徘徊する親が“こちらの世界”に戻ってくる、魔法の認知症ケア「ユマニチュード」とは
プレジデントオンライン / 2015年3月28日 10時15分
ユマニチュードを考案した、フランス人のイヴ・ジネスト氏(右)とロゼット・マレスコッティ氏。現在フランス国内では400を超える医療機関・介護施設がこの技法を導入。また、ベルギー・スイス・ポルトガルなどに国際支部があり、2014年には日本支部も誕生。
■ まるで魔法のように穏やかになる
介護現場で最近注目されている先進的な認知症ケアがあると聞きました。
言うことを聞いてくれず、介護者を困らせる認知症の患者が「まるで魔法のように」といわれるほど穏やかに前向きにケアに応じるメソッド「ユマニチュード」です。
ユマニチュードを考案したのはフランス人のイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏。ふたりはもともと介護の専門家ではありませんでした。体育の教師として病院職員の教育を担当したことから介護に携わることになったそうです。
ふたりは医療と介護の現場での試行錯誤を繰り返し、36年ほど前にその技法を確立。今ではフランスはもとより欧州各国の介護現場で導入されているとのことです。
資料を当たると、ユマニチュードを日本に紹介したのは東京医療センターの本田美和子医師。雑誌でこの技法と効果を知ったことがきっかけで2011年にフランスにジネスト氏を訪ね研修に参加し、日本に普及させることを決意したそうです。つまり日本に紹介されてまだ3年あまり。まだ浸透しているとはいえませんが、先進的な介護現場では注目されているようです。
▼なぜ看護師は敵視されるのか
「介護ドキュメント【15】(http://president.jp/articles/-/13707)」でも書きましたが、私は認知症が進行する父に苛立ち、声を荒げたこともありました。それを深く後悔した経験があります。そんなこともあって(もう遅いのですが)、「まるで魔法のように介護者を受け入れる認知症ケア」という表現に興味を覚えました。
そこでYou Tubeで検索したところ、ユマニチュードを取り上げている映像が何本もあったので見てみたわけです。なかでも目を見張ったのは、ジネスト氏が来日して技法を実践しているところを特集したテレビの報道番組でした。
印象に残ったのは病院で認知症患者にケアをするシーン。まずは通常通り、女性看護師数人が、認知症のおじいさんに口腔ケアを行うところが映されました。
「お口のなかをきれいにしますからね」
と看護師が優しく声をかけるのですが、おじいさんは頑として口を開きません。ケアを済ませたい看護師は、口調は優しいものの手で口を開こうとします。それに対し、おじいさんは声を上げて拒絶しました。
続いて映されたのは看護師がおじいさんの体を拭こうとする映像。おじいさんは点滴の針を抜くことがあるようで体を拘束されている。その状態からパジャマを脱がし、拭こうとするのですが、これも断固拒絶。看護師さんはきちんと仕事しているように見えますが、おじいさんは敵意をむき出しにして叫びます。
■横や後ろから声をかけない
その後に登場するのがユマニチュードの技法を身に付けた女性インストラクターとジネスト氏です。はじめにインストラクターが病室のドアをノックし、おじいさんの反応があってから入室します。
インストラクターは笑顔で来訪を告げます。すると、あの敵意むき出しだったおじいさんは人が変わったように明るく反応し会話を交わします。そこへジネスト氏が入室。やはり笑顔で(通訳を介して)会話し、拘束帯を外していきます。そして、体に触れて支えながら、患者が立ったり歩いたりするのをサポートします。
インストラクターが口腔ケアを行うのは、その後。おじいさんは素直に口を開け、ケアは順調に進行。「お口のなか、さっぱりしましたね」と笑顔でケアが終了しました。その劇的な変化には正直驚きました。
▼入室の際は、必ずノックする
看護師たちのケアとジネスト氏&インストラクターのケアとでは何が違うのか。
ユマニチュードは認知症ケアの「技術」ですが、そこに通底しているのは、認知症患者の人間としての尊厳を守ることです。
技法の4つの柱とされているのが「見る」、「話す」、「触れる」、「立つ」。
これだけでは特別変わったケアではないと感じますが、この4つには本人を傷つけず、介護を受け入れてもらう配慮が行き届いています。この4つのコミュニケーションの柱を使い、さらに介護をする人がケアを受ける人のもとを訪れ、立ち去るまでを5つの手順に分け、それを連続したひとつのシークエンス(流れ)として行うことがユマニチュードケア実践の基本です。
映像のシーンを例にとると、こうなります。
看護師たちは「お口をきれいにします」と勝手に病室に入るのに対し、ジネスト組はノックし、反応を得てから入室しました。看護師たちはケアという任務を遂行するために、自分の仕事場へ入るような感覚でさっさと病室に入る。ジネスト組はノックをして患者の同意を得たうえで入室するわけです。
看護師のケースはケアする看護師に主導権があるのに対し、ジネスト組は「同意を得る」ということで主導権を患者に与えるわけです。ちなみに後でユマニチュードの指導書を読んだところ、このノックにも方法論があって、ノックしたら3秒待って、またノック、というのを続ける。それで3分反応がなかったら、ケアは諦めるそうです。
入室後も大きな違いがあります。
看護師たちは普通の体勢でケアしようとするのに対し、ジネスト組はおじいさんの正面から入り、低い姿勢で患者と目を合わせるようにします。ベッドに横になっている患者に普通に接しようとすると、見下ろす形になる。ユマニチュードの技法では姿勢を低くして、患者と介護者が視線を同じ位置にすることが大事なのだそうです。また、認知症患者は視野が狭くなっていることが多く、後ろや横から声をかけられても、気づきにくいし、恐怖を感じやすい。だから、正面から目を見つめることが大切だともいいます。
■手や足をつかんではいけない
その後、ジネスト組は「あなたに会いに来た」と言って、患者の体に触れながら言葉を交わします。介護という「作業」をしに来たのではなく、コミュニケーションをとる姿勢を見せるのです。この体に触れるという行為もとても大事です。
患者は動くのに時間がかかることがあります。その際、介護者は作業効率を上げるために、つい患者の手や足をつかんでしまいがちですが、つかむのではなく手のひら全体で包み込むように触れるわけです。グイとつかまれると患者は襲われているような感覚になりますが、やさしく触れられると心が和らぎ、介護者と信頼関係を築くことができるといいます。
そうやって、ケアに入る。患者の体を拘束しているものを外してです。その際は常に何かを語りかけます。ケアするときは「右手をあげますよ」などと実況中継をするといいそうです。無言のまま作業をすると、患者は自分の存在を無視されている気持ちになるというのです。
そしてジネスト氏はおじいさんを立ちあがらせました。「自立」という言葉がありますが、人間にとって「立つ」ということはとても大事な意味を持つことなのです。
そして立った後は体を支えながらゆっくりと歩いてもらいました。寝たきり状態だったおじいさんが、力を振り絞って歩くのです。その後に行ったのが、口腔のケア。「お口をお掃除しますね」とインストラクターが言うと、おじいさんは素直に口を開け、気持ちよさそうにケアを受けました。
▼在宅介護する家族も習得すべき
なんという違いでしょう。
相手は高齢の認知症患者ですから「やらせ」が入り込む余地はありません。ただ、取材したテレビ番組側が成功例だけを取り上げている可能性もあります。しかし、映像を見た印象ではそうとは思えないリアリティがありました。ナレーションでは8割から9割の認知症患者がユマニチュードのケアの効果を示すと語っていましたが、それを納得させてくれる映像でした。
この映像の中でジネスト氏はこう語っています。
「人は他の人から人間と認識してもらえないと生きていけません」
脳の機能が衰え、一見訳の分からない行動をするようになってしまった認知症患者であっても、その行動には理由があると考え、人間としてリスペクトしたうえで接することで相手を受け入れる。それがユマニチュードの技法の基本にあることが理解できました。
ユマニチュードは介護施設の職員や看護師などのケアの専門家が学ぶ技術ではありますが、認知症の方を介護する家族もその断片ぐらいは頭に入れておいた方がいいと思いました。
父の介護を振り返ると、私はユマニチュードの技法に反することばかりをしていました。ベッドに横たわる父を上から見下ろしていましたし、体に触れるのではなく、つかむこともよくありました。
父と息子という関係のせいか、会話もあまりしませんでした。そうした積み重ねが父を不快にさせ殻の中に閉じこもらせたのかもしれません。それで訳のわからない行動をし始める。それに対してこちらはイライラを募らせる。悪循環です。
在宅介護でよくあるといわれる虐待も、この悪循環が招くものでしょう。ユマニチュードの技法が広く知られるようになれば、こうした辛い状況を減らすことになるのではないでしょうか。
(ライター 相沢 光一)
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