「Googleの次の時代を作りたい」東大卒プログラマ社長がIoTとAIで目指す未来
プレジデントオンライン / 2016年9月26日 6時15分
トヨタ、パナソニック、ファナック、シスコシステムズ、DeNA……これらの企業と続々と提携し、また京都大学iPS研究所と共同研究を行っているベンチャー企業が「プリファード・ネットワークス」である。起業メンバーは、東大・京大のプログラマー集団6人。企業向けの全文検索エンジンからスタートし、現在はIoTや人工知能の分野に特化している、高い技術力を誇る頭脳集団だ。
プリファード・ネットワークス社長の西川徹氏は1982年生まれの34歳。筑波大学附属駒場高校から東京大学理学部の情報科学科に進み、プログラミングの世界大会に5年間挑み続けた。元・パソコン少年の西川社長は「自分たちの力でGoogleの次の時代を作りたい」と意気込みを語る。田原総一朗氏と西川徹氏の対談、完全版を掲載します。
■中学高校時代はパソコン漬けの日々
【田原】西川さんは小学生のころからプログラミングをしていたそうですね。きっかけは何だったのですか。
【西川】小学4年生のころ、父が図書館で借りてきたFM-7のBASICの解説書が置いてあったんです。それを見てゲームをつくり始めたのが最初です。
【田原】小学4年で、プログラミングの本なんて読めるんですか。
【西川】小学生向けの本だったので。もともとゲームをやるのが好きで、プログラミングを覚えたらやりたいゲームを自分でつくれるということが魅力でした。
【田原】中学、高校もパーソナルコンピューター研究部に入った。
【西川】中学や高校には大学からのおさがりで、FM TOWNSなど富士通の教育用のパソコンがたくさん転がっていました。それを使ってゲームやコンピュータグラフィックをつくるプログラムを書いていました。印象に残っているのは、文化祭での展示です。ある年は「人工生命」というテーマで、虫の挙動をシミュレーションして再現するプログラムをつくってお客さんに見せたりしていました。中高はそういった活動ばかりで、ほかのことはほとんどしてなかったです。
■東大理学部の同期は4人、Googleへ就職した
【田原】西川さんは東大のご出身ですね。パソコンばかりいじっていて、どうして東大に入れるんですか?
【西川】うちの高校(筑波大学附属駒場)は11月の文化祭で燃え尽きて、それから受験勉強する人が多くて。僕もそうでしたが、それで受かったのは運がよかったなと。
【田原】理学部の情報科学科に進学される。コンピュータというと工学部じゃないの?
【西川】工学部にもありますが、中学生のころに情報科学科の先生が書いた本を読んで、純粋なコンピュータサイエンスのほうをやりたいと思いまして。たとえばプログラミング言語を翻訳するときの背後にある理論とか、CPUの高速化や省電力化の理論を扱っていました。
【田原】理論をやる人は、みなさんどういうところに就職するんですか。
【西川】大手のメーカーに就職する人が多いんじゃないですかね。私の代では4人、Googleに行きましたが。
■国際プログラミング大会に挑戦して学んだこと
【田原】学業のかたわらICPCというプログラミングの大会に出たそうですね。これはどういう大会ですか。
【西川】大学対抗の国際コンテストです。3人1組で、5時間にプログラミングの問題が8~9問、出題されます。たとえば複雑な迷路が与えられて、この迷路はゴールにたどり着けるかどうかを判定するプログラムを書いたり、飛行機の時刻表があって、一番遠くまで行けるスケジュールを求めるプログラムを書いたり。いろんな問題が出ますね。
【田原】成績はどうだったのですか。
【西川】大学1年生から大学院1年生まで、最大で5回までしか出られない大会で、僕は毎年挑戦しました。国内予選、アジア地区大会、世界大会とあって、1年生のときは地区大会まで。2、3年生は予選落ちして、4年でまた地区大会まで。大学院1年のときに地区大会で好成績を取り、テキサスで開かれた世界大会まで行きました。このとき東大チームは京大チームとタイで、約80チーム中19位でした。
【田原】すごいですね。このときの経験から何か学んだことはありますか。
【西川】チームの力はおもしろいなと感じました。世界大会にはいろんなカラーの国が参加します。たとえば中国のチームは1日20時間も練習してきましたという人たちでした。一方、僕らは3人が別の学科だったので、中国チームほど練習ができません。そこでそれぞれ得意分野を決めて強みを活かすというやり方で大会に臨みました。すると、ものすごい練習を重ねてきたチームとも互角に戦えた。プログラミングは、何でもできる1人の天才がいなくてもいい。チームで一人一人の強みを掛け合わせれば大きな力を持てるんだなと実感しました。
【田原】院生のときにベンチャー企業でバイトをしていたそうですね。どんな仕事ですか。
【西川】3カ月間だけですが、創薬のバイオベンチャーで働きました。ゲノムの中にはさまざまな遺伝子があります。その中には、たとえばがんを膨らませるとか、太らせちゃうとか、何か悪い機能を発現する遺伝子もあります。ただ、数万の文字列でできている遺伝子に対して21塩基くらいの短い塩基配列をくっつけると機能の発現を止められる、siRNA(small interfering RNA)という技術があります。コンピュータをぶん回して、その21文字を探すバイトでした。
■東大・京大のプログラマー6人で起業
【田原】同期はGoogleに行き、ご自身はバイオベンチャーで働いた。でも西川さんはどこにも就職せず、2006年に起業します。どうしてですか。
【西川】大学での技術研究と産業界の間にある深い溝にジレンマを感じたんです。大学は論文を書くことが主な目的になっていて、せっかくいい技術があってもなかなか製品化されない現状がありました。一方、Googleに代表されるように、ITの分野では新しい研究がすぐ実用化されていく流れがある。それを見ていて、僕らもアカデミックで生まれた最新の技術を製品にしてすぐ届けられる組織をつくりたいなと。
【田原】僕らということは、起業は1人じゃなかった?
【西川】はい。同級生やコンテストでライバルだったメンバーを含め、東大と京大のプログラマー仲間6人で起業しました。みんな技術力の高いメンバーです。
【田原】僕はプログラミングがわからないから聞きたい。技術力が高いって、どういうことをいうのですか。
【西川】普通、たくさんのデータを処理するときは量に比例して時間がかかりますよね。それを、手法を工夫することで一瞬で処理できるようにしたりとか、そういうことです。突き詰めると数学力と、コンピュータサイエンスの知識、あと慣れの問題でしょうか。とにかく子どものころからアルゴリズムのことばかり考えてきたメンバーが集まりました。
【田原】そのメンバーで、具体的にはどんな技術で起業したのですか。
【西川】最初はあまり考えていませんでした。メンバーの1人が持っていた技術を使うと、検索エンジンを高性能化できそうだったので、まずはそれを使ってみようと。
■asahi.comなどで採用された検索エンジン技術
【田原】検索エンジンって、Googleがやっているやつ?
【西川】Googleは全世界の人に対して提供していますが、僕たちは企業向け。会社の中に転がっているたくさんの文書を検索できるソフトウエアです。文書検索のソフトはすでにありましたが、私たちの製品は速くて高機能。速ければ低コストで済むので、最初は安さを打ち出して売り込んでいきました。
【田原】売り込むといっても、営業の経験はゼロでしょう。最初は苦労されたんじゃないですか。
【西川】はい。最初はお客様から「じゃ見積もりを出して」といわれて、「見積もりって何だろう?」というレベルでしたから(笑)。
【田原】客はどうやって見つけたの?
【西川】ベンチャーキャピタルの紹介です。創業当初、声をかけてくれたベンチャーキャピタルがあったのですが、僕らは投資を受けるつもりはなくて、「お客様を紹介してください」と勝手なお願いをしたら、紹介してくださって。最初は携帯向け検索エンジンの会社でした。当時はまだガラケーの時代で、ガラケー向けのアプリを検索できるエンジンを入れてもらいました。売り上げ数百万円の契約で、みんなを養えるようなレベルではなかったのですが、それをきっかけに他の会社も買ってくれて、ようやく軌道に乗りました。
【田原】ガラケー専門のソフトウエアなんですか。
【西川】いえ、文書なら何でも。たとえば朝日新聞の「asahi.com」(アサヒドットコム、現・朝日新聞デジタル)というサイトがありますよね。あのサイトで記事を検索するとき、裏側では私たちの製品が使われています。
■オフラインの世界で使えるAIを提供したい
【田原】最初に起業したのはPFI(プリファードインフラストラクチャー)という会社でしたが、2014年にPFN(プリファード・ネットワークス)を立ち上げます。これはどういう経緯で?
【西川】最初はとりあえず持っている技術で起業しましたが、ビッグデータを扱ってさまざまな技術分野に触れるにつれ、ようやくやりたいことが見えてきました。具体的にいうと、人工知能を自動車やロボットといったたくさんの機械に埋め込んで機械を賢くしたり、機械同士が連携してより複雑なタスクをこなす技術をやりたくて、事業を思い切ってシフトしました。
【田原】その人工知能のベースになるのが、ディープラーニングという技術だそうですね。どういうものなのか、説明してもらえますか。
【西川】ディープラーニングの基礎になっているのは、ニューラルネットワーク。要は脳のニューロンの階層をモデル化して、いろいろなものを学習できるようにする技術です。この技術はかれこれ50年くらい研究されているのですが、近年、コンピュータのスピードが上がって、たくさんのデータを集められるようになり、認識の精度が飛躍的に向上しました。たとえばネコやリンゴを見分ける一般物体認識の指標は、12年にGoogleがものすごい成果をあげました。そこから世界中の研究者が「この波に乗り遅れてはいけない」と参加してきて、いま加速度的に技術が進化しています。
【田原】Googleが先行している分野で、西川さんの会社はどう勝負するのですか。
【西川】僕らはもっとリアルの世界、現実の世界に人工知能を提供していきたいと思っています。じつは人工知能は、オフラインの世界にまだぜんぜん適応できていないんですよ。たとえばいまも車はほぼすべて人が運転しているし、工場のロボットも基本的には人が動きをコントロールしています。私たちは人がコントロールしたり教えこむのではなく、機械自身が学習して複雑なことができる世界を目指しています。具体的に考えているのは、自動車、製造用の工作機械、それからライフサイエンスの3分野で、そういう世界がつくれたらいいなと。
■トヨタは自動運転で世界の先を行けるのか
【田原】1つ1つ聞きましょう。PFNはトヨタと提携を発表しましたね。トヨタは西川さんたちと何をやろうとしているのですか。
【西川】自動運転の車を走らせるときには、センサーで空間を認識して、前に行ってもいいとか、障害物があるといった判断が必要です。そうした判断は、ディープラーニングでないと難しいだろうといわれています。
【田原】それはわかります。自動運転はGoogleも研究していますね。トヨタが西川さんと組んだということは、Googleに負けたくないということですか。
【西川】トヨタの代弁をするわけにはいきませんが、おそらくそういうことだと思います。
【田原】じつは経産省はいま相当な危機感を抱いています。かつてゲームは任天堂やソニーが自分のところで機械をつくって業界をリードしていた。しかしスマホがプラットフォームになって、任天堂やソニーは小作人化してしまった。自動車業界も、自動運転の時代になるとGoogleにやられて、トヨタやホンダが小作人化するんじゃないかと。このあたりはどのようにお考えですか。
【西川】そうなる可能性は否定できないので、それを僕らが食い止めないといけないと思っています。ただ、自動運転自体はどの会社もできるようになるので、そこで差がつくかどうかはわかりませんが……。
【田原】でも、西川さんのところはGoogleに負けない自信があるんでしょう?
【西川】いまやGoogleも大きな組織になりました。これからコンピューティングの世界が大きく変わる中で、それに合わせて大きな組織が全社的に方向を変えるのは難しい。一方、僕らは40人くらいの会社なので、機動力では負けません。Googleの次の時代をつくりたいと思っています。
■パナソニック、ファナックとも提携
【田原】もう1つ、パナソニックとも提携を発表しました。これも自動車ですか。
【西川】はい。家電メーカーは4Kや8Kのテレビをつくっていますが、高いレベルの映像処理技術はすでにオーバースペックになりつつあります。ただ、自動運転の分野では解像度が高いほどいい。パナソニックも、その技術をいま自動車分野に使おうとしています。
【田原】将来はパナソニックが自動車をつくるのですか。
【西川】自動車の部品じゃないでしょうか。要はデンソーやボッシュと同じです。パナソニックはすでにテスラとの協業で電池を提供していますが、それと同じように自動車メーカーに映像処理の部品を提供して、そこに僕らのディープラーニングの技術も使われるというイメージです。
【田原】次は産業機械ですね。ファナックと契約しましたが、これは何をやるつもりですか。
【西川】いま産業用ロボットは人の手で頑張ってチューニングしていますが、まずはこれをぜんぶ自動化していきます。さらに単体のロボットを賢くするだけでなく、ロボット同士がチームワークを組んで一つのことを成し遂げられるようにしたい。たとえばロボットが1台壊れてしまっても、他のロボットがカバーしてあげるというところまでできたらいいなと。
【田原】ファナックは産業用ロボットで世界ナンバーワンですね。
【西川】はい。ただ、先ほどのゲームの話と同じで、脳みそが賢くなったら既存のロボットメーカーは食われてしまうおそれがあります。だから自動車と同じく、僕らが頑張らないといけない。
■京都大学iPS細胞研究所との共同研究
【田原】もう1つ。ライフサイエンスではどこと組んでいるのですか。
【西川】山中伸弥先生のCiRA(京都大学iPS細胞研究所)と共同研究をしています。iPS細胞の技術は、幹細胞が専門細胞になる流れをリセットするものです。ただ、中途半端にリセットすると、本当は何にでもなれるはずの細胞がおかしな挙動をすることがあります。その原因を究明する研究ですね。
【田原】そこにコンピュータを使うのですか。
【西川】細胞に起きる現象はとても複雑です。しかし、薬を細胞に投与したときにどう変わったのかというデータをたくさんとって解析すれば、細胞の挙動が予測できる。そこをコンピュータでやるわけです。
【田原】トヨタやファナック、それに山中さんの研究所も世界でトップクラスだ。これらと組むのは日本の企業だからですか。それとも世界でトップだからですか。
【西川】後者です。日本で生まれてよかったとは思いますが、日本だけで活動しようとは考えていません。たとえばいまカリフォルニアに拠点をつくって、ネットワーク装置をつくっているシスコシステムズと協業しています。ITの分野だと日本は遅れているので、そこは世界と積極的に組んでいきます。
【田原】なるほど。ところでネットワークの会社と協業って、何をするんですか。
【西川】たとえばクラウドで機械がつながっているとしますよね。クラウドと機械の通信が0・2秒かかるとすると、機械同士で「おまえはあっちを見ろ」と情報をやりとりして制御するのにレイテンシー(遅延)が0.4秒かかるわけです。0.4秒遅れれば、時速100キロで走る自動運転車ならかなり進みますよね。一方、機械同士をネットワークでつないで協調させれば、0.001秒といったレベルで判断して、リアルタイムで連携が可能になる。そういった研究をいま進めています。
■優秀な人材を集めるのに必要なこと
【田原】西川さんの会社はいま40人だそうですが、そのうちプログラマーは何人くらい?
【西川】プログラマーと研究者など技術系の人が約35人で、残りの人がバックオフィスです。
【田原】あれ、営業は?
【西川】営業担当は置いていないですが、シニアのメンバーと一緒に僕が営業に行っています。シニアはいろいろで、もともとソニーでPS3の開発をしていた人とか、小売系の大手でファイナンスをやっていた人が、一緒にやってくれています。
【田原】大手でキャリアを積んだ人が、どうして西川さんのところに入ってくるのですか。
【西川】シニアの人にかぎりませんが、僕らが中長期を見据えてやっているテーマや方向性に共鳴してくださる人が多いんじゃないでしょうか。いま世界ではプログラマーの採用競争が過熱していて、いい人材をいかに集めるかが課題になっています。いい人材を集めるには報酬も大事ですが、それ以上に、中長期でどのような技術をつくり、何を変えていきたいのかというところが鍵になると思います。
【田原】将来はどのぐらいの会社を目指すのですか。
【西川】人数は多くても200~300人ぐらいじゃないでしょうか。プログラムを組む部分は将来、機械ができるようになるので、人数はあまり多くなくていい。もちろん人数は少なくても、世界中のあらゆる機械に僕らの半導体が入っているという状況はつくっていきたいです。
【田原】半導体ですか。そうなると半導体の研究者も必要ですね。
【西川】半導体は、いま取り組みを始めたところです。たしかに半導体の人たちはディープラーニングの人たちと違うので、半導体の優秀な人たちに興味を持ってもらえるようにしていきたいです。人材獲得がクリアできれば、あとはなんとかなるんじゃないかと。
【田原】そうですか。将来が楽しみですね。頑張ってください。
■西川さんから田原さんへの質問
Q. 憧れの声優がいる。会うにはどうすればいい?
【田原】僕は会いたい人に会えずに苦労した経験がほとんどありません。年を取って、偉くなったからだろうといわれますが、それは違う。松下幸之助や盛田昭夫、本田宗一郎に会ったのは若いころです。コツは会いたい理由を素直に話すこと。優れた政治家や経営者は人の話を聞くのが好きだから、カッコつけずに本音を話せば受け入れてくれます。
心で願うだけでなく、「会いたい」と発信し続けることも大事です。西川さんは声優の水樹奈々さんに会いたいそうですね。僕は水樹さんと直接のつながりはないけれど、間を取り持ってくれそうな人に会えたら、「将来有望なベンチャーの経営者が会いたがっている」と伝えておきます。積極的に発信すれば、チャンスはやってくるのです。
田原総一朗の遺言:発信し続ければチャンスがくる!
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次回「田原総一朗・次代への遺言」は、ミライロ社長・垣内俊哉氏インタビューを掲載します。一足先に読みたい方は、9月26日発売の『PRESIDENT10.17号』をごらんください。PRESIDENTは全国の書店、コンビニなどで購入できます。
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(プリファード・ネットワークス社長 西川 徹、ジャーナリスト 田原 総一朗 村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影)
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