政府発「女性活躍」は、むしろしんどい現場の女性
プレジデントオンライン / 2016年8月30日 6時15分
■「女性活躍」はむしろしんどかった女性たち
2012年末、安倍政権がはじめに“女性活躍”を掲げた頃のことだ。
取材をしていると、女性社員比率がそれなりに高い企業でも、ワーキングマザーたちはしんどうそうだった。女性比率がそれなりに高い企業でこそ、かもしれない。
独身あるいは子供のいない女性が昇進しており「男女の問題ではなく個々人の能力の問題」とみなされる。また、子どもがいてもベビーシッターや実家のサポートを得て長時間働くスーパーマザーたちもいる。そうしたデキる人を“ロールモデル”として提示されても、その他大勢の女性社員の本音は「とても真似できるとは思えない」だった。
とりわけ若手が多い、大半の社員がガンガン長時間仕事をしているといった新興企業や外資企業などでは、男女問わず成果が問われ続ける。制度が整っても「前例」がいても、仕事と子育ての両立を絶望的に感じる若手女子も少なくなかった。
そこに、女性活躍の波がやってきた。女性たちから「これ以上、どれだけしんどい思いをしたらいいのか」という悲鳴があがったのも無理はない。
女性活躍について先進的に進めてきた企業のひとつ、リクルートグループも例外ではなかった。女性が多いとはいえ、当時若いワーキングマザーたちは大きなジレンマを抱えていた。
■全員在宅勤務、男性育休義務化で男性社員が覚醒
バリバリやる人ほど辞めやすく、残るには意欲を冷却せざるえない――。そんなワーキングマザーたちの葛藤やジレンマを描いた拙著『「育休世代」のジレンマ』に対し、「共感しました」という感想を寄せてくれた女性は多い。その人数を会社別に数えたら、間違いなくリクルートグループが1番多かった。それくらい、リクルート内にも「ジレンマ」が溜まっていた。
■焦点は「女性」から働き方改革へ
ところが、最近になって、そのリクルートのワーキングマザーたちが笑顔になってきた。
背景にあるのは、リクルートHD傘下の各社が競うようにして導入しているワークスタイルの変革だった。例えば、ホールディングスなど数社で導入する「全員リモートワーク(在宅勤務)」や、リクルートコミュニケーションズが打ち出し話題になった「男性育休義務化」だ。
リクルートマーケティングパートナーズ(RMP)は衝撃的なプログラム“育ボスブートキャンプ”を導入した。これは、「共働きで育児中の社員の家にマネジャーが平日の3日連続で訪問し、普段親がしている育児・家事を親に代わってやってみる」というかなり先進的な取り組みだ。
こうした施策はワーキングマザーを対象としたものではない。それなのに、なぜワーキングマザーたちのウケがいいのか。
リクルートグループでは、以前からリモートワークを利用しているワーキングマザーたちはいた。でも、自分たちだけが特例で、「申し訳ない」という気持ちや居心地の悪さを感じていた。後ろめたい気持ちを引きずっていたのだ。
それが、女性や育児中社員だけではない、男性を含めた全社員向けの施策となった瞬間、むしろ彼女たちは最先端の存在となり、イキイキとし始めた。社内で堂々としていられる感覚ができたのだ。
男性育休もしかり。育児する男性への風当たりが強い職場は、育児中の女性を特例的にみなして戦力としてはあまり期待していないという面がある。しかし、男女問わず利用できる施策が増えることが男性社員の経験を豊かにし、制約を抱える多様な社員が力を発揮できる環境づくりにつながったのだ。
■上司が「ワーキングマザー」を3日間体験
育ボスブートキャンプにいたっては、いわばワーキングマザーの体験をマネジャーにしてもらうという内容で、多くの企業が取り組んでいる「女性やワーキングマザーを支援する」のとは真逆の発想に立っている。
このプログラムを同僚とともに提案・実現したのは、育休からの復帰後、自身がジレンマに苦しんでいた浅田優子だった。浅田自身、「期待されればうれしいし応えたい。ちゃんと結果を出したい。でも17時半に帰って、仕事結果を出し続けるということは想像以上に大変だった」。
当初、浅田は上司たちと話がかみ合わないと感じていた。「前提として見えている世界が違いました。17時半に帰る生活を知らない人に本当の意味での大変さや自分が抱える葛藤をわかってもらえないのは当然かもしれないと思った」
リクルートグループの中でもワーキングマザーが多いRMP。「制約」が制約になれば会社としても伸びしろがなくなっていく。どうしたらどんな人も活躍できる会社・社会を作れるか――。浅田は「マネジャーたちにワーキングマザーの大変さをわかってほしいというよりは、この状況を1回体験してみて一緒に考えませんかという気持ち」で、「マネジャーに育児と仕事の両立体験をしてもらうプログラム」を提案したわけだ。
「共働きで育児」も多様なライフのひとつの形態でしかない。プログラムの狙いは、それを通じて様々な人へのバックグラウンドやライフを想像する、あるいは自分には見えていなかったということを認識することだった。
実際に参加したマネジャーからは「メンバーへの想像力が働くようになり、マネジメント能力が上がった」「自分自身も必要ない会議への出席はやめ、早く帰るようになった」との声が上がる。
次回原稿では、よくも悪くも“体育会系”だったリクルートが「女性活躍」に加え、男性を含めた働き方改革をどのように導入し、その際、いかなる障害があり、どう乗り越えていったのかをレポートしていこう。
(ジャーナリスト 中野 円佳)
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