元斗皇拳」の存続を気にしていた「ファルコ」とは対照的な姿勢だといえます。
そのようなケンシロウがラオウの遺児リュウをともなって旅をしたのは、北斗神拳伝承者として鍛えるため……ではありませんでした。ケンシロウはリュウに自分の生き様や戦いを見せるだけで、何も教えません。そもそもケンシロウは、甥っ子であるリュウを伝承者にするとひと言も言っていませんし、リュウも北斗神拳を学びたいと言っていません。旅の目的は別にあったのです。
ケンシロウとリュウの旅は、ラオウの残した「影」を巡る旅でした。かつて拳王軍の馬のエサ係だった「コウケツ」や、ラオウに憧れた「バラン」が人びとを苦しめていたからです。ケンシロウはラオウの残した悪しき「影」を打ち倒すことで、ラオウの目指したものや生き様をリュウに伝えます。リュウにとっては叔父の戦いを通じて父を知り、自分に流れる血を自覚する旅だったといえるでしょう。
リュウと別れた際に残した手紙に記したように、ケンシロウは旅を通じてリュウに哀しみを知る心を持ってほしかったのです。これは誇り高く強すぎたラオウにとって、認めることが難しかった感情です。
■ケンシロウはなぜ荒野へと去っていけたのか
ケンシロウとリンのため自ら胸に7つの傷をつけ命をも投げ出そうとするバット。第240話「愛をくれた者のために!の巻」より
リュウとの旅を終えたケンシロウは「黒王号」と共に「ユリア」の眠る地に帰ります。そこで「マミヤ」から、「リン」と結婚するはずだったバットが「死環白」の秘孔を突かれたリンの記憶を消して、本来のリンに戻そうとしていると聞かされました。バットはリンにふさわしい男は自分ではなくケンシロウだと思っているのです。
多くの男たちの哀しみを背負うケンシロウは、リンやバットの想いに応えるつもりはありません。ふたりの前に姿も見せず歴史の影に消えていく、それがこの時点でのケンシロウの考えだったようです。
しかし降りしきる雨のなか、涙を流すユリアを幻視すると突如として胸の傷が光を放ち、ケンシロウの目の前で雷光がスパークします。目を覚ましたとき、ケンシロウは記憶を失っていました。
『北斗の拳』最終エピソードは、第1話のように、ケンシロウとバット、リンの3人が中心になります。ケンシロウに憧れるリンと、リンに恋愛感情を持ちながらもケンシロウを兄と慕うバットの関係性に、改めてスポットが当たって深堀りされていくのです。
バットは迷うことなく、愛する女リンと兄貴と慕うケンシロウの幸せを願い、記憶喪失になったリンとケンシロウがゼロからやり直せるようお膳立てします。そしてケンシロウに復讐しようとする盲目のならずもの「ボルゲ」と戦い、「偽のケンシロウ」として死ぬことを選びました。偽物だと悟られないよう、ドリルで抉られても叫び声を上げないバットの精神力は凄まじく、究極の自己犠牲だといえるでしょう。
しかし最後の最後に記憶を取り戻したケンシロウが、ボルゲを撃破してバットを助けます。リンもまた全ての記憶を取り戻しました。そして献身的だったバットの愛情に気づき、ふたりは結ばれます。こうして3人が出会うことで始まった北斗の物語は、その最初の3人のエピソードで完結を迎えました。ケンシロウはひとり、戦いの荒野へと去っていきます。
バットとリンはケンシロウにとって家族、よってその血脈は遺された。第244話「死を賭してなお悔いず!!の巻」より
●ケンシロウにとっての血脈とは?
『北斗の拳』は父から子、師から弟子へと受け継がれる血や情念を巡る物語だといえます。たとえ肉体は滅んでも、血(遺伝子)や想いが子孫に受け継がれていくことで永遠性を獲得するのです。しかしケンシロウには弟子や子供がいません。北斗神拳がどれだけの想いを紡いできたか、もっとも良く知っているはずのケンシロウが、それを次代へ繋げようとしないのはやや不自然に思えます。
しかし重要なのは遺伝子のキャリアとしての「血」だけではありません。ラオウがバランに自分の拳を「盗め」と言ったように、敢えて教えなくても側で生き様を見せることによって継承されるものがあるのです。ケンシロウと旅をしたリュウには亡きラオウとケンシロウの生き様が受け継がれました。ケンシロウにとって弟であるバットも同様です。
ケンシロウが弟子をとったり子供をもうけたりしようとしないのは、すでに自分の精神の「血」が甥のリュウや弟のバットに受け継がれたと確信しているからでしょう。だから戦いの荒野で倒れ、名も知れず葬られても心残りがないのです。
ケンシロウは成すべきことを全て成し遂げました。そして明確な存在証明となる弟子や子供がいないこと、その後が語られないことによって、生きながらにして伝説になったといえます。きっとエンディング以降の北斗ワールドでは、「世が乱れると胸に7つの傷のある男が現れ悪を滅する」と語り継がれていることでしょう。
* * *
2024年4月19日(金)、『北斗の拳』40周年を記念しコアミックスより刊行が開始されたコミックス『新装版』の、第17巻と第18巻が発売されました。これにて、2023年9月より続いてきた同版の刊行は終了です。なお各巻の収録話は、10年前に刊行された「究極版」と同じです。
またコアミックスのマンガ配信サイト「WEBゼノン編集部」の『金曜ドラマ 北斗の拳』にて、その刊行にあわせ、本編における最後の「ラオウ語り」と、バランの「漢の死に様」を描く第235話「拳にて砕けるにあらず!!の巻」および第236話「死すために男は…の巻」を、2024年4月19日(金)0時から同年5月2日(木)23時59分までの期間、無料で公開しています。
(C)武論尊・原哲夫/コアミックス 1983
(レトロ@長谷部 耕平)
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