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「信頼できない話は大声でやって来る」 科学者、菊池誠さん<「どうする?原発」インタビュー第6回>

ニコニコニュース / 2012年8月28日 16時5分

「デマ」や「トンデモ」に警鐘を鳴らす科学者、菊池誠さん

 2011年3月の福島第一原発の事故以降、放射線に関するさまざまな情報が飛び交った。「内部被曝で鼻血が出た」「先天性異常の赤ちゃんが生まれる」......。その多くは、不正確なデータや出どころ不明のデマだったが、ツイッターなどネット上であたかも真実のように拡散してしまったケースも少なくない。

 そうした情報を「真実ではない」と、指摘し続けてきた科学者がいる。大阪大学サイバーメディアセンター教授、菊池誠さんだ。専門は物理学だが、以前から科学的立場を装ったオカルト情報「ニセ科学」に対して警鐘を鳴らしてきた。日々、マスコミやネットから押し寄せてくる無数の情報の中から、私たちは一体、何を信頼したらいいのか、菊池さんに聞いた。

(聞き手:亀松太郎)

■「あなたの鼻血は被曝ではない」と誰かが言うべき

――菊池さんがニセ科学には関心を持つようになった経緯は?

 もともと、変な話は好きだったんです。最初は単に好きなだけだったんですが、1995年にオウム真理教事件がありました。そのオウムで科学技術省のトップだった村井秀夫は僕が勤めている大阪大学で物理学科の大学院を出ていた。つまり、科学の専門教育を受けたはずの人が超能力を売り物にするカルトの中で科学をやろうとしたわけで、それはどういうことなのかを考えるようになりました。

 それから数年後に、江本勝の『水からの伝言』という著作が小学校の道徳教育に使われているのを知り、「これはいくらなんでもまずい」と思って積極的に発言を始めました。2000年代に入ってからです。

――それから10年くらい経って、今回の震災が起き、いろいろな情報が乱れ飛びました。デマや科学データに基づかない発言に対して、何か言わなきゃというのは、ニセ科学と共通する部分があるんですか?

 共通するところはあります。放射能に関するおかしな情報といっても、学説ではあるものの認められていないマイナーなものから、完全なトンデモまで幅がありますよね。科学的には完全におかしな話を耳にして、それで怯えているような発言がツイッターなどで見つかります。そうするとやっぱり、「それはないよ」って誰かが言っておいた方がいいんじゃないかなと思うわけです。

たとえば、低線量の被曝なのに、事故直後から「放射能の影響で鼻血を出している人がいる」って言い張る人がいた。だけどこれはさすがにありえない。これは被曝の影響についての常識的な知識がある人なら誰でも否定できる話です。

――放射線の影響がただちに鼻血につながったということは?

 ありません。それは言える。被曝の急性症状が出るのは高線量の被曝をした場合です。鼻血が出るほどの被曝をしたら、鼻血以外にも症状が出ているはずです。だけど、福島原発事故でそんな高線量の被曝をした人はいません。そういう明らかにおかしなことを言うひとにぎりの人達がいて、それを聞いて不安に感じる人達がいるっていうのが嫌なんです。不安になるのはわかるし、心配したほうがいいこともあるけど、この鼻血問題に限れば放射能の影響とは関係ない。だから、そういう不安に対しては「鼻血は被曝の影響ではありません」と言った方がいいと思うんです

■ガイガーカウンターが間違っているケースも

――なるほど。積極的になったきっかけはありましたか?

 特定の何かというよりは、細かいことがいろいろあったのですが、今挙げた鼻血の話が出てきたときには仰天しました。それから、ガイガーカウンターの使い方の問題もあった。「ガイガーカウンターを持って測りにいったら、ここで凄く高い線量が出ました」っていう話がネット上にたくさん出るじゃないですか。高エネルギー加速器研究機構教授の野尻美保子先生や、東京大学大学院教授の早野龍五先生のツイートを見たり、ほかにもいろいろな方と議論したりして、どう考えても測り方がおかしい例が多いことがわかりました。

 ガイガーカウンターは不適切な測り方をすると正しい数値がでないのですが、その場合は実際よりもずっと高い数値が出るケースが多い。それはまずいと思いました。単に高い低いって比較するだけならまだいいんだけど、数値の評価をしちゃうじゃないですか。そうすると数値がある程度正しくないとだめですよね。

――ただ放射能って目に見えなければ、匂いも何もないし、そういう機器に頼りたくなるということなんでしょうね。震災直後は、公的機関の調査も全面的に行われていたわけじゃないんで、やっぱり自分の手で知りたい、調べたいっていう、そういう不安に基づいた気持ちっていうのは自然なのかなと。

 専門家ではない一般の人たちが、ガイガーカウンターを買ってきて周囲の放射線量を測るというのは、すごくいいことだと思っていました。ただ、変な測り方をすると、ありもしない数値が出る。

 不適切な測り方でそういう数値を出していては却って人の迷惑になるから、せっかく測るならできるだけちゃんと測りましょう」ということを伝えなくてはならないと、野尻さんやツイッターで知り合った色々な人達と話しました。そこで、2011年6月に八谷和彦さん(メディアアーティスト)が企画をまとめられて、高エネルギー研究所の方々やSF作家の野尻抱介さんたちと一緒に『ガイガーカウンターミーティング』というイベントを東京で開催しました。

――正しい測り方を身につけるためにはどうしたらいいのでしょうか?

 ガイガーカウンターミーティングの講義を鈴木みそさんがまんがにされました。単行本『僕と日本が震えた日』にも収録されているので、読んでいただくのがいいと思います。ガイガーカウンターは、スイッチを入れて待てば正しい答えが出るという物ではないんです。自分が使っているガイガーカウンターの特性を知っておかなくちゃいけない。どのくらいの時間をかけて測らなくちゃならないかとか、何回くらい測って平均をとらないと意味のある数が出ないかとか。それに、機械そのものがそもそも正しくないものがある」

――機械がですか?

 そうです。本来の数値より高く出るものや低く出るものがありますし、ガイガー管自体のノイズのために、放射線がないはずの鉛の遮蔽箱に入れても0.05マイクロシーベルトとか出ちゃうものもあります。そのガイガーカウンターがどういう傾向をもっているかをなんらかの方法で確認する必要があります。自分が持っている測定器の特性を知っておくというのが一番大事だと思います。今年7月にも福島市と郡山市でガイガーカウンターミーティングを開きました。

■「福島はチェルノブイリと全然違う」

――今、放射線の値や、外部被曝、内部被曝の影響のデータなどが、それなりに集積されてきているかと思います。ただ一方でネットなんか見ていると、「まだ危ない」という声も大きいように聞こえるのですが?

 7月のガイガーカウンターミーティングで早野先生がおっしゃったのは、「福島はチェルノブイリではない」ということでした。福島に住む人々の被曝量はチェルノブイリとは全然違うということです。早野先生たちは南相馬に住む方々の内部被曝をホールボディカウンターで調べています。

 その結果、どういうものを食べると内部被曝がちょっと高くなるとか、だいぶ分かってきています。福島県内でも、普通に流通している食品を食べているなら、内部被曝を心配する必要はないということがはっきりしてきました。また、外部被曝も空間線量から積算されるよりはだいぶ低そうだということもわかってきた。そういったことが、測定データとしてはっきりしてきています」

――そのデータというのは、誰が解析していて、どういう形で発表されているものなのでしょうか?

 内部被曝について僕らが信頼しているのは、早野先生たちが測っているデータで、これはデータそのものが細かくわかっているから。その他の測定もあって、内部被曝が少ないことはわかるのだけど、データの発表のしかたにはいろいろな問題があります。食品については、新聞などでは検出量の多いものだけがニュースになるんですけど、実際には農作物などの市場に流通している品はほとんどが不検出です。行政も測っているし生産者や流通業者も測っているし、生協が測った「食事丸ごとの放射性物質量」などもあって、データは揃ってきている。牛ばかり測っているとか、問題はありますが。

■「信頼できない話」は大声でやって来る

――さっき、早野先生や野尻先生のお名前が出ました。例えば、その2人に関しては、菊池さんは一定の信頼を持っているということだと思うのですが、「この人は信頼できる」「この人は信頼できない」と見分ける時のポイントとなるものは何ですか?

 信頼できる方はたくさんおられます。考え方や検討のプロセスをある程度きちんと説明する方というのは、判断基準として重要だと思います。あとは、なんだろうな。「信頼できる話」っていうのは、割と淡々とやって来ますよね。

――淡々とやって来る?

 淡々とやって来る。そして、「信頼できない話」は、大声でやって来る。糸井重里さんが、誰を信頼するかっていったら、なるべく脅かさない人だとか、なるべくユーモアがある人だとか書いていらっしゃったんだけど、こういう見方は判断の基準として意外に正しいんじゃないかと思います。声が大きくて脅すようなことを言っている人たちの主張はたいてい科学的におかしい。

――そうすると、今の状況というのはどうですか? そういう観点から見たときに、声が大きい人の主張が通っているのか、それとも淡々とやって来る話がそれなりに浸透しているのか?

 信頼されるべき人が信頼されるようになってきている気はしています。だって、最初の頃には「すぐにも人がたくさん死ぬ」って言った人たちがいて、だけどそんなことは起きなかったじゃないですか。「すぐにも先天性異常の子がたくさん生まれる」って言った人もいるけど、そんなことも起きなかった。そういう極論を言っていた人たちの間違いははっきりしたわけです。こういう「起きなかったこと」に対しては、冷静にとらえる捉える人が増えているのじゃないかと思います。

――雑誌のインタビューで菊池さんは、「人はそういう『0か1』という極端な方を信じたがり、間の状態というものに耐えられない傾向がある」というようなことをおっしゃっていましたね。

 福島市くらいの、低線量とはいえそれなりの空間線量があるところは、被曝による健康への影響を考えると、『すごく危なくはないし、さりとて、絶対に安全と言い切れるわけでもない』というグレーなところですよね。そういうところで個々に判断しなくてはならないわけです。危険か安全かのどちらかに決めてしまえば楽ですが、実際はグレーです。とはいっても、被曝による健康被害はほとんど起きないだろうと考えられていますが。

 もっとも、本来ならそういう心配をする必要がないはずの東京あたりのほうが、危険とも安全ともいいきれない宙ぶらりんの状況に耐えられずにいる人が多いのかなぁっていう印象がありますが。いずれにしても、放射能問題は「あるかないか」ではなくて、「どの程度あるか」という程度問題です。それを「あるから危険」、「ゼロ以外は安全ではない」。「福島は汚染されているから、全員避難するべき」のように極端に考えてはいけないと思います。

■「子供を産めるのか」は、気にしなくて良い

――「福島県の人たちの不安」ということに関連してなんですが、一時期、福島県で「子供を産めるのか」という話がありました。たとえば、「私たちは子供を生めるんですか?」という不安を持つ女子高生がいたとしたら、菊池さんはどのように答えますか?

 答えるのは簡単で、「被曝の影響は気にしなくて良い」ですよ。つまり、今回のような低線量の被曝でそんな問題が起きるとは考えられていない。本当は「子供が生めますか?」だなんて、そんなことを高校生に言わせちゃいけないんだけど、言わせる人がいるじゃないですか。僕はむしろそういうことを言わせる大人たちに怒りを覚えるんですが・・・

 本当に自発的に言っているならまだしも、言わせるならなおのこと、彼女らの心の傷になりますよね。だけど、科学的には全然問題ない。問題ないって言う意味は、よその土地に住んでる人と変わらないという意味ですよ。

――なぜそう言えるのか、理由を教えていただけますか?

 たとえば、「先天性の異常を持った子供が、被曝の影響でどれだけ生まれるか」っていうのは、原爆の影響などからわかっていて、いわゆる「しきい値あり」なんです。つまり、高い線量の胎内被曝をしないと被曝による先天性の異常は起きない。福島でそれだけの被曝をした人はいないんですよ。

 気をつけなくてはならないのは、被曝影響と関係なく、先天性の異常を持った子供は一定の率で生まれることで、それを被曝のせいだと思い込むとおかしなことになります。差別にもつながる。それから、遺伝的な影響についてですが、これって原爆の被爆2世問題と同じでしょう? 遺伝的な影響はほとんどないと考えられるのに、それを言い続ける人たちというのは、被爆者差別とか被爆2世差別とかを知らないのかなと思います。過去の繰り返しじゃないですか。これが差別問題につながっていることはきちんと理解してほしい。

――いわゆる(原子力業界を擁護するという意味で)「御用学者」という言葉が一時期、流行っていましたが、菊池さんのところにも「御用学者」というような反応がツイッターで来ることはありますか?

 一時はありましたが、気にしないことにしました。ただ、御用学者とかいう言葉で一括りにするようなやり方で「ある一定の見方をする人たちは全部排除します」というのが誰にとって得なのかって言われたら、僕は誰にとっても損だと思う。そのおかげで発言しづらくなった専門家はいますよね。それはいいことじゃないと思います。

――あまりにもその人たちを攻撃してしまったがために、その人たちの意見があまり出てこなくなったのは、良くないということですか?

 原子力の専門家は大学の研究者であっても、原子力産業とつながっている方が多いじゃないですか。でも、その方々が一番知識があるわけですよね。そもそも、工学は産業にかかわってこそ価値があるものだと思いますし。御用学者と呼んでどうしたかったのかな、何の利益があるのかな、って思います。彼らにこそ意見を色々聞いたらいいと思うんだけどね。

(了)

■菊池誠(きくち・まこと)
1958年生まれ。大阪大学サイバーメディアセンター教授。専門は学際計算統計物理学。日常生活で人々がはまりやすい「ニセ科学」についても警鐘を鳴らしてきた。著書に『科学と神秘のあいだ』(筑摩書房)などがある。

編集者注:この記事は、8月11日に生放送した番組「<どうする?原発>科学者・菊池誠が語る『トンデモ・デマから身を守る方法』」に加筆修正したものです。

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送] 「トンデモ・デマから身を守る方法」 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv103478592?po=newsinfoseek&ref=news
・特集「どうする?原発」
http://ch.nicovideo.jp/channel/genpatsu

(聞き手:亀松太郎 書き起こし:寺家将太、ハギワラマサト、吉川慧 編集:猪谷千香)



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