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日本人はドイツ人より300時間多く働いているのに、なぜドイツ人より稼げないのか

プレジデントオンライン / 2021年3月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/photosvit

日本人はドイツ人よりも年間300時間長く働いている。だが、一人あたりのGDPはドイツよりも低い。それはなぜか。法政大学の水野和夫教授と衆議院議員の古川元久氏の対談をお届けしよう――。

※本稿は、水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■本当に「右肩上がりの成長」を続けなければならないのか

【水野】日本人の〈右肩上がり〉成長に対するほとんど狂信的なまでの執着は、かなり強固なものです。特に今、企業のトップに就いている方々の多くは、経済がまさに〈右肩上がり〉に成長した時代を駆け抜けていますからね。こうした成長教信者の昭和世代の人にとってみれば、若い層が「〈サステナブル〉な社会を」とか言ってもいまいちピンと来ないのも理解できます。

でも、ここで立ち止まって考えてみましょうよ。そもそもなぜ、私たち日本人は〈右肩上がり〉に経済を成長させ続けなくてはならないと、信じこんでしまったのかを。

端的にいえば、「化石燃料を遠い他国から大量に買い付けなくてはならないから」なんです。それは、「毎年、貿易黒字を出し続ける」ことでようやく可能になることだからです。

例えば、日本はここ30年ほど、多い年は1300万台、2019年には約970万台もの自動車を生産しています。しかし、このうち日本国内で消費されるのは5割程度。残りの半分はすべて海外に輸出されています。

2020年の貿易統計では、日本の輸出額はおよそ68兆円ですが、そのうちの14兆円分が輸送用機器輸出です。しかも輸出先のトップは北米で、約31%を占めている。

【古川】国内市場が縮小しているので、外国に自動車を買ってもらわなくてはならない日本の事情が表れていますね。そんな「一本足打法」のリスクも、今回コロナで大きな課題になりました。世界的な不況に陥ると、日本製の自動車に対する需要も激減して、日本経済は大きな打撃を受けます。

■自由時間がないと、精神力が鍛えられない

【水野】リーマン・ショック以前は、電気機械産業と自動車産業がドルを稼いでいたんですが、リーマン・ショックで電気機械産業はドルを稼げなくなりました。したがって、今まで以上に日本は自動車産業に頼らざるを得なくなってしまった。とはいえ一番の問題は、貿易黒字にこだわり続けなくてはならない日本のエネルギー事情です。

日本はここ数十年間、海外から化石燃料を大量に買い付け、国内では原子力発電でエネルギーをまかなってきました。でも、そのどちらもかなりの犠牲やリスクを伴います。貿易黒字を出すために、日本中が必死に働き続けなくてはならない犠牲、そしてこの地震大国日本で、全国に原発施設を維持し続けなくてはいけないリスクです。

貿易・経常黒字は投資の概念に入ります。生産物は消費されるか投資されるかの二つしかありませんので、戦後からずっと消費を我慢して投資をしてきました。その結果、年間労働時間が減らないのです。自由時間が増えないので、文化・芸術を楽しんで五感を鍛えることなどできません。五感を鍛えないと、危機に直面した緊急時に肝心な精神力が生まれてこないのです。

■自然エネルギーによる発電能力を高められるはずだ

【古川】その通りです。

【水野】ここをもう一度、しっかり見直しましょうよ。そもそも、化石燃料はいずれなくなります。要するに、遠い中東にまでわざわざ仕入れにいく必要もなくなるわけです。

しかも日本には、ふんだんに降り注ぐ太陽光や、温泉大国ならではの地熱もある。風力発電や水力発電もあります。化石燃料と原発に依存しきっている仕組みを全部切り替えていく覚悟を持てば、他国への依存度は一気に減りますし、「毎年、貿易黒字を出し続ける」必要もなくなります。

【古川】東日本大震災に伴って起きた福島原発事故の後、私が国家戦略担当大臣の時に取りまとめた「革新的エネルギー・環境戦略」によって、日本はいったん脱原発へと舵を切りましたが、安倍政権となり、再び原発を維持し続ける方向へと逆戻りしてしまいました。しかし世界では、ドイツのシーメンスやアメリカのGEが原発事業から距離を置くなど、むしろ国だけでなく企業も含めて、脱原発の動きが強まっています。

日本はもっと自然エネルギーによる発電能力を高めることができるはずです。特に地熱発電。同じ温泉大国であるアイスランドでは地熱発電だけで20%以上もの発電をしています。日本でもそれくらいの潜在力はあるのではないでしょうか。原発や火力に替わる代替エネルギーの開発にもっと積極的に取り組むべきです。

再生可能エネルギーの発電風景
写真=iStock.com/imacoconut
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imacoconut

■日本人はドイツ人より「年間300時間」多く働いている

【水野】すると変わってくるのが、日本人の働き方です。「毎年、黒字を出す」「右肩上がりに成長する」目標のために、いったいどれだけの日本人が「過労死」や「うつ」「自殺」などのリスクにさらされていることでしょう。

日本人の「正社員」は、統計上平均して年間2000時間働いています。本当は、もっと長時間働いていると思いますが、一方のドイツ人の労働時間は、パートの人も含めて平均1390時間ですよ。同じ基準でみると、日本は1670時間です。その差は、なんと年間300時間近くにも及ぶ。45年間働くとすると、1万2600時間余計に働いていることになります。

【古川】一年間に300時間も余裕があれば、いろんなことができますね。家族や友人と、もっとゆっくり過ごす時間を持てるでしょうし、のんびり長期の旅に出て心身を癒やすことも可能でしょう。趣味や勉強に打ち込むこともできるだろうし、美術館や映画館、コンサートなどに足を向ける意欲も出るでしょう。可処分所得ならぬ、可処分時間がそれだけ増えれば、「仕事」と「生活」以外に、「余暇」の時間を確保できるようになって、真の“豊かさ”を実感できるようになるのではないでしょうか。

■一人当たりのGDPはドイツのほうが上

【水野】コロナ禍によるロックダウンの際、ドイツはフリーランスのアーティストや個人事業主などにも、即座に給付金支給を決定しました。文化芸術に対する考え方が、根本から日本とは違うと痛感しましたが、それも日頃からの人々の「余暇」の過ごし方に、関係しているのでしょうね。

ドイツ文化相のメッセージが、日本でも話題になりました。「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。特に今は」と言って。

日本では「余暇」=娯楽=遊びとして片づけられがちなのを、人生に必要な心の栄養素として大切に扱う姿勢を内外に示したのは、さすが芸術大国だと感心しました。

【古川】また日本の場合、非常に残念なことに、そんなに過労死寸前まで働き続けているのに、労働生産性はドイツより低いのが現実です。

【水野】GDPを国別に見ると、日本はドイツより上です。しかし、日本とドイツでは人口がだいぶ違いますからね。一人当たりのGDPに換算すると、ドイツのほうが日本よりGDPは上なんです。

つまり、ドイツ人は日本より働く時間は短いのに、得るものは多く、日本人は命を削って働いているのにそれに見合った実りを得ていない、ということになります。

世界GDPランキング上位5カ国(2019年)
【図表1】IMF統計に基づく名目ベースのGDP〈国内総生産〉総額。米ドルへの換算は各年の平均為替レートベース(画像=『正義の政治経済学』)

■命を削って働くのは、「勤勉ではなく自己犠牲」

【古川】日本人の勤勉さは世界でも有名ですが、命を削ってまで働くのは、〈勤勉〉ではなく〈自己犠牲〉です。その〈自己犠牲〉を無言のうちに要求する社会が、ここ数十年続いてしまっているのは残念な限りです。

水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書)
水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書)

そんな日本でも、それこそ江戸時代などは、午後3時くらいには仕事を切り上げて、寄席やら蛍狩りやら、町民たちも楽しみながら暮らしていたと物の本には書いてあります。

〈暮らし〉と〈仕事〉の一体化、職住一体の働き方は、最近の言葉でいうところの「ワークライフバランス」「リモートワーク」のはしりではないかと思ったりするんですよね。当時は毎年国として貿易黒字を出さなくてはいけないなんてこともなく、必要最低限、衣食住がまかなえればよかったわけですから。

【水野】江戸時代に戻ることはできなくても、ちょっと昔を振り返り、自分たちの生活を見直す価値は十分にあるのではないでしょうか。バリバリ働くのが好きな人もいれば、もっと余裕を持って生活を充実させたい人もいます。いずれにせよ、誰であれ「健康で文化的な最低限度の生活」をできる社会を実現させなくてはいけません。

おそらく、もう十数年経ったら、ニューヨークと東京を行ったり来たりしてバリバリ働いている人は、明治維新になってもちょんまげに刀を差して街を闊歩(かっぽ)していた人と同じだと見なされるでしょうね。

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水野 和夫(みずの・かずお)
法政大学法学部教授(現代日本経済論)/博士(経済学)
1953年、愛知県生まれ。埼玉大学大学院経済学科研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著書に『資本主義の終焉と歴史の危機』、『終わりなき危機』など。近著に『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』がある。

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古川 元久(ふるかわ・もとひさ)
衆議院議員
1965年、愛知県生まれ。88年、東京大学法学部卒業後、大蔵省(現・財務省)入省。米国コロンビア大学大学院留学。94年、大蔵省退官。96年、衆議院議員選挙初当選。以降8期連続当選(愛知二区)。内閣官房副長官、国家戦略担当大臣、経済財政政策担当大臣、科学技術政策担当大臣などを歴任。著書に『はじめの一歩』、『財政破綻に備える』など多数。

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(法政大学法学部教授(現代日本経済論)/博士(経済学) 水野 和夫、衆議院議員 古川 元久)

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