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シャインマスカットと同じ構図に…中国が愛媛の「門外不出の高級カンキツ」を自国で堂々と生産できるワケ

プレジデントオンライン / 2023年1月9日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sripfoto

日本の高級フルーツの種苗が中国や韓国に流出する事例が相次いでいる。なぜこのようなことが起こるのか。農業ジャーナリストの窪田新之助さん、山口亮子さんの著書『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)より、愛媛県のカンキツの例を紹介しよう――。

■市場に流通していないはずのカンキツが中国に流出

「えっ……本当ですか」

電話の相手は、疑問とも感嘆ともとれる口調で声を絞り出してから、黙り込んだ。ひりひりした空気が流れる。どうやら寝耳に水の情報を伝えてしまったようだ。

問い合わせた相手は、愛媛県の農業担当者。内容は、同県から無断で中国に流出しているのではないかと疑いを持った「愛媛38号」についてである。

このカンキツを事前に中国の検索エンジンで調べると、苗の販売や栽培に関する情報がいくらでも見つかったのだ。一連のサイトに載っている情報が確かに「愛媛38号」についてであるなら、育成者である愛媛県のあずかり知らぬところで、その産地が形成されているのではないか。やがて農業担当者から返ってきたのは、意外な答えだった。

「愛媛38号は、市場にはデビューしていません。県の研究所内にしかないはずなんですよ」

ふつう、都道府県は種苗を育成したら、その都道府県名を冠した「系統名」を付ける。愛媛県なら「愛媛○号」、あるいは「愛媛果試○号」という感じだ。

その系統が収量や品質で優れていると判断して、市場に送り出す場合には、農水省の品種登録制度に基づいて「品種登録」をするのが一般的である。たとえば「愛媛34号」という系統は「甘平(かんぺい)」として品種登録されている。

■品種登録に至る系統は1万に1つ

品種登録をするのは、種苗法に則って育成者の権利が保護されるからだ。保護されるとは、種苗や収穫物、一部の加工品を商業目的において独占的に利用できるという意味である。

系統のうち品種登録に至るのはごくわずかだ。愛媛県によれば、カンキツでは1万に一つ、二つとのこと。それ以外の系統は日の目を見ないまま、遺伝資源として保存されることになる。ただ、そうして眠っているなかにも、消費者の嗜好(しこう)や気候の変化を受けて、時間をおいてから突如として世に引っ張り出される系統もある。

ある系統を品種登録する場合、研究所から持ち出して農家に栽培させ、狙った通りの性質が保たれているか試すことになる。品種が登録され、市場に受け入れられれば、地域の内外に広がっていく。

■日本で商業栽培すらされていない「愛媛38号」がなぜ中国に渡ったのか

「愛媛38号」、正式名称「愛媛果試第38号」はというと、品種登録はされておらず、残念ながら2022年9月時点では日本では商業的に栽培されていない。ただ、皮肉なことに無断で流出した先の中国では商業栽培され、さらに愛称「果凍橙(ゼリーオレンジ)」や略称「愛媛橙(愛媛オレンジ)」などいくつかの名前で呼ばれるほど親しまれている。県の研究所内だけで細々と栽培が続いているはずのカンキツが違法性の疑われる形で流出している可能性があることに衝撃を受けた。

厄介なことに、中国で「愛媛38号」が普及しているのは四川省だけに収まらない。中国版「ウィキペディア」である「百度(バイドゥ)百科」によれば、湖北省、湖南省、浙江省、福建省でも産地化されている。つまり、上海のすぐ隣の沿海部からチベット自治区に近い内陸部まで、東西およそ2000キロ、南北数百キロにわたって産地が点在する。直線距離だけでいえば、北海道の最北端から九州の最南端までが約1900キロだから、それよりも長い。もちろん、一つの品種や系統がこれだけの範囲で広がっている事例は日本ではない。

「愛媛38号」は、中国ではしばしば“フルーツのトップスター”として持ち上げられてきた。そもそも中国全土のカンキツ生産量は5000万トンを超えており、世界で1位である。1980年には100万トン程度だったのが、経済発展とともにすさまじい勢いで生産を伸ばし、リンゴを抜いてフルーツの中で1位になった。そんな「柑橘帝国」中国のネット通販で頭角を現したのが「愛媛38号」なのだ。

■1998年に「研究団」と称して30以上の品種を持ち帰る

中国・四川省発のニュース記事によると、このカンキツを丹棱県にもたらしたのは、現地で活躍する果物の専門家である譚後根氏だという。譚氏は、同県の農業局副局長を務め、県政府によって「丹棱カンキツの父」とたたえられている。人気のあるカンキツ「不知火(しらぬひ)」の普及でも知られる。これは、日本では「デコポン」として名が通っている。

農水省所管の研究機関である「国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)」が開発し、「熊本県果実農業協同組合連合会(JA熊本果実連)」がその商標の登録を済ませ、人気に火が付いた品種だ。

譚氏は、1998年に研究団を引き連れて日本から30以上の“新品種”を持ち帰り、適性を試した。そのなかに含まれていた「愛媛38号」では現地で接ぎ木をして、果実を実らせることに成功した。

その特徴は、皮が薄く、果汁が多いこと。ただ、知名度がなく安値のわりに、生産費がかかるとして、現地の農家には歓迎されなかった。果汁の滴る瑞々しさというこのカンキツの付加価値が理解されるには、中国人の経済力がもう少し上がるのを待たねばならなかった。

「愛媛38号」は後年になって、「果凍橙」なる愛称が付けられたことで、ネット上で注目を集めるようになる。「果凍」はゼリーの意味で、それだけ瑞々しいことを表す。果実を半分に切って握り潰し、果汁を勢いよく飛び散らせる。あるいは、果実に直接ストローを突き立て、そのまま果汁を吸えるとアピールする。こうした宣伝動画が話題を呼び、2020年時点の現地価格はかつての10倍の500グラム10元(当時の為替レートで155円)まで上がったという。

なお、譚氏は長年にわたるカンキツの生産振興の功績により、中国の最高行政機関である「国務院」から終生の生活手当を受けている。

■中国の「愛媛38号」が別物である可能性はほぼゼロ

「中国で別のカンキツに愛媛38号の名前を勝手につけて、流通している可能性もあるとは思います……」

先ほどの取材で、愛媛県の農業担当者は、そうであってほしいと祈るような口調でこう付け加えていた。同県にとって、育成したカンキツの種苗が中国に無断で流出することは、脅威である。すでに述べたように、安価な中国産の「愛媛38号」が輸出されて人気を博せば、同県産のカンキツの輸出機会を損ないかねない。だから、信じたくない気持ちは分からなくはない。

とはいえ、別物である可能性は限りなくゼロである。そう言い切る理由は二つある。

一つ目は、もし別物であれば、愛媛県のごく一部の関係者以外は誰も知らない「愛媛38号」と名付ける意味がないからである。ブランドとして価値がない系統名を付けて、普及することに積極的な理由は見出せない。

二つ目は、普及した譚氏が愛媛から持ち帰ったと認めているのだ。これは、なによりも確かな証拠である。

おそらく、愛媛県の農業担当者も、それは十分に承知なのだ。それでも認めたくない胸の内を推察するに、無断流出という本来あってはならない現実が起きていれば、責任問題に発展しかねないし、場合によっては身内の関与まで疑う事態になりかねないからではないか。行政職員のOBが海外の産地から営農指導のコンサルタントとして招かれ、ついでに自県の種苗を無断で持ち出したという噂は、ときどき流れてくる。

両手の上の苗木
写真=iStock.com/Christopher Ames
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Christopher Ames

■農産物の流出は死活問題

愛媛県にとって、農産物のなかでもカンキツは特別である。同県の農業産出額は1226億円(2020年)。このうちカンキツは367億円と全品目のなかで1位で、全体の30%を占める。ただし、このカンキツの産出額には「紅まどんな」や「甘平」のような比較的新しい品種が入っておらず、これらも含めると、その農業産出額はもっと高いはずだ。カンキツの生産量(21万トン)と産出額は和歌山県を抑えて、ともに日本一を誇る。

とくに強みを持つのが、温州みかんの収穫が終わった1~5月ごろに出回る「中晩柑(ちゅうばんかん)」だ。愛媛県を代表する中晩柑といえば「いよかん」。最近の品種でいえば「紅まどんな」や「甘平」がそうだ。

ここ30年間ほど(1990~2020年)の愛媛県の生産量を見ると、カンキツ全体は4割近く減る一方、「紅まどんな」や「甘平」を筆頭に中晩柑の生産量は急速に伸びている。生産されている中晩柑は40種類あり、ライバルである和歌山県の29種類、熊本県の24種類に比べて抜きんでて多い。そして、問題の「愛媛38号」も中晩柑の一つだ。

同県内の農家が高付加価値の中晩柑に生産を切り替えたことで、カンキツの産出額は横ばいである。ただし、国民1人当たりの消費量は減少基調にあるうえ、人口減少で国内市場の縮小が続くと予想されている。そこで、同県は香港や東南アジア、台湾などへの輸出を後押ししている。愛媛県産のカンキツの輸出量は、2010年度に15.7トンだったのが、2021年度には107.2トンと、約7倍に増えた。なお、この数量には県が把握しない分もあるので、実際の輸出量はさらに多いとみられる。

それだけに、愛媛県にとって自県が育成したカンキツが海外、とくに中国で産地を形成しては困る。なぜなら、中国でもカンキツは国内向けが飽和状態になりつつあり、ここ数年は毎年100万トン前後を海外に輸出しているからだ。その延長線として、日本へ逆輸入される可能性は否定できない。

■日本は知的財産の保護に無関心だった

これは杞憂(きゆう)ではない。過去には山形県が開発したサクランボ「紅秀峰(べにしゅうほう)」の事例がある。同県内の農家から枝を譲り受けたオーストラリア人が現地で大規模に栽培し、日本に逆輸入しようとしたことが2005年に発覚したのだ。同県がオーストラリア人を種苗法違反で刑事告訴し、品種登録期間の終了後3年は日本に果実を輸出しないことで和解している。

愛媛県が開発し中国に無断流出しているのは「愛媛38号」だけではない。「紅まどんな」「甘平」「媛小春(ひめこはる)」の種苗も、中韓の販売サイトで出回っている可能性がある。

理解に苦しむのは、なぜ「愛媛38号」の無断流出に愛媛県が気づかなかったのかということだ。中国で広範囲に産地が形成され、ネットに情報があふれているにもかかわらず、取材を受けるまで流出を把握していなかった。1998年とされる中国への持ち出しから20年以上知らないままだったというのは、自らの知的財産を保護することに関心がなかった現れである。それは、次のような話からも見て取れる。

■「中国人の視察団が帰ると枝が切り取られていた」

愛媛県はこれまで、育種や栽培技術の開発を担う「果樹研究センター」や「みかん研究所」において、中韓から数多くの視察団を受け入れてきた。ただ、種苗がこれだけ無断流出しているというのに、視察団の受け入れ体制は隙だらけだったようだ。

県によると、一団体当たりの視察者は10~20人であることが多い。一方で、対応する職員は通常1人に過ぎない。

職員は、県が開発したカンキツを植えている園地に案内する。園地は広く、枝葉が茂っているため、職員の目が行き届かないところがある。そんなときに盗みが起きる。

「愛媛県の職員の話では、中国人の視察団が帰った後、枝が切り取られているのに気づいたということでした」

剪定されたばかりのブドウの木
写真=iStock.com/Juan Pablo Jareno Alarcon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Juan Pablo Jareno Alarcon

こう証言するのは愛媛県のカンキツ農家。中韓の視察団が愛媛県内の農家を視察して、そこでも無断で枝を折って、持ち帰ったという話も聞いている。

持ち帰った枝を自分の産地で接ぎ木をすれば、簡単に増殖できる。この農家自身も「苗を人に譲り渡したいから売ってくれないかという連絡が来たことはある。連絡をしてきた人も、譲り渡す先が県外ということまでしか知らず、どこの誰なのか把握していなかった。もちろん、断った」と話す。

なお、愛媛県は知的財産の流出を防ぐ観点から、10年ほど前から原則として海外の農家や農業団体の視察を受け入れていない。

種苗の持ち出しを手がけるブローカーの存在も指摘されていて、その情報は農水省にも届いている。外国人と思われる人物が種苗の販売業者に連絡をして、たどたどしい日本語で、種苗について細かな問い合わせをしてくることがあるという。

■中国は国家的に種苗の流出に加担している

こうした流出には、往々にして海外の現地行政が関与しているから厄介だ。農水省系の学術研究団体である「公益社団法人 農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)」の調査報告は、韓国におけるそうした実態を伝えている。日本のカンキツの導入とブランド化が進んでいる済州島を2014年に調査した際、現地で育種を手がける公的機関が、「今までは品種保護の法律がなかったので、日本から持ってきて接ぎ木して増やした」と認めた(「平成25年度東アジア包括的育成者権侵害対策強化委託事業カンキツ調査報告」)。

中国で広まった「愛媛38号」でも、その普及に現地の行政がかかわっていた。百度百科は、丹棱県以外の産地にいかに普及したかも紹介している。2017年には「中国農業科学院」の「柑橘研究所」が福建省で導入し、目覚ましい成果を上げたという。

中国農業科学院というのは、国直属の農学分野の研究機関。つまり、産地化には国の意向が反映されていたことになる。本書では後に詳述するが、中国は国家的に、種苗の知的財産権の侵害を放置しているどころか、侵害に加担している事実が散見される。

■中国でのシャインマスカットの栽培面積は日本の約29倍

この問題が厄介なのは、日本の優良な種苗のうち無断で流出したのはカンキツだけではないからだ。農研機構が育成したブドウ「シャインマスカット」や、静岡県が育成したイチゴ「紅ほっぺ」の種苗が中韓で無断で販売されているなど、その例を挙げればきりがない。

社団法人や研究機関などで構成する「植物品種等海外流出防止対策コンソーシアム」は2020年9月、「中国、韓国のインターネットサイトで、日本で開発された品種と同名またはその品種の別名と思われる品種名称を用いた種苗が多数販売されている事例が明らかとなった」と発表した。イチゴ、サツマイモ、カンキツ、リンゴ、ブドウ、ナシ、カキ、モモなどで36品種が確認されたという。

ただ、現実には、無断流出は36品種などという数字には到底収まらない。そう言い切れるのは、日本のイチゴ農家から次のような話を聞いたからだ。中国・上海にある公的研究機関を訪ねた際、日本で育成された名の知られたイチゴの品種がほぼすべてそろっていたという。

【図表1】日本生まれの品種の栽培面積
出所=『誰が農業を殺すのか』

流出した品種の日中韓における生産量を比べたのが図表1だ。この表では、たとえば種なしで皮ごと食べられるブドウ「シャインマスカット」については、中国における栽培面積が日本の約29倍に達すると推計されている。

■シャインマスカットの損失額は推計で100億円以上

「シャインマスカット」といえば、「農研機構果樹研究所ブドウ・カキ研究拠点」が、高温多湿の条件でも果実が割れにくい品種と認めて育成したうちの一つ。大粒で香りの良いヨーロッパブドウと、病気に強いアメリカブドウをかけ合わせることで、両方の良さを兼ね備えているブドウとして、2006年に品種登録を済ませている。

その大産地は、いまや日本ではなく中国である。農水省は、中国への無断流出による損失額を推計。2022年7月、年間100億円以上に達していると発表した。品種の育成者である農研機構に本来支払われるべき許諾料(ロイヤリティ)を、出荷額の3%として計算すると、この額になるという。

窪田新之助、山口亮子『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)
窪田新之助、山口亮子『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)

韓国にも無断で流出し、中韓で栽培が広がり、タイや香港などに果実が輸出されている。したがって、農水省が試算していない、輸出機会の喪失に伴う損失額も相当あるとみるのが自然だ。

中韓から許諾料を取るにはもう遅い。農研機構が青果物の輸出を想定しておらず、海外での品種登録を怠っていたからだ。海外で品種登録できる期限は、自国内で譲渡を始めてから6年以内。「シャインマスカット」はこれをすでに過ぎているので、海外での栽培はいまや合法であり、農研機構は許諾料の支払いを求めようがない。中韓で産地化されていることは、農研機構とそれを所管する農水省の手落ちだ。

国や地方自治体が税金を投じて育種をしながら、無断流出によって図らずも海外の農業を振興し、日本農業の足を引っ張る。日本の農政はこれまで、そんな悪循環を生み続けてしまった。

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窪田 新之助(くぼた・しんのすけ)
農業ジャーナリスト
日本農業新聞記者を経て2012年よりフリー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『データ農業が日本を救う』『農協の闇』など。

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山口 亮子(やまぐち・りょうこ)
ジャーナリスト
京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。

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(農業ジャーナリスト 窪田 新之助、ジャーナリスト 山口 亮子)

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