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「日本株の堅調を喜んではいけない」日銀の"爆買い"の末路は地獄だけだ

プレジデントオンライン / 2020年12月14日 9時15分

金融政策決定会合後に記者会見する日本銀行の黒田東彦総裁=2020年10月29日、東京・日本橋本石町の同本店[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

日本銀行が上場投資信託(ETF)の購入に乗り出し、10年を迎える。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史氏は「ETFを買い続け、今や日本株の最大の株主は日銀だ。暴落を招くため簡単に株を手放すことはできず、出口はない」という——。

■1万円札の図柄はトヨタ・レクサスに

ちょうど10年前の2010年12月に日銀が株を買い始めたとき、私は「そんなことをしたら、今に1万円札の図柄がトヨタ・レクサスに変わってしまうぞ」と揶揄(やゆ)したものだ。

金本位制時代には日銀発行券の価値は金が担保したが、今は不換紙幣で金が担保しているわけではない。日銀は「健全なる金融制度が紙幣の価値を担保している」との公式発言をしているが現実問題として、その保有資産の健全性が、日銀券に信頼を与えていると考えられる。

その意味で、日銀資産の多くが株式になるのなら、日本の代表的企業トヨタの旗艦車レクサスがシンボルとして1万円札の図柄になるだろうと揶揄したのだ。

ちなみに日銀が株式を購入し始める少し前、日銀の支店長社宅が「贅沢すぎる」と世間のやり玉に挙がり、日銀が売却を余儀なくされていた。贅沢すぎるのが非難の主因だったが、「保有資産が日銀券の価値を決めるのに、価格の変動する不動産を日銀が保有するのはいかがなものか?」との議論が専門家の間では行われていたと記憶している。

私は、「何だよ、つい先日まで『売れ、売れ』と攻撃していた世論が、今度は、『買え、買え』かよ~。不動産は駄目で、株はいいのかよ~」と、世論のいい加減さにうんざりしたものだ。その1万円札の図柄はいまだレクサスに変わってはいないものの、日銀は、いまや日本最大の株主になってしまったようだ。

■日本最大の株主……日銀が日本株に手を出す功罪

12月4日の日本経済新聞「日銀ウオッチ」によると、日銀が保有する上場投資信託(ETF)は、9月末の時点で40兆4733億円。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の41兆5010億円だった。それが「国内最大の株主の座がこれまでの年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)から、日銀に移った可能性がある」そうなのだ。

たしかに日銀が多額に株式を購入すれば、株価は安定する。今のようにコロナ禍で経済が失速しそうなときには株価の上昇による資産効果(株や不動産等の資産を持っている人がお金持ちになった気になりお金を使う。それをみて株価がさらに上昇するとの好回転が始まる)はありがたい。

1985年から90年にかけてのバブルで証明されたように、資産上昇の景気に対する好影響は抜群だからだ。

グローバルな通貨と技術の概念
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

しかし、それだけ景気に抜群の効果があるのに、なぜ他国の中央銀行は、日銀と同じように株の購入をしないのか? 日銀が国内最大の株保有者になのに、他の中央銀行は、1行たりとも株を(金融政策目的では)買おうとしていない。

それはメリット以上に膨大なリスクがあるからだ。他の中央銀行は、それを理解しているだけに、株式購入という誘惑に負けないよう、がんばっているのだ。

■出口はない……保有した株は簡単には手放せない

国債のように満期が無いだけに、株の保有額を減らすには市場への売り戻ししかない。しかし、ここまで保有額が大きくなると、日銀が保有を減らす意思を漏らすだけで、株式市場に衝撃が走り、暴落が始まるだろう。

最大の保有者が購入を中止したり、逆に売ったりするとなると価格が暴落するのは想像に難くない。実際、国債市場では1998年に、国債の最大保有者だった資金運用部が「購入を中止する」と発表しただけで暴落が起きた。「資金運用部ショック」という。

こう考えていけば、先に触れた12月4日の日本経済新聞「日銀ウオッチ」が「『出口はない』。ETFを巡り、行内ではこんな声も漏れる」(筆者注:行内とは日銀行内のこと)との記述にも納得がいく。

「売れないのなら、いつまでも保有しておけばいい」とおっしゃる方もいるかもしれないが、それは弊害が大きい。

明治時代から、労働組合他の既得権者の強烈な抵抗を押しのけてまで、国は淡々と国営企業の民営化を図ってきた。明治時代の製鉄所、炭鉱、鉱山の民営化から始まり、日本専売公社、日本電信電話公社、国鉄、新東京国際空港公団、日本郵政公社など私の幼少年期になじみがあった官製組織の多くは民間化した。

それが名目上は独立しているとはいえ、政府の紙幣印刷所に成り下がった政府の子会社のような日銀が、明治以来の150年弱にわたる民営化の努力を無にし、逆回転させているのだ。

■市場の歪みと企業のモチベーションの低下

民営化が不可欠なのは競争力強化の観点からだ。株式会社の持ち主は、本来、株主である。西洋社会では、それが徹底している。儲けを出さない経営者は、企業の持ち主である株主に、すぐに首を切られてしまう。だから経営者は必死で利益を上げることを考える。

しかし、日本の場合、「会社は株主のもの」とは言い切れない。企業のステークホルダー(利害関係者)として、株主の他に、経営者、メインバンク、労働組合、地域社会など「利益の極大化が目的でない」参加者が多くいる。それが経済産業省の望月晴文元事務次官の「日本企業は、欧米企業に技術で勝って利益で負けている」との発言の原因と言える。

ただでさえ、欧米企業に比べ、利益極大が最大目標の株主の存在感が無いのに、その株主さえ利益極大化が目標ではない日銀がなってしまうのなら、日本企業の利益向上へのモチベーションは著しく落ちるだろう。

ボカシのかかった聴衆とプレゼンター
写真=iStock.com/DIPA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DIPA

利益が上がらなければ企業は国際競争で脱落し、日本人は働く場を失っていく。税収も上がらない。

■ゾンビ企業に退場通告をするのは株式市場の役割だ

企業の国営化が進めば、その国はまさに社会主義国家と言える。社会主義国家が資本主義国家に負けるのは、歴史が証明している。前述のように、儲けのインセンティブが失われ、国際競争で敗れるからだ。

さらに日本では株式市場だけなく、国債市場、不動産市場でも、日銀がモンスターとなり、価格を牛耳っている。これでは市場という優れた経済調整機能を殺した計画経済そのものだ。

たとえば、市場機能が働いていれば、財政悪化に対して長期金利上昇という警戒警報が鳴る。「政治家さんよ、ばらまけば、経済には多少なりとも良い影響があるかもしれないが、長期金利の上昇が経済を下押ししますよ。財政出動はほどほどにね」との警報だ。

ところが、今のように、日銀が国債を爆買いすることにより、長期金利の上昇を押さえつければ、警報が鳴らず、痛みを感じないバラマキで、財政赤字が膨大化してしまう。

ゾンビ企業に退場通告をするのは株式市場の役割である。市場原理(儲かるか儲からないかで判断を下す)の働かない日銀が最大株主になれば、その株式市場のその役割が失われ、産業の新陳代謝が遅れてしまう。その結果、日本は経済三流国、四流国へと落ちぶれていってしまうのだ。

■価格が大きく動くものを中央銀行は買ってはいけない

今まで述べてきたことは中央銀行が株式を購入することに関しての中長期的な問題点だ。潜在的問題点と言ってもいい。しかし、日銀以外の他の中央銀行が株式を買わないのは、「中央銀行は株を買ってはいけない」が常識だからだ。

今年3月の期末が近づいてきたとき、ひょっとすると日銀の保有株式が評価損になるかもしれないとマーケットでは大騒ぎした。結局、終値は2万1200円だったのだが、1万8900円以下になると、評価損を被るぞ、と騒がれたのだ。「評価損が発生するかもしれない」とマーケットが騒ぐような資産を中央銀行が持ってはいけないのが世界の中央銀行マンの常識のはずだ。

最初に述べたように、通貨の価値は中央銀行の資産の健全性による。通貨の価値は「国力による」「軍事力による」「国民の資産量による」などといろいろなことを言う人がいるが、それは、「中央銀行の財務が健全である」との前提での話だ。どんなに強い軍隊を持ち、国力が強く、国民が多額の資産を持っていても、中央銀行の財務が劣化すればその発行する通貨は誰も使わない。

「馬車に山ほど積まれた札束でパンを買いに行く(=ハイパーインフレの状態)」風刺画などを、よく見るが、それは通貨が紙屑化したせいだ。ドイツでは第2次世界大戦後、その事態から脱却するために、(ワンクッションあったがが)ライヒスバンクという古い中央銀行を廃し、ブンデスバンクという新中央銀行を作った。

たくさんの国の紙幣
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

当然ライヒスマルクは紙屑化し、ドイツマルクが発行された。当時のドイツの国力も、軍事力も、国民の資産量も、ライヒスマルク時代とドイツマルク時代とは、何一つ変わっていないのに、新しい紙幣の発行で、ドイツの貨幣価値は復活したことで、通貨の基礎は中央銀行の財務だということがお分かりいただけるだろう。

■日経平均がどのくらい下落すれば日銀に評価損が発生するのか

今年3月末時点では、(私の大ざっぱな計算では)日経平均が1000円動くごとに日銀保有株式の評価損益が1兆5600億円ずつ動く計算だった。

リーマンショックの時には、株価は1万2214円(2008年9月12日)から一時6994円まで5220円も下落した。もし、今年3月時点から、株価がリーマン時のように5220円下落したら日銀の保有株株式の評価損は8兆3100億円にものぼり、日銀が「債務超過をかろうじて免れる」という事態になってしまったはずだ。

もしリーマン時と同じ率の下落率、すなわち日経平均が2020年3月末の1万8917円から43%下落するとなると、12兆6800億円の評価損が発生してしまうことになる(筆者注:これは今年3月末時点での計算。日銀は、4月以降、より高い値段で株を追加購入しているので、評価損は、もっと大きくなると思われる)。

長期金利はすでに0%なので、株価が下落しているからといって、さらなる長期金利の低下(=価格の上昇)は考えにくい。となると日銀は完全な債務超過となる。

■一時的な株高を能天気に喜んではいけない

こうなると日銀の信用は地に落ち、円は暴落だろう。日本は原油も、農作物も、高額医薬品も手に入らなくなる。紙屑化した円では、諸外国はこれらのモノはおろかドルも売ってくれなくなるからだ。国民は地獄を味わう。

中央銀行が債務超過になり、その発行する通貨が暴落する事態を避けるのが、中央銀行の最低限の責務だ。それがゆえに、以前の日本銀行は、値段の動きの激しい株はもちろんのこと、CP、社債、長期国債などさえ買わなかったのだ。満期までせいぜい2~3カ月の短期国債や政府短期証券、そして実需の裏づけのある期日が間近の約束手形しか購入しなかった。

他国中央銀行は、コロナ禍の非常事態への対応として値動きの激しい長期国債、CP、社債まで購入に踏み切った。が、もっとも値動きの激しい株式には手を出していない。

日銀は、その値動きの激しい株式に手を出してしまったばかりか、今や日本最大の株保有者となってしまった。オーソドックスな元金融マンから見れば、何をかいわんや、である。

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藤巻 健史(ふじまき・たけし)
フジマキ・ジャパン代表取締役
1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参議院議員を務めた。

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(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)

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