「西の牛、東の豚」という嗜好分布の意外な背景
プレジデントオンライン / 2019年12月10日 9時30分
■「西の牛、東の豚」という地域構造はいつからのものか?
「西の牛、東の豚」。地域によって肉の嗜好の差が見られるようになったのは、いつ頃からなのか。最近の傾向なのか、以前からの傾向なのだろうか。
前編では、地域別の肉の嗜好を探った(図表2、3)。だが、この図表は地域的な特徴を際立たせるには効果的だが、時系列変化を追うのには適さない。そこで、同じ家計調査の県庁所在市別のデータを用いて、牛・豚・鶏の購入金額構成比を計算し、最大限データを過去にさかのぼった50数年前と現在とで比較してみよう(図表6参照)。
■豚肉と鶏肉を食べなかった地域の人が食べるように
一見して分かる通り、50年数前には、牛肉と鶏肉の「西高東低」、豚肉の「東高西低」の地域構造は今より明確だった。現在も、そうした傾向は残っているものの、かつてと比べると明確ではなく、物流の進化などにより食のパターンの全国平準化が進行したことをうかがわせる結果となっている。
全国平準化の進行は、こうした「東西」といった大きな地域別の傾向の変化とともに近隣県どうしの差異が小さくなった点にもあらわれている。図では近隣県における割合の差をあらわすギザギザがずいぶん滑らかになっていることからそれがうかがわれる。
平準化の指標としては、「データのばらつき」の程度をあらわす変動係数が使われることが多い。肉の地域別消費額の変動係数を調べてみると、図表7で見るように、牛肉、豚肉、鶏肉の値は、それぞれ、この50数年の間に3割減、8割減、7割減とすべてで大きく値を減少させている。つまり、「データのばらつき度」が下がり、平準化していることを表している。特に、豚肉と鶏肉のばらつき度の低下はめざましい。これらと比べると、牛肉は、なお、東西差がかなり残っているといえる。
■50年数前より牛肉の「西高東低」の格差が縮小
牛肉消費は図表6で分かるように、かつては、北陸、近畿、中四国で特段に多く、豚肉消費の多かった東日本で全体的に少なく、西日本でも鶏肉消費が多い九州では比較的少なかった。こうした傾向は今でも成り立っているが、明らかにその程度は弱まっている。
鶏肉消費は、かつては、純粋に西高東低の地域構造をもっており、九州がもっとも割合の高い地域となっていた。今は、消費が全国的に平準化した中で、東北と九州がやや多いというパターンになっている。
なぜ、鶏肉の消費が全国的に平準化したのか。
養鶏は、養豚や肉用牛と比べても飼料代が経費として大きいので、飼料の運搬費もバカにならない。わが国では、飼料は主に輸入に頼っている。その飼料の輸入・生産拠点は、東日本の太平洋岸と南九州に集中立地している。鶏肉消費が東北と九州で多いのは、そこから遠くない地域にブロイラー生産が集積している影響があると考えられる。
■豚肉料理が東京から同心円状に普及した
「西の牛肉、東の豚肉」というコントラストが成立した理由としては、豚肉料理が東京から同心円状に普及したからという説が一般的である。
そもそも仏教の影響などで、日本では先行して肉食になじんでいた隣国の中国や朝鮮半島と異なって肉畜飼養は一般化していなかった。明治維新以降、日本で肉食が解禁されて、まず普及したのは牛鍋などに代表される牛肉であった。
屋台の牛飯(牛どん)や兵隊食として牛肉の大和煮缶詰が普及したのも大きかった。欧米では牛肉がメインだった影響であろう。残飯のエサで飼育されることもあった豚の肉は不浄感から嫌われたということもあったかもしれない。軍隊食から普及したカレーライスの肉も明治期にはまだ牛肉だけだった。
こうして、牛肉食は全国に広がっていったが、牛肉食の普及や軍隊食への導入により牛肉の価格は大きく上昇していった。
■明治期の牛肉ブームを大正期に豚肉が凌駕
そうした中、大正7(1918)年に、2つの画期的な豚肉料理であるカツカレーとカツ丼が東京で相次いで誕生した。さらにカレーライスにも豚肉が一般的に使われるようになった。値段の張らない手ごろな肉料理を求めるニーズに応え、俗に「明治の三大洋食」と呼ばれるコロッケ、トンカツ、カレーライスが大正時代に豚肉料理として庶民の間に広がったのである。
こうして生まれた豚肉文化が、その後、東京から北関東や東北に伝わって、「東の豚肉」分布ができ上がったと考えられる。
図表8には、豚肉がやっと普及し始めた1924年段階の都道府県別の家畜飼養頭数を図示した。飼養頭数で馬が多いのは、東日本と九州。近畿、中四国では馬は少なく、牛が大勢を占めていたことが分かる。
また、豚が飼養されていたのは、豚肉料理が開発された東京を中心とした同心円状の関東、東山、東海といった地方、および豚が明治以前からの伝統料理だった沖縄、鹿児島に限られていた様子をうかがい知ることができる。
鶏の飼養羽数を見ると、各地方ブロックで、北海道、茨城、千葉、愛知、福岡、鹿児島といったような拠点地域が存在していた様子がうかがえる。九州全体(あるいは東北)への鶏肉消費の傾斜は戦後の展開だと思われる。
■西日本では農耕に牛を使い、老廃牛の肉に親しみがあった
なぜ、関西を含む西日本では、豚肉料理が受け入れられるのが遅れ、今でも「肉といえば牛」という考えが残っているか。
これについては、もともと西日本では農耕に馬より牛を使うことが多く、以前より老廃牛の肉に親しみがあったからという説が有力である。しかし、豚肉を受け入れるのに西日本では時間がかかったというより、むしろ、東日本では豚肉を受け入れやすかったと見ることもできる。すなわち、東日本に多かった農耕馬はそもそも肉畜には向いておらず、生活向上に伴う肉需要の高まりに対して東日本では豚肉で対応するしかなかったとも考えられよう。
いずれにせよ、牛肉が肉食の中心だった明治期を過ぎて、飼料量に対する食肉量の比率で計算される飼料効率が牛より高く、相対的に値段も安い豚肉と鶏肉の躍進がはじまった。
現在もなおその動きが地域的に時間差を伴いながら進行中だと見ることができよう。その中で、地産地消など食の地域個性を重視する意識も高まっており、今後は、食べ方の多様化を伴いながら、肉を食べるなら牛か豚か鶏かの選択をむしろ楽しむ時代が続いていくと思われるのである。
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統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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