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平均年収2183万円の超高収益企業キーエンスが「顧客が欲しいもの」をつくらない納得の理由

プレジデントオンライン / 2023年7月11日 9時15分

株式会社キーエンス 本社(写真=W236/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

キーエンスの平均年収は2183万円で、国内企業で最高レベルを誇る。なぜそんな給与体系を維持できるのか。経営コンサルタントの菅野誠二さんは「付加価値を生むことが企業理念で、徹底的な合理化志向がある。営業が自分の顧客情報や売り方のベストプラクティスを共有する文化は、他社にはなかなか真似できないだろう」という――。

※本稿は、菅野誠二、千葉尚志、松岡泰之、村田真之助、川﨑稔『価格支配力とマーケティング』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

■キーエンスの営業利益率は驚異の55.3%

キーエンスは日本屈指の高収益企業(※1)だ。成長率もさることながら、特筆すべきは高収益体質で、売上高営業利益率55.3%は驚嘆に値する。経済産業省の2021年企業活動基本調査速報によると統計上の「業務用機械器具製造業」396社平均営業利益率は2.1%である。

近年、社員の高額な給与が話題になり、時価総額も急上昇している。かつてはマスコミでの露出が極端に少なかったが、『キーエンス解剖』(西岡杏/日経BP)がベストセラーになったので、興味のある方はそちらを参照してほしい。

筆者の顧客がキーエンスによって大きくシェアを奪われていたことがあり、興味を抱いて数名の方にインタビューしたので、それも含めて強みの解説をしていこう。

(※1)2022年3月期売上(連結)7552億円(過去10年CAGR14.2%)。海外売上が特に伸長しており、売上貢献度は59%。営業利益3034億円(過去10年CAGR16.5%、売上高営業利益率55.3%)、当期利益3037億円、ROE14.8%、自己資本比率94.1%。

■工場や倉庫などの「現場の長」を重視して営業

同社の理念は「付加価値の創造により、社会に貢献する」である。顧客の潜在的な需要を掘り起こすことに注力しているが、それは顧客が商品スペックを決め、その要求に応える形で対応していたら遅すぎてしまい、付加価値が高まらないという思想がある。

顧客は、工場や物流の現場において、「どうしたら商品品質、コスト、デリバリータイミング、エコ調達のバランスを決められるだろう」といった悩みを抱えて困っている。操業効率に敏感で、このKPIに心を砕いている現場の長だ。

同社はB2B営業の常識である企業本社の購買担当者ではなく、工場・倉庫などの現場を重視して営業している。それは、ここに潜在需要があるからだ。「顧客が欲しいというものはつくらない」とまで言い、顧客の裏の裏にあるニーズ、つまり顧客インサイトをつかみ、世界初、業界初のプロダクト・イノベーションを狙っている。

■「業界初・世界初」商品だから価格を支配できる

戦略の中核は、「①現場主義に徹して顧客インサイトから世界初製品の創造を狙う商品企画力」と、「②ほぼファブレスで商品即納を可能にするSCM」、そして「③技術知識と顧客ソリューションを念頭にコンサルティングセールスをおこなうマーケティング・営業部隊の販売力」の3つだ。これらが同社の強力な価格支配力の源泉である。

一騎当千の開発部隊は、営業からあがってくる「ニーズカード」という顧客の声を活用するが、主にマニアックなリクエストをする顧客(筆者は密かに「変態さん」と呼んでいる)をあぶりだし、ヒアリングに赴く仕組みであるという。また、自分がつながっている顧客の現場と緊密にやり取りして徹底的に顧客理解に努める。

ここからインサイトを得て業界初、世界初狙いの商品開発を狙うが、実際に商品の7割近くは業界初、または世界初である。ゆえに、業界初にして顧客価値が創出できるものであれば、任意にプライシングできるために価格支配力を有する。また、顧客が現場でその商品をいかに活用できるかに重きを置いた「意味的価値」を「機能的価値」よりも重視する。

■製品を「即納」して「価格支配力」をビルトインする

製造は基本的にファブレスで、その納入価格は自社粗利80%必達で設定し、商品をデザインする。顧客からの特注品はニーズがあっても決して受注しない。顕在化したニーズに応えるだけでは付加価値が取れないし、他社への横展開ができないからだ。

カタログ製品のすべてを「即納」とする体制は、この業種の他社に類を見ないだろう。センサーや計測器が急に故障して工場ラインを止めたくないような顧客がターゲットだ。ラインを遊ばせたり止めたりしておけば損失が大きく、対応のための即納が必要になった顧客は価格交渉しないことを同社は見越している。つまり、ここに「価格支配力がビルトイン」されているのだ。

■営業を切磋琢磨させる一方で、顧客情報は共有

マーケティングではWEBのコンテンツマーケティングをおこなうだけでなく、コールセンターを活用したMA/Marketing Automation:マーケティングの自動化が発達している。

WEBでのタッチポイントだけでなく商談会で集約した顧客名簿データベースが整備されているので、顧客がキーエンスのWEBサイトで商品資料をダウンロードすると、それがトリガーになってすぐにその顧客に電話し、用途を確認し、コンサルティング営業につなげる仕組みがある。

営業は直販体制で、値引きなし。SFA/Sales Force Automation:営業支援システムの活用で、引き合い→見込み顧客→案件化までをデータ収集し、AIを活用した顧客情報管理と実行管理を実施する。

営業のKPIは累積取引社数、取引に関わった人数、商談数、商談に関わった人数、訪問社数、はじめてアプローチした社数、電話の発信回数、電話の受信数、純粋な接触者数、キーマン施策とその影響変数、工場、現場への入場回数など実に細かく、「行動」ベースで設定され、SFAで管理される。

このプロセス重視のKPI化と評価手法によって営業は横並びで比較され、透明化されているので、切磋琢磨(せっさたくま)させて営業を育てる仕組みがある。特筆すべきは、このように比較されるにもかかわらず、上記の商談と顧客情報の共有があたり前の企業文化があることだ。これは他社では簡単に真似できない仕組みだろう。

■上司の前で売り込みをロールプレイング

粗利目標必達のチーム員制度によるチーム内教育の強化もすさまじい。たとえば新製品の売り込みの会話を、台本をもとに徹底的にロールプレイングする。特に客先へ行く前に、その商品説明、質疑を上司の前でロールプレイングし、ダメ出しされると顧客訪問もキャンセルされる。他社でも営業ロープレはおこなうが、ここまでのしつこさ、回数で実施している事例は稀だ。

プレゼンテーションで話すビジネスマン
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

営業は顧客が表面的に口にするニーズのみならず、さらにその裏のニーズ、つまりインサイトを聞き取りする訓練を受けて、営業全員が毎月1つ以上「ニーズカード」にまとめ、SFAを通じて提出する。その内容は技術に対する知見を持った営業が、インサイトはもちろん顕在ニーズでさえ現行商品では叶えられないことに対する課題意識を反映して作成するため、キレがある。

商談終了後5分以内にSFAの営業報告書を記入し、それをもとに上司に報告をする。現場での勝ちパターンのナレッジシェアを徹底し、事業部を超えて案件紹介をしても、自分に報酬が返ってくるID制度がある。

■凡庸なようで、他社には真似できない手法

最近ではAIを駆使したデータ解析によるインサイドセールス(※2)も強固である。インサイドセールスで培った虎の子のノウハウをAIシステム化して「KI」というシステムとして外部販売し、全体の仕組みをブラッシュアップし続けている。

ここまで解説した、世界初を狙う開発にはじまり、マーケティングの自動化/MA、営業支援システム/SFA、顧客情報共有化、顧客ID制度、AIを駆使したインサイドセールス、営業からの提案制度などの打ち手を表明だけとらえると、マーケティング優良企業が実行している策と何ら違わず、凡庸に聞こえるかもしれない。

しかし私のクライアント企業の役員にキーエンスの事例を紹介して、「これら1つの施策でも実行を検討しないか?」と問うと、多くは導入が困難であると仰る。たとえば、多くの企業ではSFA、顧客情報共有化、顧客ID制度を導入しても、営業数字とボーナスを考えると、営業同士は顧客情報の共有化ができない。

(※2)インサイドセールス:内勤営業。マーケティング・営業プロセスの一貫で見込み客/リード顧客に対して非対面でおこなう営業手法。電話やメールなどで顧客関係性の維持・強化をおこないながら、すぐに受注につながりそうな見込みの高いリードを外勤営業/フィールドセールスに渡し、案件化機会を創出する

■「やり切る力」が企業文化になっている

営業の立場からすると、ノルマぎりぎりで活動しているにもかかわらず期中に売上を上乗せされる可能性がある場合、案件を隠していたほうがうまく立ち回れる。その上に、追加ボーナスを獲得できる可能性まで高まる。よって、上司にさえ本当の案件進捗(しんちょく)の情報を共有化しないこともある。営業で言うところの「隠し玉」だ。多くの企業は前述の打ち手を一度は試験導入したが、失敗して苦い経験をしたことがあるようだ。

つまり、キーエンスの凄みは単に最新経営手法を使っていることではなく、自社にあった手法の「凡事徹底」なのだ。「やり切る力」が企業文化になっていることが成功の鍵なのである。

■正直な社員がカッコいいと称賛される

ここから、この戦略を支える企業文化について述べる。キーエンスは付加価値を生むことそのものが企業文化なので、徹底的な合理化志向がある。営業はすべての活動が時間チャージで、「1時間あたりで、どれだけの粗利=付加価値をもたらしたか?」という平均が提示される。

菅野誠二、千葉尚志、松岡泰之、村田真之助、川﨑稔『価格支配力とマーケティング』(クロスメディア・パブリッシング)
菅野誠二、千葉尚志、松岡泰之、村田真之助、川﨑稔『価格支配力とマーケティング』(クロスメディア・パブリッシング)

コンサルティング営業をするのだから、アポなしの無駄な飛び込み営業は禁止。自腹ではありえるようだが、接待も奨励されない。内部監査の仕組みがあり、SFAに嘘のデータ入力がしづらい仕組みもある。

上司は商談、納品後の顧客満足度を確認するために通称「ハッピーコール」をするので、実際の評価がチェックされる。これらから、正直であることが評価され、顧客情報や売り方のベストプラクティスを共有することがカッコいいと賞賛される企業文化になっている。

この、企業文化を醸成するさまざまな「仕事のお作法」の浸透が最大の強みなのだ。

『キーエンス解剖』によれば、平均2183万円(2022年度)で国内メーカー最高レベルの給与体系である。これも「付加価値をあげたら、あげた分だけ社員に分配する」というキーエンスの特長だが、最高の給与を払える企業にしたいというマネジメントの意思の表れだ。

これもまた、真似るのはマネジメントの覚悟がいる(図表1)。

【図表1】エントリー・バリア商品 「キーエンス」のプロダクト・コマーシャルイノベーション 業界・世界初で粗利80%の超・上澄み価格戦略
出所=『価格支配力とマーケティング』

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菅野 誠二(かんの・せいじ)
経営コンサルタント
ボナ・ヴィータ代表取締役、ビジネス・ブレークスルー大学教授(マーケティング)。早稲田大学法学部卒、IMD経営大学院修了(MBA)。ネスレ日本株式会社にて営業・ブランディングの経験を経て、マッキンゼー&カンパニーにて経営コンサルタントとして数々の一部上場企業のプロジェクトを担当。のちにブエナ・ビスタ(ウォルト・ディズニー・カンパニー ビデオ部門)でマーケティングディレクターを務めた。ボナ・ヴィータを設立、コンサルティングによる企業の戦略立案とアクションラーニングを通じた企業変革に関わっている。著書に『外資系コンサルのプレゼンテーション術』(東洋経済新報社)、『値上げのためのマーケティング戦略』(クロスメディア・パブリッシング)、訳書に『マッキンゼー流 プレゼンテーションの技術』(東洋経済新報社)など。

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(経営コンサルタント 菅野 誠二)

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