著名署名集めサイトの「水増し投票」疑惑
プレジデントオンライン / 2019年3月29日 15時15分
■週刊誌への抗議署名「5万人」の実数は
署名サイト「Change.org」では、自らが主張する事柄に対して自由にキャンペーンを立て、ページで署名を募ることができる。誰でもキャンペーンを作り、SNS上で拡散をすることができるため、自らの置かれている立場にかかわらず、共感を呼ぶキャンペーンは多くの共感と署名を集め、訴えたい相手に「これだけの人が、このキャンペーンに賛同している」とメッセージを伝えることができる。
同サイトをめぐっては2018年末、大きな話題となった出来事があった。
国際基督教大学4年生の山本和奈さんは18年12月に出版された「週刊SPA!」の特集内記事「ヤレる女子大学生RANKING」に対し、「女性を軽視した出版を取り下げて謝って下さい」というキャンペーンを立ち上げた。和奈さんの問題提起は多くの賛同を集め、最終的に「5万人」を超える署名が集まった。これを受けて週刊SPAは19年1月9日にHP上で謝罪文を掲載。同22日発売の同誌にて「女性の尊厳に配慮を欠いた」と謝罪した。
和奈さんの主張が「5万人」以上の署名を集めたのであれば、彼女の想いは多くの者に共感される妥当性があったと判断していいだろう。
一方で、彼女が利用したChange.orgの信ぴょう性などを疑問視する声もネット上で上がっている。
19年に入り、14歳の女子中学生と名乗る「山本あすか」さんが「東京望月衣塑子記者など特定の記者の質問を制限する言論統制をしないで下さい」というキャンペーンを立ち上げた。しかし規約ではプラットフォームの利用は16歳からとなっており「なぜ14歳のあすかさんが署名活動をしているのか」といった指摘があった。また規約には「16歳未満であることが発覚した場合、弊社はユーザーのアカウントを停止します」との記載もあるが、このキャンペーンとあすかさんのアカウントは依然、閉鎖に至っていない。ちなみに、あすかさんは嫌がらせや誹謗中傷を恐れ、自らの名前が仮名であることも公表しているが「仮名での署名活動に意味はあるのか」という疑問も拡がった。
そんな中、プレジデント誌編集部に驚くべき情報提供があった。情報提供者は「Change.orgのシステムは署名サイトとして信用に足るものではない。それを証明するのでとあるキャンペーンを見ていてほしい」と主張した。
情報提供者が提示してきたキャンペーンは「冷やし中華を冬に頼んだ人間を現行犯逮捕できる社会の実現へ」というもの。この荒唐無稽すぎる主張に共感を集めるとは思えなかったが、情報提供者はこう説明した。
「同サイトの署名はいくらでも水増しができる。こんなバカげた主張でも、賛同者数を1000人、2000人と増やすのはたやすいことだ」
情報提供者によると、Change.orgではメールアドレスの2段階認証がなく、架空のアドレスでも“賛同”にカウントされる。同一人物の多重投票を防ぐためのIPアドレスによる監視もされていないという。
まず、一般的には、ウェブサイトの登録時には入力されたメールアドレスが有効かどうかを確認するため、入力したメールアドレス宛てに、サイト側から送られてきたリンクにアクセスし、有効性を確認する。
また、IPアドレスとは、インターネット上の住所のようなものだが、ルーターや携帯電話本体など、インターネットに接続する機器ごとに固有のIPアドレスが割り振られている。サイト側はこのIPアドレスを参照することで同一人物によるアクセスかどうかを判定することができる。
署名サイトという公的な性質を持つのであれば、メールアドレスの2段階認証やIPアドレスの監視は実装されていて当然の機能だろう。そのため、情報提供者の話は単なる狂言に思えたが、「冷やし中華を冬に頼んだ人間を現行犯逮捕できる社会の実現へ」は特に話題になることもなく、19年3月15日には2000人の賛同者を集めていた。
このことから、情報提供者の話には一定の信ぴょう性があると考えられた。真偽を確認するため、プレジデント誌編集部もChange.orgにて「a@a.com」という存在しないメールアドレスに、存在しない11桁の郵便番号を入力して登録をしてみたが、署名はカウントされてしまった。また、同一のIPアドレスにて連続で署名を行ってもカウントは正常に行われ、署名が減算されるようなこともなかった。
この件について、ネット上の諸問題に詳しいITジャーナリストの三上洋氏に見解と意見を求めた。
「私も架空のメールアドレスと同一のIPアドレスで署名が有効になったことを確認できました。同サイトのプライバシーポリシーにはIPアドレスによる監視をしていると書かれていますが、機能はしていないと思われます」
また、不正投票に対する技術的な問題についてはこう触れた。
「メールアドレスの認証とIPアドレスの監視は技術的に難しいことではなく、大きなコストはかかりません。投票数が減ると商業的、社会的価値が下がるため、サイトが意図的に水増し投票を放置している可能性があります。投票後、他のキャンペーンへの投票を勧めてくる点からもサイト全体の投票数を増やそうとする傾向を感じました」
三上氏はChange.orgについて「サイト自体の理念、取り組みは素晴らしいもので、私も賛同します。しかしシステム自体は水増し投票を非常にしやすい環境であると言わざるをえません」と総評した。
これらの疑惑について、プレジデント誌編集部はChange.orgに対して質問状を送った。すると、同サイトの「Carlos」という人物から次のような返答がきた。
「システムが同IPアドレスから、同一のキャンペーンに対して多すぎる署名を検出した際、これらの署名は完了せず、削除されます。
Eメールアドレスの登録に関するご質問に関しまして、サイトでメールを登録される度に、リンク付きの確認メールを送らせていただいております。確認メール内のリンクがクリックされなかった場合は、アカウントは作成されず、そちらの署名はカウントされません。何らかの署名が誤って通過した場合は、その後削除されます」
しかし今回の情報提供者が立ち上げたキャンペーンは開始から1週間以上が経過したにもかかわらず、署名の減算は観測できていない。またメールアドレスについても情報提供者の情報とプレジデント誌編集部による検証、三上氏の見解すべてと矛盾した回答であった。
この疑惑を持つ状況がサイト立ち上げ時から継続的に続いていたとしたら、今まで立ち上げられたキャンペーンと集まった署名すべてに対して、水増しや工作が行われた可能性を拭うことはできなくなる。それは賛同者の「行き過ぎた暴走」だけでなく、キャンペーンを立ち上げた者が、署名を通すことによって得られる利益のために水増しを行っていた可能性も、通常の対策が行われているサイトより高くなる。
前出の和奈さんは自らのキャンペーンが成功したことについて「5万人を超える、多くの方から署名をいただけて、大変嬉しく思っております」と発言しているが、Change.orgのずさんな仕様ではどれだけ署名を集めようと「5万人が署名した」のではなく、「署名ボタンが5万回押されたにすぎない」という見方もされかねない。
1人が5万回も署名ボタンを押すのは途方に暮れる作業のようにも感じられるが、ある程度のITツールの知識さえあれば、スマホやパソコンに投票までの動作を学習させ、簡単に自動でくり返し投票させることができるのだ。
もちろん、署名には法的拘束力はなく、あくまでもこれだけの人が賛同したという参考にしかならないものだ。しかし署名を受け取った側がこの仕様を知れば、工作の可能性が通常より高まる手段によって集められた署名に対してアクションを起こす可能性は下がるだろう。それは、サイトの可能性を自ら狭めることにほかならない。
現在、永田夏来さんという方が、麻薬取締法違反容疑で「電気グルーヴ」のピエール瀧容疑者が逮捕されたことをめぐり、「電気グルーヴの音源・映像の出荷停止、在庫回収、配信停止を撤回してください」と、サイトで呼びかけている。和奈さんのキャンペーンもそうだが、こんな素晴らしい署名活動の信ぴょう性がサイトによって無に帰してしまったとすれば、残念だ。
※編集部注:プレジデント本誌の報道を受け、Change.orgは3月24日、「2019年3月25日(月)発売のPRESIDENT 2019年4.15号にて、Change.org上の署名数の信憑性について検証する記事が掲載されました」「記事内で言及されているキャンペーンも含めて、これまでChange.orgで行われているキャンペーンの賛同者数は、同一人物からの大量の複数の賛同や、プログラムを用いた大幅な水増しは排除されています」と同サイトにて発表した。本誌編集部は発表前日の23日に当該キャンペーンに賛同者が2000人以上いたことを確認したが、発表後に賛同者が減ったことも確めた。
(行動するお金博士 山野 祐介 写真=iStock.com)
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