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デキる人にはすぐわかる…絶好の釣り日和、海辺のセブン-イレブンで大量に並べられる"おにぎりの種類"

プレジデントオンライン / 2022年9月16日 9時15分

鈴木敏文氏 - 撮影=市来朋久

「特に買うつもりはなかったのに、お店に行ったらついつい買ってしまう」そんな購買体験を戦略的につくり続けてきたのがセブン‐イレブンだ。セブン&アイ・ホールディングス名誉会長・鈴木敏文氏は「翌日の気象情報からお客様の心理を読み、行動を予測する。そしてお客様がどんな体験を求めるか予想して、仮説を立てることで着想を得る」という――。

※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)の一部を抜粋したものです。

■大事なのはコスパよりも「納得感」

もちろん、価格の安さも一つの価値です。商品のもつ物質的・物理的な価値の一つでしょう。もし、同じ商品だったら、消費者は価格の低いほうを選ぶでしょう。

ただ、はっきりいえるのは、安さだけで買うわけではないということです。

リーマン・ショック前後から、消費者の間で特に強まってきたのが「価格と価値の両にらみ」の傾向です。

価格の安さだけに目を向けるのではなく、価格と価値のバランスを重視する。それは、商品の価格そのものに対する信頼度が薄れていることも背景にあるように思います。

景気が低迷すると、どこも安売りや値引き、価格の引き下げを同じように打ち出します。値引きがあらゆるところで行われているため、消費者も値引きに対する感覚がマヒし、売り手のいう「2割引き」は本当に2割引きなのか、そもそも原価はいくらなのか、どこか信頼できずにいる。

だからこそ、いまの日本では価格の安さだけでなく、この価値が得られるなら、この価格は適正だろうとお客様に納得してもらえる「フェアプライス」が重要になっているのです。

■「使い切れない」罪悪感

注目すべきは、価格と価値の両にらみ、あるいは、フェアプライスのときの、価値の感じ方です。たとえば、1本200円の大根と半分にカットした120円の大根を並べると、以前は1本丸々のほうがよく売れました。最近は割高な半分のほうを買っていくお客様が増えています。

少子高齢化を背景に1世帯あたりの人数が減って、大根を1本丸々買っても全部使い切れないことがある。食べ物なので、使い切れず、古くなって処分することに、もったいなさや罪悪感を覚えてしまう。

それが半分なら全部使い切れます。1本200円のほうがグラム単価は安く、価格面の経済学的な効用は大きくても、半分で120円のほうに「使い切れる」というコトに満足感を感じ、価値を見出してフェアプライスであると考えるようになってきたのです(図表1)。

【図表1】価格と価値の両にらみ
出所=プレジデント社刊『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』

■タダでもいらないものは「本当にいらない」

人がお金を支出するのは、それに見合う満足感を得るためです。つまり、お金で満足感を買う。そのとき、商品が媒介することもあれば、サービスが媒介する場合もあります。その満足する価値のあり方がここにきて変わってきた。

景気がいいときは、誰かが買ったから自分も買おうという「無意識の競争意識」が消費を喚起する部分がありました。人が買ったモノを自分も買う。それがモノ余りで消費が飽和した時代になり、競争意識が薄らいできて、「無駄な競争」に変わってきた。

買い手が価値を感じない商品は半額の50%オフでも売れない。端的な話、消費者は「タダでもいらない商品」は本当にタダでもいらないのです。

自分はどんなコトに価値や満足を感じるのか。買いたいものについて何を重視するか。買い手の買い方の知恵が磨かれてきたのです。

■「仮説・検証」が納得感を生み出す理由

コトの価値、すなわち、顧客体験価値を重視することは、収益に結びつきます。

鈴木敏文氏
鈴木敏文氏(撮影=市来朋久)

同じコンビニエンスストアでありながら、なぜ、セブン‐イレブンは他チェーンに対し、日販でこれほど差を広げることができるのか。要因はさまざまありますが、一つには、セブン‐イレブンがお客様に、商品やサービスの購入をとおして、モノとしての商品の質の高さとともに、ご満足いただけるような、コトとしての体験価値を提供しているからではないかと思われます。

というのも、セブン‐イレブンの各店舗では、「仮説・検証」による単品管理を徹底して実行しているからです。

単品管理について、説明しましょう。

セブン‐イレブンでは、毎日、午前中に翌日のための発注を行います。ただ、明日のお客様のニーズは目に見えません。そこで、明日の売れ筋商品について仮説を立てます。

まず、明日の気象条件、行事・イベントなどの「先行情報」をもとに、お客様の心理を読みます。その心理をもとに、単品ごとに明日の売れ筋商品の仮説を立て、発注し、販売の結果をPOS(販売時点情報管理)データで検証し、次の仮説に活かします。

このサイクルを日々繰り返すのが単品管理です。

■海辺にいたら、つい選んでしまう「おにぎりの中身」

どんな風に仮説を立てるのか。わたしがたびたび例としてあげるのが、「海辺のコンビニと梅おにぎり」の例です。

海辺の町で、釣り船の発着場に近い道路沿いにセブン‐イレブンの店舗があったとします。いまは釣りシーズン真っ盛りです。明日は週末で、天気予報では晴天で絶好の釣り日和のようです。早朝から釣り客が昼食を買いに立ち寄ると予想されます。

昼には、かなり気温が上がりそうです。釣り客の心理からすると、時間が経っても傷みにくいイメージのある食べ物を求めるはずです。「それなら梅のおにぎりが売れるのではないか」。そう仮説を立てて、普段より多めに仕入れておきます。

釣り客も、昼食を買うつもりで店に寄りますが、何を買うかまではあまり決めていません。陳列棚に大量に並んでいる梅おにぎりと、釣りのお弁当に梅おにぎりをすすめるPOP広告を見て、自分でもあまり意識しなかった潜在的ニーズに気づき、次々と買っていく。

そして、昼になり、梅おにぎりというモノ(商品)の味に満足するとともに、気温が高い炎天下でも安心しておにぎりを食べられるというコト(体験)に価値を感じ、満足する。

そして、「あのコンビニは釣り客のことがわかっている店だ」と評価し、これからも繰り返し利用しようと思う。ここに顧客ロイヤルティ(続けて利用しようと思う度合い)が生まれます。

この海辺のコンビニでは、お客様に満足していただけるだけの顧客体験を提供したことで、収益に結びつく。

このように、セブン‐イレブンの商品発注の場合、お客様の心理を読んで、行動を予測し、どんな体験(コト)を望むかを予想して、明日の売れ筋商品の仮説を立て、商品(モノ)を発注し、結果を検証するという「仮説・検証」を日々、実行しているのです。

■「真冬の冷やし中華」がおいしい理由

お客様が体験(コト)により得られる価値に目を向けるとき、重要なのはお客様の心理です。「海辺の店の梅おにぎり」の例を見ても、お客様は梅おにぎりの味に満足するとともに、安心という心理的な価値を得られることに満足しています。

仮説を立てるときには、お客様の心理を読まなければなりません。わたしは、「現代の消費社会は経済学ではなく、心理学で考えなければならない」と一貫して唱え、お客様の心理を重視する心理学経営に徹してきました。

たとえば、セブン‐イレブンでは、真冬でも気温が上がり、少し汗ばむような日には冷やし中華を販売することがあります。冷やし中華のモノとしての物質的・物理的な価値は「麺の冷たさ」「冷たいスープのさわやかな味」などにあります。そこだけ見れば、「夏の食べ物」ということになるでしょう。

冷やし中華
写真=iStock.com/flyingv43
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/flyingv43

しかし、真冬でも少し汗ばむような陽気の日には冷たい麺がおいしく感じる。お客様は「冬に冷やし中華を食べる」という体験(コト)に心理的な価値を感じ取り、満足する。

この「真冬の冷やし中華」も、前日に翌日の気象情報から、お客様の心理を読み、お客様の行動を予測し、どんな体験を求めるか予想して、仮説を立てることで着想されるわけです。

■「冬は寒い」という思い込み

大切なのは、人の消費行動は常に心理や感情と結びついて動くということです。

モノ的な発想で考えれば、冷やし中華は夏の食べ物です。初夏になって、中華料理店の店頭に張り出される「冷やし中華、始めました」の貼り紙は夏の風物詩です。

しかし、買い手の皮膚感覚では、冬でも気温が上がると「暖かい」と感じ、「冬に冷やし中華を食べる」という体験(コト)を楽しもうとする。そこには、人とは違ったものを食べようという自己差別化の心理も働いているかもしれません。

消費が飽和するほど、心理が消費を左右し、消費がイベント性をもつようになる。「コトを楽しむ心理の世界」にいる買い手に、売り手は「モノ売りの理屈の世界」で接してはいけません。

真冬の冷やし中華の例で考えるべきは、市場は常に人間の心理や感情と結びついた皮膚感覚で動くということです。

店の中にいる売り手はとかく過去の経験や既存の概念に縛られ、“冷やし中華=夏の食べ物”と考えがちですが、店の外にいる買い手は、それこそ真冬でも、気温が上がると暖かいと感じ、冷やし中華が並んでいれば、ふと手を伸ばすのです。

■重視する「質」の正体とは

背景にあるのは、モノ余りの時代になり、消費が飽和してきたことでしょう。

モノが不足していた時代、つまり、お客様の側にあれがほしい、これが買いたいと旺盛な購買意欲があった時代には、経済も右肩上がりで、売り手側が自分たちの都合でモノを提供すれば、お客様に買ってもらえたし、売れないときも値段を下げて安くすれば売れました。いわゆる、「売り手市場の時代」です。

買い手もモノの量を求め、売り手もモノの量を提供すればよかった。まさに、モノを「量」でとらえる考え方が通用した時代でした。

しかし、いまは完全に「買い手市場の時代」です。「モノ余りだからモノが売れない」「タンスの中がいっぱいだからみんな買おうとしない」と学者や評論家はいいますが、これはモノを量でとらえる時代の経験を引きずった発想です。

生活環境が非常に豊かになった結果、いまのお客様は商品やサービスの「質」に価値を認めなければ買わなくなった。この質は、まず、機能や性能など、物理的・物質的価値が優れていなければなりません。これは必要条件です。

しかし、より大切なのは、買い手がその商品やサービスを購入し、使用することによって、共感、喜び、ワクワク感、安心感、信頼感といった心理的・感情的な価値が得られることです。

つまり、質の高い商品やサービスをとおして、質の高い体験を提供できることが求められるようになってきたのです。

■「お腹いっぱい」の人は何を食べるか

わたしはよくこんなたとえ話をします。テーブルにいろいろな料理が並んでいる。お腹が空いているときは、量が優先で、全部食べられるから、あまり好きでないものから食べて最後に好物を取っておこうと考えることもできます。

これに対し、お腹がいっぱいのときは、まず、テーブルに並んでいる料理の質に目を向けるでしょう。そして、見た目にも、一定以上の品質が確認できたうえで、好きなもの、そして、目新しいものだけを選んで食べようとする。

いまの社会はモノ余りで、消費者はお腹がいっぱいの状態にあります。一定以上の品質を実現したうえで、好きなものを食べる喜び、目新しいものにトライするワクワク感といった、お客様にとって意味のある体験、価値ある体験を提供できるものしか売れない。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)
鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

たとえば、なぜ紳士用のワイシャツは商売が成り立つのでしょうか。ビジネスマンなら、それなりの枚数をもっています。「タンスの中がいっぱいだからみんな買おうとしない」と、モノを量でとらえる考え方にしたがえば、ワイシャツの商売など成り立つはずはありません。

しかし、ビジネスマンも新しい年がきて、新しいファッションのワイシャツが出ると買おうとします。それはなぜなのでしょう。

服装に関して、人と同じでありたい、仲間入りをして外れたくないと思う同調心理と、もう一つ、「自己差別化したい」と思う自身の精神衛生の心理があります。新しいファッションのワイシャツを着用することにより、自己差別化という心理的・感情的な価値が得られると思えば、買うのです。モノ余りで消費が飽和していても、消費者は買うべき価値を感じれば、買う。安くても、買うべき価値を感じなければ、買わない。買い手市場の社会だからこそ、売り手の「売る力」が問われるようになっているのです。

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鈴木 敏文(すずき・としふみ)
セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。

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勝見 明(かつみ・あきら)
ジャーナリスト
1952年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退後、フリージャーナリストとして、経済・経営分野を中心に執筆を続ける。著書に『鈴木敏文の統計心理学』『選ばれる営業、捨てられる営業』ほか多数。最新刊に『全員経営』(野中郁次郎氏との共著)。(写真提供=日刊ゲンダイ)

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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文、ジャーナリスト 勝見 明)

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