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「中国人船長の釈放は首相の指示」10年後に突然出てきた前原証言のおかしさ

プレジデントオンライン / 2020年11月8日 9時15分

2010年10月19日、衆議院本会議前、前原誠司外相(左)と話し込む仙谷由人官房長官(中央)。右は菅直人首相(肩書はいずれも当時)。 - 写真=時事通信フォト

■仙谷由人官房長官に「政治的な介入だ」との非難が集中

2010年9月7日、尖閣諸島沖合で中国漁船が故意に海上保安庁巡視船に衝突して船長が逮捕され、沖縄地方検察庁に身柄が送られました。中国側は即時釈放を強く要求。9月24日に処分保留のまま釈放され、船長はチャーター機で直ちに帰国しました。

海上保安官が動画サイトに投稿した衝突時の映像も含め、当時の様子をご記憶の方は多いでしょう。この経緯について国民の間に大変な疑念が広がり、国連総会のために訪米中の菅直人首相、前原誠司外相の「留守」を守っていた仙谷由人官房長官(いずれも当時、以下同)に対し「検察に政治的に介入して釈放させた」との非難が集中。釈放前日の23日に外務省の説明を受けた沖縄地方検察庁が24日に「外交上の配慮」を釈放の理由としたことも、こうした非難に根拠を与えました。

それからちょうど10年が過ぎた今年9月、前原氏が複数のメディアに対し、「中国人船長の釈放は菅直人首相の指示によるもの」「菅直人首相は、11月に横浜市で開催予定のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に中国の胡錦涛主席(当時)が欠席することを恐れた」などと発言し、波紋が広がっています。

■外務大臣が官房長官に「首相の意向を伝える」とはあり得ない

事件当初に国交大臣、9月17日の内閣改造を経て外務大臣として事態に関わった前原氏によれば、翌18日、国連総会のための訪米に向けた勉強会で前原外相ら外務省幹部が首相官邸に出向いた時、菅首相が前原外相に「中国の船長を返せ」「俺のAPECを台無しにするのか」と述べ、前原氏はこの“首相の意向”を仙谷氏に伝達。その結果、沖縄地検は中国人船長を処分保留で釈放したというのです。私はインタビュー記事を読んで、ビックリしました。

私自身は民主党政権時代を含め、長く国政の裏方を秘書稼業で歩いてきたのですが、外務大臣が総理の女房役たる官房長官に“首相の意向を伝える”なんて、聞いたことがありません。

首相が官房長官に政治的な指示をするなら、直接するはずです。この案件は本来、複数の大臣(法務、国交、外務)が関わるもの。官房長官が調整の労をとるのが順当で、いち所掌大臣が全体を統括すべき官房長官に首相の意向や指示を伝えるために間に入るのは、指揮系統上にも異常をきたします。

■私自身が仙谷長官の命を受けて「拘留期間延長」を交渉していた

そして、もうひとつ私が前原氏の発言に疑問を持たざるを得ない事情があります。それは、私自身が仙谷官房長官の指示を受け、2010年9月19日から23日にかけて北京市で中国側と接触し、地検に送致された中国人船長について日本における法的手続きのため3週間ほどの拘留と取り調べを黙認してもらうよう交渉していたからです。

もし、9月18日の時点で首相の指示通り「釈放」なら、仙谷長官がわざわざ私に北京で中国側に「拘留期間延長」を交渉させる必要などないはずです。

当時の民主党政権内で、私は変わり種でした。長く日本共産党国会議員団で秘書を務め、04年11月に党を除籍。共産党の筆坂秀世元参議院議員(常任幹部会委員・政策委員長)の公設秘書時代に、中国共産党中央対外連絡部の人物や外交官と知古となり、民主党政権発足後に同党衆議院議員政策秘書となってからは、その人脈を生かして予備的な交渉事にも従事しました。

■中国側「密約の取り決めが守られず、当惑した」

衝突事件の際は、旧知の中国外交官の親族の結婚祝いへの出席にかこつけて相手側に交渉を持ち掛け、数日間、北京市内のホテルで、在北京日本大使館の館員立ち会いのもと、人民解放軍総参謀部要員との交渉に臨んだのです。

その時面食らったのは、「なんで日本側は従来の取り決めを破って、中国側船長を連行し拘禁したのか?」と問われたこと。話し合いの場とは別の食事の席で詳しく説明してもらったのですが、中国側の言い分はこうでした。

「97年、わが国と日本政府は漁業協定を締結する際、釣魚台(尖閣諸島)周辺でお互いに相手国の人員を拘束した際は、48時間以内に相手国側、つまり拘束した人員の所属国の公的執行機関に身柄を引き渡すことになっている。その取り決めが守られず、当惑した」

別の席でこの問題を旧知の中国外交官に尋ねたところ、密約は相互に尖閣諸島周辺での執行権を黙認し合うもので、中国にとっては建前上、自国民に知らせるわけにはいかぬために密約となったとのことでした。一種の「共同管轄協定」ですね。

尖閣諸島をめぐって対峙する日本と中国、太平洋にはアメリカ
写真=iStock.com/pengpeng
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pengpeng

しかしながら、違法操業の疑いについて停船命令を受けながら、漁船で巡視船に体当たりをかけるという重大な公務執行妨害・器物損壊(海上では人命にも関わる)を犯した容疑者を「48時間以内に相手国引き渡し(事実上、釈放)」というのは日本側公的執行機関、さらに国民にとって納得いくものであるはずがありません。

■自分のマイナスを挽回するため、強硬姿勢に出た

私は中国側に「最終的に外交的・政治的判断で釈放可否が決まるはずだが、それまでの捜査・取り調べが法律的手続きに則り行われることが日本では大変重要だ。そのために仙谷長官はあと3週間が必要と判断している。ここは受けとめて、3週間は日本側に与えてもらいたい」と何度も述べて説得に努めました。

この交渉のさなか、事件当時は海保を管轄する国交相だった前原外相に対し、疑念が湧いてきました。本当に日中間にこうした密約があったなら、海保がそれを知らぬはずはないし、事件処理に当たる国交相に伝えていないとも考えにくい。産経新聞の今年9月8日付インタビュー記事で、前原氏は国交相として海保長官らから「逮捕相当」との考えを聞き、菅首相に伝えたとあります。

それは当然とは思うのですが、前原氏が密約を知りながらあえて踏み越えてみた、と見ることもできます。国交相として八ッ場ダム中止の失敗で負った自分のマイナスを挽回するため、強硬姿勢に出た……当時の私はそう感じました。

■「米国のほうからそういう指示があった」

交渉は結果として中国側が「3週間拘留を黙認」という内容で2010年9月23日には終了。「まあ、ここまでかな」と考えながら帰国の途に就こうとしていた時、私の携帯電話が鳴ったのです。仙谷長官の秘書官からの伝言でした。

「中国人船長は明日、釈放することになったから。米国のほうからそういう指示があったから」

私は一瞬、放心してしまいました。菅・前原両氏が訪問中の米国で、クリントン国務長官が「尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の適用範囲」と記者会見で発言しているのを見ました。「前原さん、やりやがったな?」が第一感。この時、初めて仙谷長官が「法的手続きを乗り越えて即時釈放」に転換せざるを得なくなったと感じました。

“交渉せよ”から“しなくていい”に指示が変更されたわけですから、この時仙谷長官に対し、前原氏というより菅首相の指示があった……と考えるのが自然でしょう。前原氏が言うように、菅首相が訪米前から「早期釈放」を指示していたら、3週間拘留延長のために私が交渉する必要などハナからないですから。この一連の流れで前原氏が得をし、「即時釈放」介入して中国に忖度した咎を負わされた仙谷長官が損をした、というのが実感です。

■なぜ前原氏は菅氏が混乱を招いたかのように証言するのか

私がこの経験をこの度の前原氏の発言と照らして思い返す時、次のような経緯で中国人船長が釈放されたのではないか、と考えています。

① 国交相として、前原氏は日中間密約を外れ、厳正に中国人船長を取り締まった
② その後外相になった前原氏は、中国に迎合的だったオバマ米民主党政権に迫り、「安保条約5条の尖閣適用」を表明させようとした
③ 日中間の軋轢(あつれき)の早期収束を希望した米国側が「船長の早期釈放」を要求したことに対し、②を条件に菅首相・前原外相がこれに応えた。

①~③の事情が存在したと考えて、初めて仙谷長官のふるまいについての合理的な説明がつくと思います。

そして②については、前原氏は前出の産経記事で「20年来の知り合い」であるキャンベル国務次官補(当時)に、「尖閣への(安保条約)5条適用」を米側が発言するよう頼んだと言っていますから、余計にそう思えますね。うがった見方かもしれませんが、前原氏はあえて菅氏が混乱を招いたかのように証言しつつ、米側の「尖閣への5条適用」の言質を取ったという自分の手柄を引き立たせたいのでしょうか。

少なくとも自身が責任を持って関わった「逮捕」「釈放」の決定について、詳しく説明を聞いてみたいものです。今回のいずれの記事でも、これらに「無関係」を装っているように見えてなりませんから。

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篠原 常一郎(しのはら・じょういちろう)
ジャーナリスト、軍事・政治評論家
1960年生まれ。立教大学文学部教育学科卒業。公立小学校の非常勤教員を経て、日本共産党専従に。筆坂秀世参議院議員の公設秘書を務めた他、民主党政権期は同党衆議院議員の政策秘書を務めた。著書に『ノモンハンの真実』(筆名・古是三春、光人社NF文庫)、『いますぐ読みたい 日本共産党の謎』(徳間書店)、『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』(岩田温氏との共著、育鵬社)。YouTubeで「古是三春チャンネル」を開局中。

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(ジャーナリスト、軍事・政治評論家 篠原 常一郎)

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