「お前の今の仕事はワシらでもできるけど…」渡辺直美にNY移住を決意させた千鳥・大悟の何気ない一言
プレジデントオンライン / 2022年11月15日 9時15分
※本稿は、高橋克明『NYに挑んだ1000人が教えてくれた8つの成功法則』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■カメラが回っていなくても多くの人を魅了する渡辺直美
2021年の夏、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催された少し後に、ニューヨークに拠点を移したお笑い芸人の渡辺直美さんにインタビューをした。移住して5カ月が経った頃だ。
「アタシ、自分がすごいチャレンジ好きなんだって、気づいちゃったんですよ!」
冒頭、突き抜けるような笑顔で話してくれた。
彼女との取材はこれで3度目。過去1000人にインタビューしてきた中で、「いちばん楽しかった」ランキング、「いちばん笑った」ランキング、「いちばん終わりたくなかった」ランキングの首位を彼女は毎回更新してくれる。予定時間も毎回オーバーしてしまう。
この日は弊社で運営するユーチューブでの撮影も兼ねていたが、カメラが回っていない時もうちのスタッフひとりひとりに話しかけ、気遣ってくれ、同席していたカメラマンも取材後には彼女のファンになっていた。そう、彼女に会うたび、みんなが彼女にメロメロになる。直美さんの作り出す空気とジェスチャー(と顔芸)付きの言葉は、どんな人も笑顔にする。
■誰でも受けられるダンスレッスンに行っても意味がない
最初のインタビューは、その7年前の2014年。彼女が3カ月の期間限定留学を終え、帰国直前の時だった。
この街のエンターテインメントを勉強しに来たにもかかわらず、ミュージカル鑑賞は1度もしていないと言う。クイーンズのドラァグクイーンショーや、ブロンクスのストリップショーなど、現地のニューヨーカー御用達のステージばかりに行っていたらしい。
たしかに今や、パックツアーにさえ組み込まれている観光客だらけのブロードウェイより、ローカルなアングラショーの方が貴重で刺激的なのかもしれない。
「そうなんですよ。有名ダンスクラスにも1回行ってみたんですけど、でも、ここ、お金払えば誰でも受けられるレッスンなんだよなぁって思っちゃって。
40人の生徒がすべて同じ振り付けを学ぶ様子を見て、日本の教室に行くのと変わらないんじゃないかなって。誰でも経験できることをアタシは経験しなくていいなって思ったんです。だったら、たとえばビヨンセのバックダンサーをやっていた人が、2日間だけ個人レッスン開きますよって聞いたら、そっちに行かせてください、みたいな」
■「自分にしかできない経験をするしかない」
レギュラーだった『笑っていいとも!』の終了に合わせての留学だったとはいえ、当時、彼女は他にも7本以上のレギュラー番組を抱えていた超売れっ子。芸能界は熾烈な椅子取りゲーム。3カ月とはいえ、絶頂期にテレビから姿を消すことに躊躇はなかったのだろうか。
「このまま(キャリアを積ん)だとして、10年後、20年後、アタシは何をしてるんだろうって思っちゃったんですよ。芸人さんって、みんなそれぞれのキャラクターと面白さで勝負してるんだけど、それって“経験”からくるものだとアタシは思っていて。みなさんアタシより年上で、経験豊富で、そんな人たちと勝負するには、自分にしかできない経験をするしかないって思ったんです」
キャリアだけを計算すれば、このタイミングで空白を作ることは賢明ではないのかもしれない。でも彼女が選んだのは、日本で今主流の「コストパフォーマンスのよい生き方」より採算度外視の「自分の声」だった。
「結局……、やっぱり、行きたい、って思っちゃったんですよねぇ(笑)」
周囲が反対する中、理屈じゃない内なる声に従った。その結果、留学の経験が彼女の人生を大きく変えることに、当時の彼女はまだ気づいていなかった。
■「お笑い界に認めてもらうための王道を走ってないんです」
2度目のインタビューは、それから2年後。2016年、彼女のワールドツアーのニューヨーク公演の時だった。前回のインタビュー記事に直美さんがお世辞にも「大声をあげて笑った」とお礼を言ってくれたこともあり、事前取材のOKをもらえた媒体は弊社だけだった。ステージ直前の楽屋で話を聞く。
「もちろん、世界にアピールしたい! って気持ちもあるけれど、でも、それ以上に日本にアピールしたい気持ちの方が強いんです。今回の(ツアーの)経験で、もっとデカくなって日本に帰りたい」
この時点でもまだ、彼女の目的は「世界進出」というよりあくまで日本でのキャリアアップだった。ただ、日本の芸能界ではすでに確固たるポジションを築いていたはず。当時すでに彼女はスターだったのだから。
「いやぁ、まだまだ。(日本のお笑い界に)認めてもらうための“王道”を走ってないんですよ、アタシ。誰が決めたのか、芸人にとってこれが“王道だ”って言われる道があって、(そこを走っていないと)日本だと芸人じゃないって言われるんですよ。“これは芸人(のすること)じゃないよね”とか。“芸人のくせに”って言葉も、よく言われますね」
■「芸人のくせに」ではなく「芸人だからこそ」の道を探す
たしかに日本のお笑い界には既定路線のようなものが存在する。まずはバラエティ番組でMCからの「フリ」をうまく返す「ひな壇」を通過。後に冠番組を持って、深夜枠からゴールデン枠に「出世」していく。「芸人はかくあるべき」「お笑いはこうあるべき」、そういった声に翻弄され、自問自答した日々もあったという。
「でも、アタシは、なんで? って思っちゃうんですよ。漫才とコントとひな壇だけが芸人なのかなって。そこから広げてもっと幅広い場所で“芸人として”仕事ができるんじゃないかなって。今日(のステージ)も、ワールドツアー(自体)も、アタシとしては“芸人としてのひとつのパフォーマンス”なんです。
『え? 芸人のくせになんでワールドツアーなの?』って言う人もいるけど、逆に芸人には『こういう道もあるんだよ』って示したい。体を使ったこういうひとつのジャンルを作りたいなって気持ちはすごくありますね」
“芸人のくせに”じゃなくて“芸人だからこそ”、新しいお笑いもできるんじゃないか。取材のたびいつも笑わせてくれる彼女が、真剣な目で訴えるように話してくれた。
■「おまえが今してる仕事はワシらでもできるけど…」大悟の一言
直後のステージは超満員で、大爆笑の大盛況。歌って、踊り、しゃべるオンステージは「楽屋オチ」も「一発ギャグ」もない彼女だけの舞台。
アジア人コメディアンに涙を流して笑うニューヨーカーたちを、僕は初めて見た。
2021年、ついに彼女は移住者としてこの街にやってきた。そして3度目のインタビュー。移住を決定するきっかけは、同じ事務所の先輩である千鳥の大悟さんから何気なく言われた一言だった。
「おまえ、行かへんのかー」
前述した通り、ニューヨークで吸収したことを日本での活動に活かすことが目的だった彼女は、この時点で移住する予定はなかった。
「おまえが今してる仕事はワシらでもできるけど、海外(での活動)はワシらにはできへんからなぁ」
■コロナ禍でニューヨークが沈んでいるからこそチャンスだった
それを聞いた時に、頭をカミナリで打たれた感じだったと言う。
「そっか。(海外での活動は)子供の頃からの夢だったしなぁ」と彼女の心の声がまた囁やいてきた。
当時は、ニューヨークが「世界一のコロナ被害の街」と連日、報道されている時。周囲の人間のほとんどに引き止められた。
「もう少し落ち着いてからにしたら?」
「今、行ったところで得るモノはないんじゃない?」
「(コロナ禍で)ニューヨークってもう死んでいるらしいよ」etc……。
「だからこそ、チャンスだと思ったんです」。彼女はまっすぐにこっちを見て言った。そんな状態のニューヨークを見ることは、おそらくこの先ない。
「ニューヨークが死んでいるなら、一緒に生き返ろうって」そしてニューヨークへ行くことを決意した。留学でもなく、ツアーでもなく、移住して活動することを。彼女はコロナ禍という時代すら無視して、自分の心の声に従ったのだった。
■本当にやりたいことをやるために環境を言い訳にしない
2020年8月、レディー・ガガとアリアナ・グランデのコラボ曲『Rain On Me』のMV(ミュージックビデオ)発表の直後に「パロディをやりたい!」と思った時も同様。周囲の「コロナ真っ最中なんだから」「収束するまでおとなしくしてよう」という反対も、彼女の「やりたい!」という心の声には勝てなかった。
「いざやってみたら、コロナで時間を持て余した一流スタッフたちが、どんどん集まってきて。結果、通常だったら、お願いもできないような豪華メンバーになっちゃって(笑)」
本当にやりたいことに挑む際、周囲を取り巻く環境なんかにいちいち構っていられない。夢を諦めることに世界情勢だの、景気だの、タイミングだのは言い訳でしかない。嬉しそうな彼女の笑顔を見てそう確信した。
「あのね、ウソに聞こえるかもしれないけれど、アタシ、子供の頃からの夢が全部叶ってるんですよ。お笑い芸人になること。よしもと(吉本興業)に入ること。『笑っていいとも!』のレギュラーになること。コント番組のレギュラーをやること。ファッションブランドを作ること。そして、ニューヨークに来ること」
■他人のアドバイスではなく自分の心の声を信じる
思い描いたモノは叶う。彼女はたしかに話してくれた。人からのアドバイス通りに生きたから、叶ったわけではなかった。
彼女との3度のインタビューから感じたのは、いつだって彼女は誰でもなく、自分の心の声を聞いて、その声に従ったということ。その結果が、今の“渡辺直美”を作ったということ。
「ビフォー・コロナ、コロナ真っ最中、そして、アフター・コロナ。それぞれの時期のまったく違う“ニューヨーク”を体感できて、幸せでした」
すべて顔の違うこの街を見ることができたのも、周囲の反対を押し切った7年前の留学経験があってこそ。
「(ニューヨークは)ワクチンの普及以降、また、みんな『働けぇー!』『取り戻すぞー!』みたいな勢いですよね。この街の復活劇を目の当たりにして、またこの街からパワーをもらいました」
そう豪快に笑う彼女からこそ、僕はまたパワーをもらえたのだった。
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「ニューヨークビズ」代表
1973年生まれ。岡山県出身。在米邦人向けメディア「ニューヨークBIZ」のインタビュアーとして、アメリカ合衆国大統領、メジャーリーガー、ハリウッドスターなど多くの著名人にインタビュー。著書に『NYに挑んだ1000人が教えてくれた8つの成功法則』(KADOKAWA)、『武器は走りながら拾え!』(ブックマン社)。
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(「ニューヨークビズ」代表 高橋 克明)
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