1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「PCR検査体制の強化」はコロナ禍前に提言されていた…日本が「過去のパンデミックの経験」を活かせない原因

プレジデントオンライン / 2023年7月21日 13時15分

軽症者の検査を集中的に行う「名古屋市PCR検査所」の開設を前に、報道陣に公開されたドライブスルー方式検査のデモンストレーション。写真はスワブ(綿棒)で鼻腔(びくう)から採取した検体を入れる容器=2020年5月20日 - 写真=時事通信フォト

新型コロナウイルスが流行する約10年前にも、世界でパンデミックは起きていた。2009年の「新型インフルエンザ」である。だが、その時にまとめられた報告書の提言はコロナ禍では生かされなかった。なぜなのか。新型コロナウイルス感染症分科会会長の尾身茂さんに聞いた――。

※本稿は、牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■日本で2000万人以上が感染した「新型インフルエンザ」

実は、新型コロナウイルスが流行する約10年前、同じくパンデミックを引き起こした感染症があった。2009年4月から世界で感染が広がった「新型インフルエンザ(H1N1)」だ。世界の死亡者数は1万8000人以上にのぼったとされる。日本でも5月に最初の感染者が確認され、その後、2000万人以上が感染し、約200人が亡くなった。世界の国々に比べると比較的、被害は軽く済んだが、それでも、マスクなどの医療物資や検査・病床の逼迫、感染者への差別などの問題が浮き彫りになった。この時の教訓を生かそうと、厚生労働省の総括会議が10年に「新型インフルエンザ対策総括会議報告書」をまとめている。報告書は既に、PCR検査体制を強化すべきだと指摘していた。

■報告書の提言は生かされなかった

――新型インフルエンザ対策総括会議報告書が、新たな感染症に備えて的確に問題点を指摘していたのに、新型コロナウイルスが上陸した20年には生かされませんでした。

【尾身茂氏(以下、尾身)】私も新型インフルエンザ対策総括会議のメンバーでした。この報告書は、今回のコロナ禍で浮き彫りになった課題を、ほとんど網羅的に取り上げていました。

「国立感染症研究所、保健所、地方衛生研究所も含めた日常からのサーベイランス体制を強化すべきである。とりわけ、地方衛生研究所のPCRを含めた検査体制などについて強化すべきだ」
「厚生労働省、国立感染症研究所、検疫所などの機関、地方自治体の保健所や地方衛生研究所を含めた感染症対策に関わる危機管理を専門に担う組織や人員体制の大幅な強化、人材の育成を進めるべきだ」
「国民への広報やリスクコミュニケーションを専門に取り扱う組織を設け、人員体制を充実させるべきである」
「地方自治体も含め、関係者が多岐にわたることから、発生前の段階から関係者間で対処方針の検討や実践的な訓練を重ねるなどの準備を進めることが必要である」

提言の主な内容は、このようなものでした。しかし、この提言は生かされませんでした。その理由として、その後、政権交代が度々あったり、東日本大震災など大きな自然災害に見舞われたりしたことが背景にあったと思います。

今回のコロナパンデミックが完全に収束するにはまだ時間がかかると思いますが、終わっても、「のど元過ぎれば熱さ忘れて」同じ過ちを繰り返してはいけないと思います。

■「しっかりやってください」と言わなければならなかった

――国が報告書の提言を実行しないなら、提言を出した専門家の皆さんが、「しっかりやってください」と何度も言わなければならなかったのではないでしょうか。

【尾身】新型インフルエンザ等対策有識者会議の場で、結構、言ってきているんですよ。会議の複数のメンバーが政府に対して、「(総括会議報告書は)どう生かされているのかお尋ねしたい。あの時、相当な議論を繰り返したが、その議論は、この有識者会議で生かされるのかも聞きたい」「総括会議は多くの方が参加した。報告書は非常に貴重な意見が入っている。そのことを踏まえて、(この会議で)議論していただきたい」「(総括会議で調べたところ)政府が想定した重症度で入院患者を想定すると、呼吸器すら足りない現状があった。たぶん今もかわっていない。そのような現状を踏まえて議論してほしい」などと訴えました。しかし、そもそも我々専門家の役割は現状を評価し、求められる対策について提言することです。対策の最終決定及びその実行の責任は国の役割です。

国会議事堂
写真=iStock.com/uschools
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/uschools

■コロナ禍で行動計画が使えなかった理由

――この報告書を受けて、政府は12年、新たな感染症に対する対策の強化を図り、国民の生命と健康を守るための「新型インフルエンザ等対策特別措置法」を成立させました。この法律に基づき、行動計画を策定し、都道府県も計画を作っていました。しかし、これらの計画は、今回のコロナ禍では、まったく使いものになりませんでした。何が原因だと思いますか。

【尾身】行動計画は、高病原性鳥インフルエンザやエボラ出血熱のように、感染すると致死率が高いが、感染力はそれほどでもない感染症をイメージして策定されていたものでした。コロナは感染力が強く、そして、狡猾に変異し、無症状者でもウイルスをうつしてしまう、想定外の感染症でした。

平時から想像力を働かせて、どのような感染症対策の仕組みを作るべきか、政府や自治体、研究機関、医療機関、専門家など関係者は同意しておく必要があります。ただし、どんな特徴を持つ感染症が現れるか分からないので、いくつかのシナリオに対し、柔軟に対処できる仕組みでないといけません。

■人類の歴史は感染症との闘いの歴史

【パンデミックを引き起こした感染症】

人類の歴史は、感染症との闘いの歴史とも言える。天然痘(痘そう)は紀元前から、非常に強い感染力と非常に高い致死率で世界の人々を恐怖に陥れた。天然痘ウイルスによる飛沫感染が主な感染ルートで、症状は急激な発熱、頭痛など。治っても失明したり、あばたが残ったりした。紀元前のエジプトのミイラに天然痘の痕跡がある。日本には6世紀頃に上陸したとされ、その後、流行を繰り返した。

イギリスの医師、エドワード・ジェンナーが1796年、「種痘(しゅとう)」という予防法を開発した。天然痘ほど危険ではないが、天然痘に似た牛の感染症「牛痘(ぎゅうとう)」にかかった人のウミを、ほかの人に注射することで天然痘にかかりにくくする。人類初のワクチンだ。180年あまり後の1980年、WHOが天然痘の世界根絶宣言を出した。天然痘は人類が根絶した唯一の感染症である。

ペストは、患者の皮膚が黒くなる特徴的な症状から「黒死病」と呼ばれた。ペスト菌による感染症で、菌を保有するネズミなどに取り付いたノミを介して感染する「腺ペスト」と、感染者の飛沫を介して感染する「肺ペスト」がある。症状は腺ペストがリンパ節の腫れや発熱、頭痛など。肺ペストがせきや高熱、呼吸困難などだ。14世紀にヨーロッパで大流行し、ヨーロッパだけで全人口の4分の1~3分の1にあたる2500万人が亡くなったとされる。

鳥のくちばしの形をした原始的なガスマスク
写真=iStock.com/ManuelVelasco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ManuelVelasco

■何度もパンデミックを起こした「インフルエンザウイルス」

インフルエンザウイルスは、自らの構造を変え、「新型インフルエンザウイルス」として幾度もパンデミックを起こしてきた。季節ごとに流行を繰り返す季節性インフルエンザとは異なり、人間が免疫を持っていないことから甚大な被害が出ることが想定された。

第1次世界大戦中の1918年に流行が始まった「スペインかぜ」は、世界で4000万人以上が亡くなったとも言われる。1957年に中国で流行が始まった「アジアかぜ」では200万人ほど、1968年に始まった「香港かぜ」では100万人ほどの死者が世界で出たと推測される。

記憶に新しいのが、2009年4月から世界で流行した「新型インフルエンザ(H1N1)」だ。米国とメキシコ周辺で豚が感染するインフルエンザウイルスに人間が感染したのが始まりとみられる。日本を含む214の国と地域で感染が確認され、1万8000人以上が亡くなったとされる。

日本政府は12年、新型インフルエンザ等対策有識者会議(尾身茂会長)を設置して課題を分析し、将来、襲来する感染症に備えるための対策を練った。しかし、今回の新型コロナウイルス対策には、ほとんど生かされなかった。

■次なる脅威が訪れるのが100年後とは限らない

牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)
牧原出、坂上博『きしむ政治と科学 尾身茂氏との対話』(中央公論新社)

新型コロナウイルスは、一般的な風邪の原因となる「コロナウイルス」の仲間だ。02~03年頃に中国南部を中心に感染爆発したSARS(重症急性呼吸器症候群)と、12年以降に中東や韓国で流行したMERS(中東呼吸器症候群)を引き起こしたのもコロナウイルスだ。いずれも主な症状は、発熱やせき、息切れなど。ただし、日本には上陸しなかった。

新型コロナウイルスは「100年に1度のパンデミック」を引き起こしたと言われる。しかし、次なる脅威が訪れるのが100年後とは限らない。来年、正体不明の感染症に襲われても対応できるように体制を整えておく必要がある。

----------

牧原 出(まきはら・いづる)
東京大学 先端科学技術研究センター 教授
1967年生まれ。政治学者。専門は政治学・行政学。90年東京大学法学部卒業。同助手、東北大学法学部助教授、同大学院法学研究科教授を経て、現職。2003年『内閣政治と「大蔵省支配」――政治主導の条件』(中公叢書)でサントリー学芸賞を受賞。著書に『行政改革と調整のシステム』(東京大学出版会)、『権力移行』(NHK出版)、『「安倍一強」の謎』(朝日新書)などがある。

----------

----------

坂上 博(さかがみ・ひろし)
読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員
1964年新潟県生まれ。87年東京工業大学工学部卒業。同年読売新聞東京本社入社。千葉支局、松本支局、医療部などを経て2016年より現職。専門は感染症、難病、薬害、再生医療など医療全般。著書・共著に『再生医療の光と闇』(講談社、2013)、『薬害エイズで逝った兄弟―12歳・命の輝き』(ミネルヴァ書房、2017)、『きちんと知ろう!アレルギー』全3巻(ミネルヴァ書房、2017)、『シリーズ疫病の徹底研究』3巻4巻(講談社、2017)など。

----------

(東京大学 先端科学技術研究センター 教授 牧原 出、読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員 坂上 博)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください