名刺管理をデジタル化すると何が起きる?
プレジデントオンライン / 2016年10月24日 6時15分
『それさぁ、早く言ってよぉ~』松重豊さんがビジネスマンに扮するコミカルなテレビCMを見たことがある人も多いのでは。CMで訴求している「Sansan」は、社内にある名刺をデジタル化し、人と人とのつながりを可視化・共有できるクラウド名刺管理サービスである。
初めて会った相手と丁寧に交換するのに、そのあとで名刺をどう管理するかは多くの人にとって悩みの種だ。Sansanでは法人向けの「Sansan」のほか、個人向けの名刺管理サービス「Eight」を提供している。いずれも名刺をスマホアプリやスキャナで読み込むだけで、入力オペレーターが正確に名刺情報をデータ化してくれるというサービスである。
Sansan社長の寺田親弘氏は1976年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒、三井物産出身の40歳。寺田氏はなぜ「名刺」に着目しクラウドサービスを展開するのか? 田原総一朗氏と寺田親弘氏の対談、完全版を掲載します。
■シリコンバレーと日本のベンチャー、どこが違う?
【田原】寺田さんは大学を卒業して、三井物産に入社された。物産ではどのようなお仕事をしていたのですか。
【寺田】IT系のビジネスを担当する部門にいました。簡単にいうと、IT商材の輸出入です。たとえばアメリカから最先端のソフトウエアを持ってきて国内で販売したりしていました。
【田原】シリコンバレーにも赴任されたそうですが、向こうでは何を?
【寺田】アメリカから日本に持ってくるのにふさわしい商品を探し歩いていました。私が赴任したのが2001年で、そこから1年ちょっとで百数十社回りました。訪問したのは、5人くらいの本当に小さい会社から、多くても200人規模のベンチャー企業。電話でアポを取って、三井物産の説明をしたり、逆に商品の説明を受けたりしていました。
【田原】寺田さんから見て、アメリカと日本の会社はどこが違いましたか?
【寺田】一般化していいのかどうかわかりませんが、シリコンバレーのベンチャーは、世界観やコンセプト先行だという印象を受けました。具体的なプロダクトより、まず自分たちが社会の何を変えたいのか、どのような価値を生み出そうとしているのかという抽象度の高い理念があって、そこからすべての物語が始まっていくイメージです。それに対して日本の企業は、たとえば「この技術がすごい」というように商品についての具体的な訴求ポイントがあって、そこに物語をつけていく。シリコンバレーとは逆です。
【田原】寺田さんはどちらに魅かれますか?
【寺田】企業のやりたいことによってどちらがいいのかは変わると思います。私たちはアメリカ型。世の中にどのような価値をもたらすのかというところからドライブさせたいなと。
【田原】シリコンバレーで刺激を受けて起業しようと思ったのですか。
【寺田】いえ、シリコンバレーから帰国して、その後は自分が発掘した商品の日本での展開をやっていました。起業したのは帰国して5年後です。物産には8年いたことになります。
■ドラッカーで一番好きな言葉
【田原】起業願望はあまりなかった?
【寺田】いや、起業したいという思いは小学生のころから持っていました。小学生って、戦国時代の本を読んであこがれるようなところがあるじゃないですか。私も子ども心に、天下を取りたいなと。いまの時代なら、一国一城の主は自分の会社をつくって社長になることだなと考えました。父親が事業家だったこともあって、それが自然なことのように思えたのです。
【田原】じゃあ、どうして起業しないで三井物産に入ったのですか。回り道しないでもよかったのに。
【寺田】そうですよね。いまなら学生に逆のことを言いますが、当時はビジネスを経験して世の中のことを知っておいた方が良いと考えていました。起業の具体的なネタもなかったし、とりあえず5年ぐらい勤めてからでいいだろうと。
【田原】商社を選んだのはどうして?
【寺田】理由は2つあります。1つは、商社で働く人が他の業界と比べておもしろく感じたから。もう1つは、色をつけたくなかったからです。たとえばメーカーに就職すると、その業界の色がついて起業の選択肢が狭まってしまう。一方、商社はもう少しゼネラルで、可能性も広い印象がありました。じつは必ずしもそうではないのですが、学生時代はそのように考えていました。
【田原】ドラッカーが好きで全集をお読みになったそうですが、それも将来の起業を見据えて?
【寺田】そういうわけではないのですが、たしかに好きで何度も読み返していました。ドラッカーの言葉の中で私が一番好きなのは、「大事なのは答えでなく、問いである」。正しい問いに対する間違った答えは、すぐ修正が利きます。しかし、間違った問いに対する正しい答えは性質が悪い。ドラッカーは、正しい問いを立てるためには物事を見る視点や角度が大事だと説いていますが、そのことはいまも意識しています。
■「Sansan」はみんなに秘書を付けるサービス
【田原】寺田さんは名刺管理サービス「Sansan」を起業します。名刺に着目したのはなぜですか。
【寺田】名刺に課題と可能性を感じたということに尽きます。紙の名刺を交換するのは前近代的で、昔から何も進歩していません。ただ、儀礼的なものだからといって、もらった後は捨てていいというものでもない。後から必要になって見返すなど、何かしらの価値は宿っています。それなのに、これまではろくな管理方法がなかった。
【田原】管理方法が課題?
【寺田】はい。前職時代、会社にいると先輩からこんな電話がよくかかってきました。「俺の机の上に名刺の束がある。上のほうに何とかさんの名刺があるはずだから、探して電話番号を教えてくれ」。いい管理方法がないから、こうやって時間を奪われてしまうわけです。
【田原】僕はそんなに不便を感じたことがないけど。
【寺田】それは田原さんが偉いからです。偉い人は管理を誰かがやってくれますが、ほとんどの人に秘書はついていません。
【田原】なるほど、「Sansan」はみんなに秘書をつけて名刺管理の手間をなくすサービスなんですね。
【寺田】メリットはもう1つあります。それは、誰と誰が会ったのかという情報を社内で共有すること。たとえば私がアメリカから商品を持ってきて、日本の会社のある部署に売り込みたかったとします。まわりに伝手(つて)がないかどうか一応聞きますが、普通はそんなに簡単に見つからないので、飛び込みでアプローチするかという話になるでしょう。それで、飛び込みもうまくいかずに落胆しているところに、隣の部署の同僚がやってきて、「あの会社のあの人、よく知ってるよ」といって名刺を見せる。前職時代によくあった光景ですが、社内の誰が誰といつ名刺交換したのかという情報がデータベース化されていれば、このような非効率なことをなくせますし、ビジネスのチャンスが広がります
■「名刺をデータベース化する」とは?
【田原】ちょっとわからない。データベース化するって、どういうことですか。
【寺田】名刺をデータベース化すると、検索が簡単にできるようになります。たとえばわれわれのサービスサイトに弊社の社員が田原さんのお名前を打ち込むと、「何月何日に寺田と会った」といった情報が瞬時にわかります。弊社でいうと、いま約10万枚の名刺情報が入っています。この枚数の紙から目当ての情報を検索するのは無理。データだから検索できるのです。
【田原】紙の情報をどうやってデータベース化するのですか。かえって手間がかかりそうだけど。
【寺田】ユーザー企業にはスキャナとタブレットPCをお貸し出しします。そのスキャナに名刺をドカッと入れて読み取ったら、すぐにデータとして検索ができます。ユーザーにはデータベース化する手間はほとんどかからないし、逆に紙で管理する必要がなくなったぶん生産性は高まります。人的コストを減らせるほどのインパクトを持っていると思います。
【田原】名刺情報をデータベースで共有して役に立つのは営業ですか。
【寺田】メリットが分かりやすいのは営業ですね。ただ、使うのは営業に限りません。役員をはじめ、企画、人事、経理などの担当者が名刺交換した相手がキーマンになるかもしれない。会社として外交記録がすべてデータベース化されることに価値があると思っています。
■Sansanは「~さん」「人」という意味
【田原】起業した会社の名前も、商品名と同じSansanですね。これはどういう意味ですか。
【寺田】「~さん」はグローバルで通用するもっとも有名な日本語の1つで、人を表す言葉でもあります。いい換えると、Sansanは「人人」。名刺交換は人と人がつながるイメージなので、ぴったりだなと。
【田原】起業は2007年ですね。何人で起業したのですか。
【寺田】5人です。そのうち営業は私を入れて2人でした。
【田原】お客さんの反応はどうでした?
【寺田】名刺をデータベース化するといいということについては、みなさんうなずいてくださいます。ただ、今までないサービスなので、「こういう理由で値段はいくらです」と単純に言えるものではなく、乗り越えなくてはいけない壁は高かった。先ほど話したシリコンバレーのベンチャーのように、最初は未来を語って買っていただくというアプローチでした。
【田原】実際、いくらで売ったのですか。
【寺田】最初はユーザー10人で月額10万円です。いまより5倍くらい高い価格設定です。強気に設定したのは、類似するサービスがなかったから。類似したものがあると比較されてしまいますが、「Sansan」はそうでないので、思い切ってやろうと。それでも最初の1年で約100社のお客様がご利用くださいました。
【田原】つまり競合がいないので、相場を自分たちで決められると。でも、どうして競合がいないんだろう。名刺は昔からあるのに。
■OCR+人力入力で、ビジネスに使える精度に高める
【寺田】名刺管理のソフトウエア自体は昔からありました。私たちが創業した時点でも、秋葉原にいけば5~10種類はあったんじゃないかな。ただ、データベース化するときの精度に問題があって、使いづらかったんですよ。
【田原】どういうこと?
【寺田】名刺をデータ化するときには、OCRという文字を読み下す技術を使います。OCR技術は発展し続けていますが、それでも100%じゃない。たとえばアルファベットの「I」をLの小文字「l」と誤って認識してしまうこともあります。1文字でも間違うと、メールを送っても届かない。これじゃ仕事に使えないのです。
【田原】寺田さんのところは、OCRでやらないんですか。
【寺田】私たちはOCR技術を使ういっぽうで、人が手打ちします。人の手が入るので、OCRで生じてしまう間違いを埋めることができる。そこが従来の名刺管理ソフトと大きく違うところです。
【田原】でもSansanの成功を見てマネするところも出てきますよね。
【寺田】私たちが創業して以降、同じように企業向けの名刺管理サービスを提供する会社が20~30社は出てきました。ただ、おそらく世界でもっとも名刺管理のノウハウを有しているのは当社。率直にいって、競合の存在は課題になっていません。
■「名刺+AI」の可能性
【田原】いま売り上げはどれくらいですか。
【寺田】売上は公開していませんが、ユーザーでいうと4000社ほど。お客様は社員数1~2人の中小から、日本を代表する大企業までさまざまです。料金も月1万円のシンプルなものから、セキュリティを細かく設定できるものまで、さまざまなグレードを用意しています。
【田原】名刺を検索できるだけじゃなくて、グレードによっていろいろな機能があるわけね。
【寺田】いま名刺のデータベースから自社を分析する機能も実験中です。たとえば、うちの会社はどこの業界に強くて、逆にどこの業界に弱いということがわかったり、次に誰に会うべきかを提案してくれたり。
【田原】誰に会うか教えてくれるのはおもしろい。そんなことできるの?
【寺田】名刺はビジネスの結果であると同時にプロセスでもあります。だから、名刺の流れを分析していくと、「次はこの部署の誰にコンタクトを取ったほうがいい」といったことも見えてくる。それをAIが分析して提案するような機能をいま少しずつ試しています。
■個人向けサービス「Eight」が参考にしているのは「LinkedIn」
【田原】御社は企業向けのほかに、「Eight」という個人向けのサービスを12年からやっていますね。個人向けというのはどういうことですか。
【寺田】ビジネスに使うSNS、わかりやすくいうとフェイスブックのビジネスバージョンをつくりたかったんです。名刺管理は、ほぼすべてのビジネスパーソンの課題です。ただ、企業向けサービスの利用が10万社まで増えたとしても、日本中のビシネスパーソンが使う状況にはなりません。みなさんに使ってもらうには、個人に直接提供するサービスも必要だと考えました。こちらは無料で、登録は約100万人です。
【田原】無料だと、どうやって採算を取るのですか。広告?
【寺田】現時点ではまだ収益化していません。まず多くの人に名刺をデータで管理する価値を届けることが大事だと考えています。収益化で参考にしたいのは、マイクロソフトが買収したリンクトイン(LinkedIn)です。リンクトインはビジネスに特化したSNSで、転職マーケットで収益化を図りました。転職マーケットはお金が動く額が大きい。エージェントが1人決めると、100万単位でお金を取りますから。私たちも、そこで収益化できないか構想しています。
【田原】もう少し具体的に言うと?
【寺田】名刺は、ビジネスパーソンの履歴書にもなります。Eightは最初にサービスを使うときに自分自身の名刺を登録します。さらに自分の過去の名刺を登録していけば、その人がどのような仕事をしてきたのかもわかります。たとえば私の持っている名刺を見れば、最初は東京でIT関連の人たちと仕事をして、その後アメリカに行って、また日本に戻ってきて、ということが丸見えになるわけです。これを活かせば人と人の新しいつながり方を提供するサービスを展開できるんじゃないかと。
【田原】なるほど。Eightの収益化はいつごろのつもりですか。
【寺田】ここ1、2年のうちには収益化していきたいです。ビジネスパーソンが使うソーシャルサービスとしては日本で一番大きくなりつつありますから、そろそろいいタイミングかなと思います。
■徳島県の神山町にサテライトオフィスを作って生産性は上がった? 下がった?
【田原】先ほど、シリコンバレーの会社は理念や世界観が先行しているとおっしゃった。会社が小さいうちは、寺田さんが目指す世界観を社員みんなで共有しやすいでしょう。でも、一般的には会社が大きくなってくると、そこが難しくなっていく。そこはどうやって工夫していますか。
【寺田】私たちが掲げているミッションは、「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」。いまの表現になる前に何度か言葉を変えていますが、本質的なところは創業以来変わっていません。もちろんミッションがあっても、みんなよく覚えていないという状態では意味がない。ですから、非常に古めかしいですが、毎週月曜日の朝に開いている朝会でミッションを斉唱しています。ベンチャーですけど、昭和風です(笑)。
【田原】朝礼ですか。そこはたしかに昭和っぽいですが、寺田さんの会社はITを活用して徳島県・神山町にサテライトオフィスを構えていますね。これはむしろ先進的な取り組みだと思いましたが。
【寺田】よく誤解されるのですが、神山町にオフィスを構えているのはワークライフバランスとか地方創生といった文脈ではありません。単純に、より生産的、創造的に仕事をするなら、自然豊かなところもいいかなと考えたからです。オフィスで人が集まって一体感を持って働くことは重要でしょう。しかし、毎朝満員電車に揺られて出社して、PCの前に座り続けて働くことが、本当に生産性の高い行為なのか。そうした疑問を持っていたところに神山町との出合いがありまして、実験的にやってみたというところです。
【田原】実際、生産性のほうはどうでしたか。
【寺田】生産性が上がる人もいれば、逆に下がる人もいました。下がるのは営業かな。リモートでオンライン営業ができるので仕事するうえで直接の支障はないのですが、自然に長く囲まれていると、戦う気持ちが薄れていくようです。ただ、上がる人と下がる人をならしていくと、総じてプラスになっていますよ。
■名刺交換が多いのは日本と韓国
【田原】最後に世界展開について聞かせてください。僕がアメリカに行ったときの記憶では、名刺交換はほとんどしなくて、握手で終わりだった。いまもそうですか。
【寺田】西海岸の一部に行くと、あんまりしないですね。紙の名刺交換はクールじゃないという風潮があって、さっきご紹介したリンクトインでつながることが名刺交換の代わりになっています。
【田原】じゃあ、世界市場で期待できるのはアジアですか。
【寺田】名刺交換がとくに多いのは日本と韓国で、ほかのアジアの国でも日常的に行われています。今年シンガポールに支社をつくったので、そこから攻めています。半年で数十社に使っていただいていますから、まずまずといえるんじゃないでしょうか。
【田原】シンガポールでEightは展開しないのですか。
【寺田】まだです。Eightは収益化に手を付けていない状態なので、まずは日本において収益モデルを確立することが先。海外に持っていくのはそれからでしょう。
【田原】最後にもう1つ。アメリカでは名刺交換がクールではないという話でしたが、日本もいずれ名刺文化がなくなるかもしれません。そのとき寺田さんの会社は困りませんか。
【寺田】じつは私たちは紙の名刺をなくしたいのです。名刺ビジネスをしていると、「紙の名刺って手触りがあっていいよね」といったほうが喜ばれることもあります。でも、本当はべつに紙でなくていい。たとえばその場でスマートフォンにタッチして情報を交換し、紙の名刺には書かれない経歴まで瞬時に分かるようになれば、1つひとつの出会いがずっとリッチになるかもしれないじゃないですか。いずれはそうした世界を実現させたいし、それができるのは名刺を電子化するノウハウを世界一持っている私たちではないかと思っています。
【田原】なるほど、わかりました。頑張ってください。
■寺田さんから田原さんへの質問
Q. 世界を変えたと思う人は誰ですか?
【田原】世界を変えた日本人といって僕が思い浮かべるのは本田宗一郎さんです、本田さんは社内に失敗賞をつくりました。大きな失敗をした人を表彰するのですが、それは裏返すと、チャレンジしない者は去れということ。そうやって社内に挑戦の風土を根付かせたから、ホンダからイノベーションが生まれたのです。
本田さんは、ホンダが二輪から四輪に進出しようとしたとき、いまある四輪メーカー以外は認めない法律を作ろうとしていた通産省(現・経産省)とケンカして、とうとう法案を撤回させた。監督省庁に盾突くなんて、日本人の発想じゃないでしょう? 世界を変えるエネルギーは、むちゃくちゃなところから生まれるのです。
田原総一朗の遺言:むちゃくちゃな人が世界を変える
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次回「田原総一朗・次代への遺言」は、FREEPLUS社長・須田健太郎氏インタビューを掲載します。一足先に読みたい方は、10月24日発売の『PRESIDENT11.14号』をごらんください。PRESIDENTは全国の書店、コンビニなどで購入できます。
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(Sansan社長 寺田 親弘、ジャーナリスト 田原 総一朗 村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影)
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