国境紛争を観光化するインド・パキスタン - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2013年11月5日 11時38分
お互いに向き合ってパフォーマンスをする
観客の大歓声のなかで、そうしたやりとりが30分も続くと、最後に国旗の降納が行われる。式のクライマックスだ。お互い自国の国旗を、降ろすための紐を交差させながら、じわじわと降ろしていき、それぞれの警備隊が旗をもって自陣に戻ると、門は再び閉ざされる。
交差して旗を降ろす
旗を収納する警備隊
その後観客は、自国の警備兵に駆け寄って一緒に写真を撮ったり、インド側から国境近くまでやってきた人々と国境を挟んで写真を取り合ったりしている。国境という、二つの国民を分ける緊張の場が、見事なまでに、ナショナリズムと和解、共存をともに全面発揮させる観光儀式と姿を変えた、素晴らしい「紛争解決」の技である。
パキスタンの専門家である大阪大学の山根先生に聞くと、いつからこの儀式が行われているかは不明だが、何回か繰り返された印パ戦争の時期を除けば、毎日、日暮の時間帯に続けられてきたとのこと。98年にインド、パキスタン間で核実験競争が深刻化し、核戦争の発生が危惧されたとき、翌99年に両国首相がラホールで会談して信頼醸成措置が取られたのだが、この儀式の観光化はこのときから行われたらしい。一歩間違えば一触即発となりかねないこの現実を、両国間にバスを通し、両国の住民が自国愛を存分に叫びながら、同時に隣国との共存を確認する観光行事に、変えてしまったのだ。
儀式自体の原型は、分離独立前の英領インドとアフガニスタンとの間の国境で行われていたらしい(というのは、前述山根先生の解説)。否応なく境界で緊張を強いられている地元社会の知恵と、国のトップの平和への追求が、このような儀式を可能にしたといえよう。
このアイディア、広くさまざまな国境紛争で応用できるのではないか。
イスラエルがパレスチナ占領地にユダヤ人社会とパレスチナ人社会を隔てるために築いた壁。これが透けてお互いの姿が見え、毎日一回は門が空いてお互いの顔が見えるようなことにならないものだろうか。そもそも、お互いの警備兵が統率された儀式を行うには、ひそかに合同練習が必要なはずだ。そういう密かな通じ方が、いつか壁を崩すことにならないものだろうかと、同行したアラブ研究者たちとついつい考えてしまった。
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