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オウム"死刑から1年"再び若者が狙われる

プレジデントオンライン / 2019年6月30日 11時15分

オウム真理教の松本死刑囚ら7人死刑執行=2018年7月6日(写真=AP/アフロ)

昨年7月、オウム真理教の教祖・麻原彰晃(本名・松本智津夫)ら13人の死刑が執行された。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳氏は「伝統的な仏教が『心の受け皿』になる覚悟をもたなければ、オウムのようなカルト宗教が再び勢力を伸ばす可能性がある」と警鐘を鳴らす――。

■麻原彰晃ら13人の死刑執行から1年がたった

オウム真理教の教祖・麻原彰晃と12人の出家信者の死刑が執行されて、まもなく1年がたつ。死刑執行の一報を、私は移動中の車内で知り、にわかに心臓が高鳴ったことを思い出す。とくに井上嘉浩元死刑囚は世代も近く、彼の実家は私の寺から歩いていけるほどの距離にある。同郷の人間として、車のハンドルを握りながら、心の中で静かに手を合わせた。

私は当時20歳の大学生で、テレビ局の報道センターでアシスタントディレクターをしていた。1995年3月20日朝、地下鉄サリン事件が勃発すると、それから半年ほどの間、昼夜を問わずオウム事件の取材や、スタジオ進行などに忙殺されることになる。サリン散布現場はもちろん教団施設、殺害された坂本堤弁護士関連の地など様々な現場を、社会部記者とともに駆け回った。

上祐史浩氏(現ひかりの輪代表)が会見を開いて「ああ言えば上祐」と言われた時も、村井秀夫が刺殺された時も、坂本堤弁護士一家の遺体が見つかった時も、麻原彰晃が逮捕された時も、私はその報道に少なからず関わっていた。その後は新聞社に入社し、社会部記者としてオウム裁判を継続的に取材した。取材記者として長年オウム報道に関わったから、昨年の死刑執行に特別な思いを抱いたかといえば、そうは単純ではない。

■「私は当時彼らと“パラレルワールド“にいた」

じつは私は、彼らとは“パラレルワールド“にいたと思っている。

事件当時、私もまた「出家修行者」だったからだ。都内の大学に通いながら、実家の寺を継ぐための僧侶資格を得るため、3年4期にわたる浄土宗の修行道場に入った。夏休みや冬休みを利用して、知恩院や増上寺などで行に励んだ。

私も仏教の出家修行者であり、彼らも仏教の出家修行者。違いといえば、伝統的な仏教教団に所属しているか、新宗教のカルト教団の信者か。修行の手法が、伝統的作法や教義に則ったものか、麻原教祖が考案したものか。客観的にみれば私も彼らも、さほど変わりはなかったかもしれない。

「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ……」

教祖・麻原がこう連呼すると、ヘッドギアをつけた信者が、トランス状態になって空中浮揚の真似事をする。オウムの出家信者は、「アーナンダ(井上嘉浩元死刑囚)」「アングリマーラ(岡崎一明元死刑囚)」など、お釈迦様の弟子名(ホーリーネーム)を与えられ、仏教徒を名乗った。

オウム事件が明るみになるや「出家」「修行」「ヨガ」「瞑想」などオウム真理教が取り入れたものは、一概に怪しいものとされ、世間から厳しい目を向けられた。全国にあったヨガ教室はオウム事件をきっかけに、ほぼ消滅した。私も修行を終えて、丸坊主姿で街に出たとき、社会の目線が過剰に気になり、ずっと俯き加減で歩いた記憶がある。

■「日本のお寺は、単なる風景に過ぎなかった」が意味すること

では当時、伝統仏教教団は事件をどう見ていたかといえば、「ほぼ沈黙」に等しかった。修行中もオウム事件に関する話題に触れる者は、誰もいなかった。しかし、伝統仏教はオウム事件に無関係ではなかったし、今でも無責任ではいられない。

「日本のお寺は、単なる風景に過ぎなかった」

事件後、あるオウム信者が漏らした言葉である。オウムが勢力を拡大した1980年代、日本は経済的な豊かさを手に入れ、多くの若者は順風満帆であった。しかし、日本人の全員が全員、幸福感に浸っていたわけではない。貧困、格差、差別、暴力……。救済を求める人は少なからずいた。

そうした心の受け皿に、地域の寺がなれなかった。

■地域の寺が心の受け皿にならずオウムに走った2万人

若者は、伝統的仏教では物足りない、と考え「本式の救済」を求めてオウムに走ったのである。事件当時のオウム信者の数は、2万人にも及んだ。

近年はオウムに関する話題も、仏教教団のなかではほとんど聞かれなくなった。死刑執行が1年前に終わり、ますます、過去を反省する機会が奪われている。今後、オウムに関する報道が大きくなされそうなのは、無期懲役になった受刑者(林郁夫、高橋克也ら6人)の仮出所のタイミングだろうか。

あえていえば、死刑執行の3日後、真宗大谷派(総本山、京都・東本願寺)が死刑執行の停止を求める声明を出した。真宗大谷派は死刑執行の度に、声明を出しているのでオウムの死刑執行の際に、特別に教団内で議論が交わされたわけではなさそうだ。その文面を紹介しよう。

京都の東本願寺(写真=iStock.com/Mantas Volungevicius)
「かけがえのないいのちを奪い、人間の尊厳を冒す犯罪行為は、絶対に許されません。私たち仏教者は、その犯罪行為が宗教による救済の名のもとに行われたことに衝撃と憤りを覚えます。同時に、教祖に無批判に追従した青年を思うとき、現代を生きる人々の悩みや苦しみにいかに応えていなかったかが知らされ、仏教者としての責任を痛感いたします」

とした上で、

「罪を犯した者のいのちを奪う死刑の執行は、根源的に罪悪を抱えた人間の闇を自己に問うことなく、他者を排除することで解決とみなす行為にほかなりません。そのことは決して真の解決とはならないでしょう。死刑制度は、罪を犯した人がその罪に向き合い償う機会そのものを奪います。また、私たちの社会が罪を犯した人の立ち直りを助けていく責任を放棄し、共に生きる世界をそこなうものであります」

としている。

■「仏教者としての責任を痛感」を深く述べるべき

死刑制度に関して私自身の賛否はここでは明確にできないことをお許しいただきたい。ジャーナリストで僧侶の私は、前者の立場であれば「是」である。後者の立場では「保留」したい。教祖麻原彰晃の死刑を、僧侶だからといって「否」と言い切れるほどの、宗教的視座を私は持ち合わせていないのだ。だからこそ、宗教界でこの難しい問題について、活発な議論が必要なのだ。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/TakakoWatanabe)

前出の真宗大谷派の声明については、「仏教者としての責任を痛感」について、もう少し、深く述べて欲しかったと思う。

私は週に1度、東京農業大学で授業を受け持っている。そこで、昨年から2年連続でオウム事件や死刑執行についてのアンケートを実施した。彼らはオウム事件後に生まれた世代である。

アンケートの質問と回答分布は次の通り。有効回答数は624であった。

【問1】あなたはオウム真理教事件に関心を持っているか
①持っている(56%) ②持っていない(20%) ③どちらでもない(24%)

【問2】あなたがオウム事件を知ったのはいつか
①死刑執行の報道を受けて(3%) ②1年以内(2%) ③3年以内(5%) ④5年以内(10%) ⑤5年以上10年未満(36%) ⑥10年以上前(21%) ⑦忘れた(23%)

【問3】あなたは死刑制度に賛成か反対か
①賛成だ(59%) ②反対だ(16%) ③判断がつかない(25%)

【問4】オウム真理教事件の死刑囚について、死刑にすべきは誰か
①教祖・麻原彰晃(松本智津夫)のみ(15%) ②死刑囚である信者全員(64%) ③そもそも死刑制度に反対(10%) ④その他(11%)

【問5】あなたはカルト教団に勧誘を受けたことがあるか
①ある(11%) ②ない(74%) ③カルトかどうかは分からないが、怪しげなセミナーなどに誘われたことがある(15%)

■現代の大学生「3割」が勧誘された経験がある

注目すべきは【問5】だろう。「カルト教団からの勧誘を受けた」「怪しげなセミナーなどに誘われたことがある」を合わせれば3割近くになった。

オウム事件後しばらくは、新宗教の勧誘は影を潜めていたかのように思えた。しかし、実態としてはSNSを使った勧誘やダミーサークル、ボランティア団体などを通じて、新たな信者を獲得している。

オウムの後継団体のひとつである「アレフ」は、麻原の死刑執行後も絶対的帰依の姿勢を見せている。また山田美沙子を代表者として、2014年にアレフから分派した「山田らの集団」も、麻原への依存度は高いとみられている。一方、2007年にアレフから独立した「ひかりの輪」は、麻原色を払拭したと主張しているが、公安調査庁は「麻原隠し」をしているとして観察処分を継続している。これらの集団の信者数はおよそ1650人で、年々増加傾向にあるという。

オウム事件後、“完全消滅”したヨガ教室も、最近はどこでも普通に見られるようになった。同時にそれは、オウム事件の記憶が薄れてきていることを意味しているのかもしれない。

かつては存在しなかったSNSを使って、カルトが水面下で勢力を伸ばしている可能性は大いにある。事件から24年。日本の寺が再び、「単なる風景」にならぬよう、仏教者は肝に銘じなければならない。

(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳 写真=AP/アフロ、iStock.com)

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