野菜は農薬漬け、救急車は不足、空気は汚い…中国人富裕層が「日本で普通に暮らしたい」と次々に移住するワケ
プレジデントオンライン / 2023年5月31日 9時15分
■「老後のことを考えたら、日本がいちばん」
4月末のこと。以前、拙著『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)の取材で知り合った、都内の中国系不動産会社「Worth Land」代表の杉原尋海(ひろみ)氏を再訪した際、杉原氏が思いがけない話を切り出した。
それは「日本に住んで日本国籍を取得したあと、中国や第三国に行って長年住んでいたのに、年を取ったら『やはり、日本がいちばんいいね』といって日本を再評価し、日本に舞い戻ってくるケースを最近よく聞くんですよ」という話だった。
杉原氏は上海生まれの中国人だ。同氏によると、今春、コロナ禍以来、約3年ぶりに上海に戻ったが、その際、複数の顧客と会い、日本の不動産物件の成約手続きをしたという。そのうちの1人は70代の男性で、若い頃に日本に住み、日本国籍を取得。その後は別の国で暮らしたのち、上海に帰国していた。
しかし、「老後のことを考えたら、やはり日本がいちばん安定しているし、暮らしやすい」と考え、上海で所有していた物件を売り払い、その資金を元手に日本の物件を購入したというのだ。
■日本→中国や第三国を経て日本に腰を落ち着けたい
また、60代の別の男性も同様で、「老後は安定した日本で生活したい」といって、日本の不動産を購入したという。これまで、私も中国人の日本の不動産購入について取材を重ねてきたが、私の知る限り、その多くは30~40代の働き盛りで、中国国内の政治事情に対する不安や財産のリスクヘッジ、投資などのために、日本に不動産を買うという人が多かった。
だが、杉原氏が指摘するように、それ以外に、さまざまな国で生活した結果、日本を見直してやってくるケース(中国→日本→中国や第三国→最後は日本に腰を落ち着ける)もあるという話に、私は興味を持った。
日本では、年を取ると引っ越しが億劫になる人が比較的多いように感じるし、老後を海外で生活したいという人は多くないと思われるが、中国人は異なる。彼らの中には「自国を含めて、複数の国に実際に住んでみたからこそ、日本のよさを客観視でき、改めて『母国よりも、やはり日本がいい』と実感し、年を取ったら日本に住みたい人が多い」のだという。
「やはり日本がいい」というのは、まるで日本人が海外旅行から帰ってきたときにホッと安堵したときの感想のようだが、そこには、政治情勢や財産のリスクヘッジという点以外に、中国人ならではの理由もあるようだ。
■富裕層であっても救急車すら呼べない中国の事情
そのひとつが中国国内の厳しい生活環境だ。私の記事「金融資産が数億円程度では救急車すら呼べない…中国人が日本の医療体制に感動を覚えるワケ」でも紹介したが、中国の医療事情は日本に比べて、非常にお粗末だ。
高齢になれば、誰でも医療機関にかかる機会が増えるが、同記事で紹介したように、中国では、たとえ富裕層であっても、いい医療を享受できるとは限らず、きちんとした治療をしてもらえるのかという不安がつきまとう。
また、物価もうなぎ上りで上昇している。杉原氏自身、久しぶりに中国に滞在し、上海の物価の高さに驚いたという。
「ちょっと高い中華料理店にお昼に行き、2人で5品注文したら、計2000元(約3万8000円)でした。流行している日本スタイルの『おまかせ(OMAKASE)料理』などは1人2500元(約4万7500円)くらいします。上海の富裕層はこうした物価の高さに慣れていますが、日本から行った私は、改めて日本の食事のおいしさ、そして、あらゆる面でのコスパの高さを痛感しました」(杉原氏)
それは単に物価が安いというだけでない。日本は食や水の安全性なども含めて、トータルで見たコスパの高さが際立って高いという。杉原氏も指摘している通り、中国では食の安全性に不安を覚える人が少なくない。農薬問題だけでなく、家畜に与えるエサの安全性に疑問を持つ人も多い。
■農薬を洗い出すために「野菜専用の洗剤」を使う
大都市では、日本のように生産者を明記した野菜や果物、有機食品などだけを扱う高級スーパーなどもあり、富裕層なら、今はそれなりに「身体にいい食材」を選んで生活できるようになった。
だが、それでも流通経路がすべてわかっているわけではない。中国では、トマトやキュウリなどの野菜は量り売りが一般的だ。よってバラ売り換算すると日本よりかなり安いのだが、どんな肥料や農薬が使われているかわからないという潜在的な不安がある。
医療と同じく、そもそも、中国人は自国の食の安全性をあまり信用していない。水道水はもちろん飲めないし、野菜や果物は、調理する前に(農薬を抜くため)長時間、水につけておく、野菜専用の洗剤を使用するなど、農薬問題も気にしている。最近は生野菜サラダを食べる中国人が増えているが、生で食べられるのは、特別に栽培した野菜だけだ。
このような理由から、中国では富裕層が田畑や牧場を所有していることが珍しくない。といっても、自分自身で畑を耕したりするわけではなく、生産農家と契約して、自分や家族、親戚用に野菜や果物、コメ、鶏や牛、羊などを育ててもらっているのだ。
■「日本の一般人並み」の暮らしはとても贅沢なこと
彼らは自分の楽しみとして野菜を収穫することもあるが、ほとんどの作業は信頼できる農家に頼み、そこから直接、自宅に新鮮な食材を届けてもらっている。そうすれば、土壌づくりも含めて確認することができ、安全な食材を確実に入手できるからで、私の友人は、いつも富裕層の友人から特別栽培の食材をおすそわけしてもらっていてラッキーだ、と話していた。
だが、もちろん、そんなことができるのは一握りの富裕層だけであり、そこには多くの費用がかかる。野菜1本、果物1つの値段に換算したら、かなり高コストになるが、それでも、中国国内に住む以上、「安全をお金で買う」ことはやむを得ないと彼らは考えている。不動産もそうだが、「日本の一般人並み」の暮らしをしようと思ったら、すべてが「高コスト」なのだ。
しかし、日本に引っ越してくれば、もちろん、そうしたコストは一切かからない。彼らは日本の食を信用しているし、現に日本の食品は厳しい基準を経て市場に出回っており、安全性が高いからだ。
■欧米で暮らすのは「常に緊張感があり、リラックスできない」
こうした理由で、一度日本に住んだあと、中国に帰国して、改めて「やはり日本がいい」「日本の生活はよかった」と痛感したり、再認識したりするのだ。また、それは日中間の移住だけでなく、第三国で生活、比較することにより、よりいっそう、深く実感することでもあるという。
以前、東京都内の大手企業に勤務する知り合いの中国人が、転勤でアメリカ・ニューヨークに3年間住んだことがあった。帰国して東京に戻ったあと、久しぶりに会ったところ、「ニューヨークに住んでみて、世界で日本がいちばん住みやすい国だと強く実感した」と語っていた。
その知り合いは、駐在員だったので、生活環境は保証され、高級マンションで生活しているものと思っていたが、「治安の悪さは日本と比べるまでもなく、食べ物も高くてジャンキーなものが多い。外食では甘味料を使ったものも多く、健康的とはいえない。それに欧米人に挟まれて生活するのは、常に緊張感があり、リラックスできない」と話していた。
また、ニューヨークに住む以前、出張でヨーロッパに行く機会も何度もあり、旅行で東南アジアにも行ったことがあるが、それらの国々と比較してこうも話す。
■「日本はいい国」と実感するのは、中国人も同じ
「日本は食事がおいしいというだけでなく、すべての面において便利で快適、町が小さくてコンパクト。たとえ言葉がわからなくても、公共交通機関の標識が親切なので、どこにでも1人で行くことができるし、治安もいい。同じ東洋人なので、親近感もあるし、自分が外国人という感じがしない。地方に行っても、どこにでもコンビニやトイレがあり、生活しやすい」
昨年、コロナ禍で仕事に行き詰まりを感じ、10年近く住んだ東京を離れ、中国の地方都市に帰国した友人がいた。その人も今春、「日本に住んでいるときには、日本社会の穏やかさやおいしい空気を当たり前に手に入るものだと思っていたし、ありがたみも感じなかったが、今、中国に帰ってみて、貴重な経験だった、と感じる。またいつの日か、チャンスをつかんで日本に戻りたい」というメッセージを送ってきて、胸に迫るものがあった。
日本人にとって、日本での生活は当たり前で、とくに恵まれていると感じさせられる機会は少ないが、一度でも海外生活を送った経験のある人なら、日本はいい国だと感じさせられるのではないだろうか。彼らもそれと同じことを感じているようだ。年を取って、そういう気持ちがいっそう強くなることは、ある意味で当然だ。
とくに健康面で不安を感じている人は、よりそう感じる。だからこそ、世界のどこよりも日本を選び、日本に舞い戻ってくることを切望するのだろう。
■中国人の「リタイア日本移住」が増える?
そうしたこともあるからか、老後は日本の田舎で暮らしたい、という希望を持つ人も多い。筆者の知人の中には、日本の田舎をわざわざ選んで移住する人も少しずつ増えてきている。
彼らの共通点は60~70代で、子どもや親戚、友人の誰かが日本に住んでいるという点。ある30代の女性は東京の企業で働きつつ、日本の永住権を取得。都内にマンションを購入し、今後も日本に住み続ける予定だというが、数年前に、中国から両親が引っ越してきたと話していた。
その女性によると、両親はこれまで何度か来日した経験があり、日本を気に入っていた。一人娘と離れ離れで生活することが寂しく、老後の医療、生活の不安もあることから、娘を頼って来日。日本を「終の棲家(すみか)」とすることに決めたという。だが、都内の狭いマンションでは息が詰まるし、空気も田舎のほうがよいため、埼玉県にある一戸建てを購入。庭先に家庭菜園を作り、野菜を育てながらのんびりと生活している、と話してくれた。
娘によれば「日本の郊外は、中国の郊外と違って、簡単に都心に出ることができるので便利だし、自然環境がいい。両親がそばにいてくれるので安心」と話していた。つまり、親子2世代の日本移住だ。冒頭の70代の男性もそうだが、「老後のことを考えたら、やはり日本がいちばん安定していて暮らしやすい」と考える中国人が、これからますます増えていくのではないか、と予感させられる。
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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