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「世界で飲み放題が禁止されても、日本では生き残る」経営コンサルタントが予想するワケ

プレジデントオンライン / 2021年9月13日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

キリンシティは今年3月、全国の店舗で「飲み放題」をやめると発表した。背景には「適正飲酒」を求める世界的な動きがある。だが、経営コンサルタントの鈴木貴博さんは「少なくとも2020年代の間は、飲み放題はビジネスモデルとして生き残る」という――。

■「外でお酒が飲めなくなった」ふたつの日付

少し明るいニュースが入ってきました。10月以降、緊急事態宣言が発令されている地域でも飲食店でのお酒の提供が再開されるかもしれないという話です。「ワクチン接種が進めば」という条件つきですが、またお店でお酒が飲めるようになるのは嬉しいことです。

ちなみに、いつからおおっぴらにお酒が飲めなくなったのか、みなさん覚えていらっしゃいますか? ふたつの日付で説明しましょう。

ひとつは2020年12月15日です。11月までは経済をまわす意味で飲食や旅行は奨励されていたのですが、11月下旬から第3波が立ち上がり状況が急変します。Go To イートとGo To トラベルが相次いで停止し始めたのがこのタイミングです。

菅首相は12月14日、Go To トラベルを12月28日から2021年1月11日にかけて全国一斉に停止することを表明しました。その夜に政府の「会食は4人まで」というガイドラインを破って銀座で8人のステーキ会食をしていたことが翌日の15日に発覚。大問題になりました。政府は「5人以上と一律に決めるものではない」と強弁したものの、12月15日を境に大人数での会食は公的にはNGな雰囲気になり、忘年会のキャンセルが相次ぎました。

もうひとつが2021年4月25日からの3度目の緊急事態宣言です。このときから東京都では飲食店での酒類提供が禁止になりました。政府は公式には認めませんが、背景には「なんとしてもオリンピックを開催しなければならない」というプレッシャーがあったことは間違いないでしょう。

■「キリンシティ」の飲み放題がなくなっている

さて、ここからが本題です。こうして今年の秋、ほぼ1年ぶりに友人たちと会食できるようになったとしましょう。そこでキリンが運営するビアレストラン「キリンシティ」に出掛けた方は、ある変化に気づくことになると思います。

飲み放題がなくなっているのです。

実は今年3月、キリンシティは全国の店舗で飲み放題をやめると発表しました。これは親会社であるキリンHDの経営方針に沿ったものです。それには3つの理由が発表されています。「多量飲酒の防止」、つまりアルコール健康被害を抑えるのがまずひとつ。次に「お客様に安心してご飲食いただける環境づくりの強化」、泥酔して大きな声で会話をする酔客が特にコロナ禍では問題だったことから、これもよくわかります。

■「飲み干すのがマナー」はビール文化の邪道

そして3つめが「スロードリンクの推進」です。キリンによれば「食事のおいしさによろこび、ほどよく飲んで、スマートに心地よく過ごす」「これからの時代のお酒の楽しみ方」ということですが、これは日本のアルコール文化を変えていこうという話です。

キリンは日本のビール文化を作るのに力を入れてきた会社でもありました。私が社会人になった当時、麻布十番の近く、今でいう六本木ヒルズの蔦屋書店があるあたりにキリンが経営する「ハートランド」というバーがあり、そこでひとしきりキリンの社員の方からビール文化を教えていただいたことがあります。

要するに、昭和の時代にあったような「新入社員にまずビールを注文させて、飲めなくてもグラスにつがれたらビールを飲み干すのがマナーだ」といった企業文化はビール文化としては邪道であって、イングランドのパブのような粋な飲み方をする社会に変えていきたいのだというようなお話でした。

ボトルからそそぐビール
写真=iStock.com/Hyrma
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hyrma

キリンが昔からそういう社会を目指していたとはいえ、飲み放題は財布にやさしい庶民の味方です。この飲み放題をなくすことにキリンはどれくらい本気で力を入れていくのでしょうか。キリンHDが経営方針に適正飲酒の啓発を盛り込み始めたのは2017年からです。

■WHOが示した「アルコールの有害な使用の低減のための世界戦略」

ではなぜそうなったのか。実はこの流れの裏にはもっと大きなラスボス(?)がいます。それがWHOなのです。WHOは2010年に「アルコールの有害な使用の低減のための世界戦略」を採択しました。そこで加盟各国に対して具体的な10の領域における世界的な行動プランを示しています。

そのすべてを各国がのんでいるわけではありませんが、それでもアルコールをとりまく社会は少しずつ変わっています。日本においてこの影響を受けた政策を挙げると、まず飲酒にからむ交通事故の撲滅があります。日本の場合、飲酒運転が引き起こす事故はかなり減少してきました。一方でWHOによれば酩酊した歩行者が引き起こす交通事故もかなりの数に上り、飲酒運転の撲滅だけが問題ではないことが示されています。

次にアルコール入手の厳格化です。これもコンビニでビールを買う際の年齢確認のような形で社会に根付きはじめています。WHOの提言では、他にも青少年を害さないようなテレビCMへの配慮や、お酒の価格を上げることで使用量を抑えるような政策も示されています。

CMと価格の問題は日本ではたばこ業界で先行した施策ですが、アルコール業界の場合はまだ問題が残っています。たとえば日本市場ではストロング問題があります。アルコール度数が高いストロング系のチューハイのCMを繰り返し流すことで、飲みすぎる消費者を増やしています。価格についても、酒税の見直しはむしろビール価格を下げる方向に進んでいます。WHOの勧告といっても、国や業界全体ですべての案をのむという話にはなっていないわけです。

■2020年代を通して、飲み放題は生き残る

このWHOの勧告の中にハッピーアワーなどの原価割れ販売や、今回のテーマでもある飲み放題についての禁止ないしは制限も盛り込まれていて、そこは日本ではまだ未着手の課題とされていたわけです。そこにキリンがもう一歩踏み込んで、自社運営の32レストランで「飲み放題をやめよう」と動いたのが今年3月のニュースだったと考えていいと思います。

さて「飲み放題の禁止」が世界的な動きだというのは事実なのですが、日本でこれから先、飲み放題はなくなるのでしょうか?

たばこがどんどん街中で吸いづらくなってきた前例もあるので楽観視はできないのですが、それでも私はお酒の飲み放題は、少なくとも2020年代を通じてみればビジネスモデルとして生き残ると予測しています。理由は飲み会の幹事のニーズが高いからです。

喫煙エリアのサイン
写真=iStock.com/Christopher Tamcke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Christopher Tamcke

■「飲み放題」がない頃の幹事はとても大変だった

昔、飲み放題がそれほどポピュラーではなかった時代、飲み会の幹事は結構大変でした。私の20代がまさにそういう時代だったのですが、当時は会社の中で大人数の飲み会が定期的にあって、若手社員が交代で幹事を引き受けなければならない。それで苦労して飲み会を設定するのですが、当日になると必ず幹事の目を盗んで高いお酒を注文する中堅社員が出てくるのです。

20人以上の宴会だと特に大変で、遠くのテーブルに見慣れない高そうなボトルが置かれているのを見つけてはそちらのテーブルに移動して注意します。すると先輩が「俺が払うから大丈夫、大丈夫」というので「本当に払ってくれますね?」と念を押すのですが、次の日に本当に払ってもらうのがまた一仕事になるわけです。

今は飲み放題のおかげで状況が変わりました。宴会のときには「飲み放題つき5000円プラン」が非常に役立ちます。なにしろ会費が最初から確定しますし、税法上もひとり5000円以下なら、シチュエーションにもよりますが経費で落とすことも可能になります。

二次会の際にも飲み放題は大切で、終電間際に8人くらいの人数で場所を探す際に、たとえば閉店までの1時間を「飲み放題つきで税込2000円」みたいに料金提示してくれる居酒屋だと本当に助かります。それであれば席についた段階でひとり2000円徴収して、終電が近くなるたびにひとり減り、ふたり減りとなっても幹事は支払いに窮することはなくなります。

■日本の消費者習慣に合わせた施策を提案した

さて、キリンHDが象徴的に、傘下のビアレストラン32店舗だけで飲み放題をやめるというのは社会的なメッセージとしてはわかります。それでも、キリンビールを販売しているそれ以外の大多数の飲食店については飲み放題をやめるよりも飲み放題のやり方を見直したほうが効果は高いのではないでしょうか。

WHOの勧告をそのままのむのではなく、日本の消費者習慣にあった形で飲み放題制度を存続させるとしたら? 私がキリンの経営者だったら以下のような飲み放題改善策を模索したいと思います。

(1)プレミアム飲み放題のノンアルメニュー強化

多くの居酒屋で飲み放題には2つのメニューが用意されています。飲み放題1500円とプレミアム飲み放題2500円といった形です。このふたつのプランの一番大きな違いは、通常のケースだとビールが入っているかいないかです。

酒税が高いビールが入っているのがプレミアム飲み放題で、いわゆる第三のビールといわれる新ジャンルがビールの代わりに入っているのが飲み放題というのがよくあるケースです。そして人気が高いのは当然ですがプレミアム飲み放題の方です。

ただプレミアムを支払っている分、もうちょっと飲みたくなるのも事実。そこで提案なのですが、プレミアム飲み放題にもっと低アルコール飲料とノンアルコール飲料を充実してほしいのです。実は多くの居酒屋でノンアルコールビールは飲み放題メニューに入っていません。理由はメーカーが小瓶でしか販売していなくて原価が高いから。

5つのカクテルをそれぞれ持って乾杯
写真=iStock.com/zoranm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zoranm

でも健康被害を減らしたいのであればこの販売制度はゴールとは逆行しています。特にお付き合いで飲んでいる大多数の参加者にとっては、途中でウーロン茶に変更するよりももう少しリッチな選択肢は欲しいところです。それはメーカーだったら対策をつくれる消費者ニーズです。

たとえば業務用の大容量のノンアルコールビールの商品化もそうですし、低アルコールカクテルもラインナップに欲しいところ。キリングループのメルシャンが開発しているノンアルコールワインもぜひ飲み放題で飲んでみたいと思います。

■スマホの6GB上限プランと同じ仕組みはどうか

(2)6杯上限プランの導入

食べ放題と飲み放題の大きな違いは、食べ放題と違って飲み放題は「元をとるまで飲もう」という意欲が少ない点です。大半の参加者が飲む量は少なくて2杯、多くて6杯に収まります。

だったらスマホの6GB上限プランと同じで、飲み放題の代わりに6杯上限プランを普及させるのはキリンの目指す方向としてもいいかもしれません。

オーダーの際に、

「あと2杯で上限になりますよ」

と従業員が声をかけてくれれば、飲むペースにもちょっと気を配るように消費者行動が変わるかもしれませんよね。

■一人何杯飲んだかわかる「ビアジョッキ」の導入

(3)ビアジョッキのIoT化

とはいえ20人ぐらいの宴会だったら、

「どうせ飲まないやつがいるから平気だよ」

といってひとりで10杯以上、ビールを飲み干す酒豪がどうしても出てくるでしょう。キリンが健康的な未来を目指すのであれば、こんな解決策もあると思います。

それがIoT化したビアジョッキの導入です。5Gのサービス開始で日本でもいよいよIoTが本格化するときがきました。ビアジョッキに小さなチップを入れ込んでGPSで場所を確認すれば、誰がどのジョッキを飲んだのか場所が特定できるようになります。これがおそらく2020年代の中盤にはコスト的にも可能になるはずです。

空になったビールジョッキ
写真=iStock.com/SubstanceP
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SubstanceP

その時代には上限プランの団体でもひとりひとりの単位で何杯飲んだのかがわかるようになります。めざすところは健康被害の低減ですから従業員は自信をもって、

「お客様は本日の上限に達しました」

と宣言すればよいでしょう。

■飲み会がなければ人生はつまらない

さて、このように未来の方向性も書いてみましたが、私個人の考えとしては、やはりお酒を伴う会食の復活こそが人生を楽しく豊かにする機会だと思っています。コロナとアルコールの健康被害、どちらの観点も重要ですが、精神衛生の観点だってそれと同じかそれ以上に重要ですよね。「No飲み会、Noライフ!」、つまり飲み会がなければ人生はつまらないのです。

たぶんもうすぐ実現するであろうアフターコロナには、支払いを気にせずに心置きなく友人たちと飲み食いできる、そんな飲み放題のある未来に戻ってほしいと私は願っています。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。

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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)

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