「空気が読めない子」は親のせいではない
プレジデントオンライン / 2019年8月7日 6時15分
※本稿は、岩波明著、『うつと発達障害』(青春新書)の一部を再編集したものです。
■医学的にはまったく根拠のない俗説
今でも「ASD(自閉症スペクトラム障害)は親の養育・愛情不足が原因」という説を述べている自称専門家が存在しているようですが、「自閉症などASDは親のせい」というのは俗説に過ぎません。現在は完全に否定されています。
実は、昔は、親の養育の失敗、愛情の不足などと、親が悪者にされることが、公然と行われてきました。そのような学説に関連する本も、多数出版されました。けれども、その後の研究が進むにつれて、このような考えが医学的にまったく根拠のないものであることがわかってきました。
もちろん、親の養育の失敗や愛情の不足が、患者の経過や幸福感に影響することはあるかもしれません。けれども、そのことが病気の発症の原因ではありません。
ASDは、かつて広汎性発達障害と呼ばれた疾患の総称です。自閉症やアスペルガー症候群が、このカテゴリに含まれています。スペクトラムとは、「連続体」という意味です。ごく軽症の人から重症の人まで、さまざまなレベルの状態の人が分布していることを指しています。
■柔軟な対応が苦手でルールがある作業が得意な傾向
ASDの主な症状は2つに分けられます。1つは「コミュニケーション、対人関係の持続的な障害」です。
具体的な内容としては、「相手の心情を、表情や言葉のニュアンスから察することが難しい」ことや「場の雰囲気を読むことができない」ことなどを意味しています。対人関係が不良な結果、自閉的な生活や引きこもりの症状につながることもあります。
もう1つの症状は、「限定され反復的な行動、興味、活動」です。これは、手や指を動かしたり、捻じ曲げたりするなどの機械的、反復的な動作を繰り返すことや、独特のこだわりによって、特定の事物に強い執着を示すことなどを意味しています。
ASDの人はこだわりが強いため、対人関係を含めて、状況に応じた柔軟な対応を苦手としています。日々の生活において、自分なりのマイルールがあり、その決まりをしっかり守ろうとすることも特徴です。
一方、彼らは、数字の記憶やカレンダー計算、パズルなど、一定のルールがある作業は得意とする傾向にあります。
■遺伝的な要因が大きいことはわかっている
親の養育・愛情の不足が原因でないとしたら、何がASDの原因なのでしょうか。その答えは、まだ解明されていません。
今わかっていることとしては、遺伝的な要因が大きいことです。最近の双生児研究では、ASDの一卵性双生児の一致率が88%、二卵性双生児の一致率が31%と報告されています。また近親者にASDがいると、診断基準を満たしていない場合であっても、対人関係やコミュニケーションに問題を抱えるケースが多いようです。これらは遺伝的な要因の重要性を示す所見です。
また、特定の遺伝性疾患を持つ人に、ASDの合併率が高いことも知られています。例えば、「フラジャイル(脆弱)X症候群」です。これは、X染色体上の遺伝子異常を原因とする疾患で、知的障害、情動不安定、自閉症症状などの精神症状に、細長い顔、大耳介、扁平足、巨大睾丸、関節の過伸展などの身体的特徴を伴うものです。
■対人恐怖=発達障害ではない
結節性硬化症においてもASDの合併は高い率を示しています。この疾患は遺伝性の母斑症(神経皮膚症候群)の1つです。顔面の血管線維腫、てんかん、知的障害が特徴的で、全身に多数の良性腫瘍を伴うこともあります。そのほか、レット症候群、アンジェルマン症候群などの遺伝性疾患においてもASD症状を示す頻度が高いことが知られています。
このように遺伝的な要因が大きいと考えられているASDですが、遺伝以外の要因も検討されています。例えば、妊娠中の子宮出血、母親の糖尿病、周産期の低酸素状態などが、子供のASDの危険因子と考えられています。
対人恐怖が原因で自閉的な症状や「空気の読めなさ」が生じる場合もありますが、それは発達障害とは異なるものです。
これは、「対人恐怖症」と診断されることもあれば、「社会不安障害」、「社交不安障害」という病名がつくこともあります。
また、統合失調症の初期段階においても人を怖がり、そこから被害妄想に進展していくこともみられます。
■そもそも「他人への関心が薄い」
自閉症の症状は、対人恐怖とは異なり、むしろ「他人に関心がない」「人との関わりをあまり好まない」ことに基づいています。対人恐怖においては、人と関わろうとしてもできないことから不安や恐怖心が生じるわけですが、自閉症などのASDにおいては、そもそも他人に関心が薄いのです。
その結果、「他人の気持ちを理解しない」、「場の空気を読めない」といった特徴につながり、周囲からの孤立を招くことになります。
ASDの人が一見、他者との関わりに積極的であるようでも、実際には働きかけが一方的で、適切な関係を構築できていないケースもよく見られます。
以前、次のような研究をしたことがあります。
ASDの人が、他人と会話をするときの視線を、アイトラッカーという機器を用いて計測しました。
普通の人は、会話をしながら相手の顔や目を見ることが多いのです。ところがASDの人は、相手の顔や目ではなく、体や背景を見る頻度が高率でした。
ASDの子供においても、多くの場合、集団のなかにいるのに奇声を上げたり、跳ね回ったりと、他者の存在を気にかけることがありません。
■「空気が読めない人間」として扱われる
ASDの人は、「人嫌い」というほど他人を積極的に嫌っているのでもないし、他人に不安や恐怖を感じているわけでもありません。むしろ、他人を気にしないし、視界に入っても特別な存在と認知しないのです。
アイトラッカーの研究は、この点を実証したものとなっています。ASDの人は、自分が思ったことや本当のことを言いたい、という気持ちを抑えることができません。それが「相手の都合も顧みず、自分が思ったことを話し続ける」「唐突な発言をする」など、周囲に対する配慮の欠如として表れます。
一方でADHDにも、衝動性の表れとして「思いついたことを言わずにいられない」傾向がありますが、ASDの人は「自分が話していい状況なのかを認識できていない」ことが原因で、同様な行動がみられるのです。
その結果として、周囲から浮いてしまうことになりがちです。さらに、「空気が読めない」「わがままで身勝手」な人間として扱われることになりかねません。本人も、自分が「変わった」人間であると見られていることに気がつき、自分から距離を取り引きこもっていくケースもあります。
事実、烏山病院の専門外来を受診したASD患者302例について、健常者と比較したところ、いじめの被害、不登校、引きこもりなどが高率でみられており、これに対する対策が求められています。
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精神科医
1959年、神奈川県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『天才と発達障害』(文春新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?』(光文社新書)等がある。
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(精神科医 岩波 明 写真=iStock.com)
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