「名門校」は単なる進学校と何が違うのか
プレジデントオンライン / 2015年3月7日 12時15分
■名門校ほど「真のゆとり教育」を実践
「名門進学校」と聞くと「ガリ勉の館」を思い浮かべる人も多いかも知れないが、実際は違う。
開成にしても、灘にしても、筑駒にしても、校風は自由。学校行事は生徒たちの自治による。宿題はドリルよりレポート形式が多く、特に中学生のうちは、実験やフィールドワークなどの機会も多い。教科横断型の授業も充実している。「真のゆとり教育」と呼べる内容だ。決して東大一辺倒の教育をしているわけではない。
1982年以降東大合格者数1位を独占している開成の柳沢幸雄校長は「生徒たち全員に東大に行けと指導すれば、250人だって合格させられる。しかしそんなことをして何の意味があるのか」と問う。戦後の新学制移行以降一度も東大合格者数トップ10から外れたことのない唯一の学校である麻布の平秀明校長は、「最終学歴麻布でいいと思える教育をしている」と言う。
一般には、いい大学にたくさんの生徒を送り込むのが名門校だと思われがちだが、むしろ「大学に行かなくてもいい」と思えるほどの教育をしている学校こそ「名門校」と呼ばれる。しかも、学校のレベルが上がれば上がるほど、受験に特化した指導をしなくなるという逆説も成り立つ。
ではなぜ、これらの学校は、受験に特化した指導もしないのに、毎年突出した大学進学実績を残すことができるのか。
「中学入試で地頭のいい子を集めているから」とか「塾に受験指導を任せているから」という指摘もある。間違いではないが、十分な説明にはならない。だったらほかの学校もそうすればいいだけの話である。実はこれらの学校も、かつては大学入試のための勉強をかなりさせていた時期があったのだ。安定した進学実績が出せるようになってから、生徒への管理を緩めた経緯がある。
■大学受験にとらわれない学校文化
名門校に限らず、最初から「受験勉強だけをさせればいい」と思っている学校はほとんど存在しない。どんな学校でも基本的には教養主義や人格教育を旨としている。しかし大学進学実績を残さないと、優秀な生徒が集まらないので、まずは大学進学実績を安定させることに注力する。つまり、受験重視か全人教育重視かの違いは、教育理念の違いではなく、学校としての成熟度の違いだと考えたほうがいい。
すでに実績が出ている学校はそこを強調しなくていいので、結果的に教養主義や人格教育を打ち出せる。より本質的な教育に力を入れられる。「大学受験なんて小さな目標ではなくて、もっと遠い将来の大きな夢を掲げろ」と生徒たちを鼓舞できる。生徒たちもその気になる。結果、大学入試を、あくまでも通過点として、余力を残してクリアしていく。それが学校の文化として「当たり前」になっていく。
名門校の生徒たちは卒業するまでになんとなく理解する。先輩たちが積み上げてきた実績のおかげで、自分たちも目先の偏差値にとらわれない本質的な教育を受けられていることを。「自分たちだけそのメリットを享受して後輩に同じ環境を残してあげられないとしたらそれはかっこ悪い。先輩たちからの恩を後輩たちに返さなければ」と。いつの間にかそういう意識が芽生える。
高2までは保護者も先生も心配するほどにやんちゃやおてんばをするが、高3になると目の色を変えて受験勉強に取り組む。結果に納得がいかなければ浪人もいとわない。それが名門校の生徒に共通する意識だ。そうやって先輩が後輩の環境を守る文化があるからこそ、名門校は学校として、大学受験にとらわれない教育を続けられる。大学進学と全人教育の両立が実現しているのだ。
■名門校はなぜ「変な学校」なのか
全国約30の名門校を訪ね、新刊『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』を著した。私立も国立も公立もあるが、名門校と呼ばれるほどの学校に共通するのは、どこも「異常に個性的」だということだ。最近は麻布が「変な学校」としてことさら注目されているが、灘だって武蔵だって女子学院だって実は麻布以上に「変」である。それだけ「とんがった」教育を行っているのだ。
しかし面白いことに、学校にいる生徒や教師たちは、自分たちが「変」であることに気付いていない。それが彼らにとっての日常であるから、自分たちが「変」であると自覚できないのだ。それがまさに「当たり前」になってしまうのだ。だから、「変な匂い」を身にまとった卒業生同士は、匂いで分かる。その匂いは、卒業してもぬぐえない。むしろ時間が経つほどに強烈な匂いを放つようになる。
名門校の「当たり前」の中には、長い年月をかけて磨き上げられてきた教育理念、鍛え上げられてきた生きる力、積み上げられてきた成功体験が、「折りたたまれている」。その門をくぐった者には、それらが丸ごとインストールされる。生徒たちは当たり前に振る舞っているだけなのに、その学校の「らしさ」を体現していく。「当たり前」に突き動かされて人生を歩むようになる。母校への愛と感謝と誇りを感じながら。
学校の価値を偏差値や大学進学実績で推し量る風潮は未だ強い。そのような価値観に染まった大人は無意識のうちに、子供を、偏差値や学校名で評価してしまっているかもしれない。しかし名門校と呼ばれるほどいい学校の本質的な価値が、決して偏差値や進学実績によるものではないと、一人でも多くの人に知ってもらえれば、その風潮を少しでも改めることができるかもしれない。子供たちも目先のテストの点数ばかりにとらわれなくなるかもしれない。
そういう逆説的な願いこそを今回『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』に込めた。名門校の教育はたしかにすばらしい。しかし、みんなが名門校に行く必要はない。社会全体が、名門校のような空気で、子供たちを包み込んであげればいいのだ。
(教育ジャーナリスト おおた としまさ 宇佐見利明=撮影)
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