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欲しいものをすべて手に入れた…漫画『YAWARA!』で主人公の柔を超えて注目すべきロールモデルは誰か

プレジデントオンライン / 2023年7月25日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrii Zastrozhnov

高橋留美子の『うる星やつら』、浦沢直樹『YAWARA!』。これらに登場する“たくましい”女性主人公たちは、女性読者に何を伝えているのか。マンガ研究者のトミヤマユキコさんは、「『うる星やつら』では、強くたくましいことが、女らしさを諦めることではなく、素敵な女の子の証となる世界を描いている。そして『YAWARA!』では、女がたくましくなる上で何かを諦める必要なんてない、というメッセージを発している」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、トミヤマユキコ『女子マンガに答えがある 「らしさ」をはみ出すヒロインたち』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■“たくましい女”ラムちゃん

高橋留美子『うる星やつら』の「ラム」は、かわいくてスタイル抜群だが、ダーリンこと「諸星あたる」相手に大暴れしているところを見ると、たくましい女の仲間だなと思う。

同作に収録された「ミス友引コンテスト」(全5話)は、ラムちゃんのたくましさを知るのにうってつけのエピソードだ。

高橋留美子『うる星やつら〔新装版〕(1)』(少年サンデーコミックス)

物語は、あたるたちがこっそりやっていた「美人コンテスト」からはじまる。男子生徒だけでやっていた人気投票が教員にバレてしまうのだが、意外なことに校長が興味を示す。女子生徒たちは顔で判断され、いやらしい目で見られることを拒否するが、校長は次のように叫んで、女子たちの声をはねのけてしまう。

「美貌知性 健全な精神!!/そして力と技!!/これらすべてをかねそなえた女性こそ!!/ミス友引と呼ぶにふさわしい!!」。

こうして友引高校の真の美女を決める大会が始まる。おもしろいのは「総合的な女性の美」を評価すると言いながら、見た目はわりとどうでもよくて、握力の検査をしたり、「女対動物のタッグマッチ」を開催したりしているところ。とにかく「力と技」への注目度が高い。

水着審査なども一応あるにはあるのだが、水着というよりは女子プロレス選手の衣裳のような扱いだ。つまり、どれだけたくましいかがミス友引を決める基準となっているのである。

予選を勝ち抜き本選に残ったラムちゃんたち5名は、巨大なクマやらトラやらと戦い、見事勝利を収める。試合の最後なんて、ひとり一頭ずつ猛獣を抱え、ぶん投げて空中でぶつけ合うのだ。

キュート&セクシーのお手本みたいなラムちゃんを登場させておいて、その魅力を腕っぷしで測ろうというのは、考えてみるとけっこう斬新。肉体的なたくましさで女の魅力を決めるイベントを「美人コンテスト」と呼ぶラディカルさはもっと評価されていいのではないだろうか。

「いや実にすばらしかった!!/みがかれた技といい!!/きたえぬかれた体といい!!/まったく採点を忘れるほど……」――こう語る校長の目はマジだ。そしてレフェリーを務めたあたるも、彼女たちの勝利を素直に祝福している。

強くたくましいことが、女らしさを諦めることでもなければ、乱暴者になることでもなく、素敵な女子の証となる世界。現実の世界にもこんな高校があったらいいのに。

■ギャグをまぶされた高橋作品のフェミニズム

高橋先生は「女子だってたくましい方がいいのでは?」というメッセージにギャグという粉砂糖を上手にふりかけて見せる。読者はそれを甘いな~美味しいな~と食べているうちに、たくましい女がどんどん好きになってゆく。ラムちゃんというかわいらしさの権化みたいなキャラを配置しつつも、女らしさ至上主義を後景化するというマジックが『うる星やつら』にはあるのだ。

高橋先生と言えば、『らんま1/2』に登場する天道家の三姉妹もかわいらしさとたくましさの双方を兼ね備えたキャラクターだったし、他の作品にも同様の傾向があるように思う。彼女たちから感じられる高橋流のフェミニズムを見落としてしまうのは、実にもったいないことだ。

■たくましく「なってからの人生」が描かれる女子マンガ

ここまでにご紹介してきたたくましい女たちは、どういうわけか最初からたくましい。もしかしたらもやしっ子だった過去があるのかもしれないが、その部分は省かれ、たくましくなってからの人生が描かれている。

浦沢直樹『YAWARA! 完全版 デジタル Ver.(1)』(ビッグコミックス)

もしこれが、男子を主人公とするマンガだったら、もやしっ子からの成長過程をドラマティックに描くだろう。事実、少年マンガの多くが、やがてヒーローになる男子の成長譚だ。凡庸な主人公が何らかのきっかけで冒険に出かけたりスポーツをはじめたりして、ときには挫折を味わうものの、次第に強くなっていき、最後は宿敵を倒す。

ところが女子マンガでは、そのような筋運びは必須ではない。

浦沢直樹『YAWARA!』のヒロインである「柔ちゃん」こと「猪熊柔」もまた、のっけからたくましい女として登場する。彼女は5歳で父親を投げ飛ばした柔道の天才。この事件をきっかけに父親は家を出ていってしまい、母親は父親捜索に生活のほとんどを費やしている。

両親の代わりに柔を養育したのは、祖父の「滋悟郎」だ。彼は、孫を世界最高の柔道家に育てようとし、その甲斐あって柔はとんでもなくたくましい女に成長することとなった。

たった1回の不戦敗を除いて全ての試合で勝っているし、2階級制覇もしている。ちなみにオリンピックはソウルとバルセロナに出場しているが、どちらの大会でも金メダルを獲得。向かうところ敵なし。たくましい女がその肉体をフル活用することで、読者にとてつもない爽快感を味わわせてくれるのだ。

試合に関しては快進撃を続ける柔だが、実は「ふつうの女になりたい柔」と「たくましい女になりたい柔」の間でめちゃくちゃ引き裂かれている。それは、彼女のたくましさが、彼女の意志によって獲得されたものではないからだろう。

柔道は気がついたらやらされていたものであり、彼女には自ら望んで柔道を選択した記憶がない。むしろ、自分が父親を投げ飛ばしたせいで家出したのだと思っているため、柔道は家庭を壊すものだと認識しているくらいだ。だから、心から柔道をやりたいと思えるようになるまでかなりの時間を要しているし、作中なんども柔道を辞めようとするシーンが出てくる。

■グレずに女子高生と強さを両立させる柔のスゴさ

ふつうの女になろうとする柔を邪魔するのは、いつだって滋悟郎である(強い柔が好きだと言った柔道コーチ「風祭進之介」に愛されたくてがんばる時期もあるのだが、滋悟郎の影響下にある時間が圧倒的に長い)。孫娘に柔道をやらせたくて仕方がない彼は、人によっては人権侵害だと怒りたくなるような方法で柔道に縛りつける。進学する大学を勝手に決めたり、就職を阻止しようとしたりと、本当にやりたい放題だ。

「よいか、柔!! オリンピックで金メダルをとれ!!/そして、めざすは国民栄誉賞ぢゃ!!」……そう語る滋悟郎は、孫の部屋を勝手にチェックして『CanCam』『JJ』『an・an』ではなく『柔道スピリッツ』を読むように言ったり、少年隊やチェッカーズのポスターをはがして山下泰裕のポスターを貼ったりしてしまう。ふつうの女になりたいという孫娘の願いを聞き入れる気など毛頭ない滋悟郎は、柔にとってもっとも厄介な敵なのである。

コミカルに描かれてはいるが、こんなにも柔を振り回して悪びれない滋悟郎は実におそろしい祖父だ。

しかし柔は別の意味でおそろしい。なぜって、こんな祖父に育てられたのにグレてないし、ふつうの女子高生として過ごす時間を確保しつつ、祖父の望む強さもキープしているからだ。

いま、自分の女子高生時代を思い出してみたが、勉強と部活の両立すらままならなかった。そんなわたしからすると、日々ものすごい量の練習メニューをこなしながら女性誌を読んだり芸能人にハマったりできている柔は、本当にすごい。天才的な柔道少女であり、天才的な生き方上手。たくましい女としての格が違う。

■恋することでたくましくなる富士子

柔が天才だとすれば、彼女の友人である「伊東富士子」は、血の滲むような努力を重ねてたくましくなっていったタイプなので、柔よりはいくぶん身近に感じられる(とはいっても彼女もすごい柔道家なのだが)。

富士子は、身長が高くなりすぎてバレリーナを諦めざるを得なくなったことがきっかけで柔道をはじめた。もともと運動神経がいいし柔軟性もあるので、かなりのスピードで強くなっていくが、そうはいっても、大好きだったバレエを諦め、未経験の柔道を極めるのは大変なことだ。

柔や滋悟郎に助けてもらいつつがんばる富士子の様子は、少年マンガ的な成長譚のように見える。だとすれば、彼女はラスボスとの決戦に向けて実践を積み重ねていく……はずなのだが、富士子は柔の高校時代の柔道部主将である「花園薫」と出逢い、恋に落ちてしまうのだった。

少年マンガなら、この恋を泣く泣く諦めることで強くなる展開を用意するかもしれない。しかし彼女は、恋をすることでますますたくましくなっていくのである。

富士子やるな~。

富士子にとって、たくましくなることと恋することは二者択一ではなく、車の両輪である。そのふたつがあるからこそ、彼女の柔道人生は前進してゆくのだ。

■欲しいものを全て手に入れた女

花園との交際を続けた富士子は、最終的にデキ婚をするのだが、出産後も完全引退の道は選ばず、それどころかオリンピックを目指しはじめる。

トミヤマユキコ『女子マンガに答えがある 「らしさ」をはみ出すヒロインたち』(中央公論新社)

そんな富士子ママを支えるため、花園パパはいわゆるイクメンになる。世界大会に出るような有名選手を妻に持った花園は、柔道家としての人生を諦める選択をした。しかし、彼は苦しむ様子をまったく見せず、家庭人として生きるという新たな目標をちゃんと受け入れている(犠牲というより、前向きな覚悟って感じ)。

花園もやるな~。

『YAWARA!』において、欲しいものを全て手に入れた女は、主人公の柔ではなく富士子だと思う。バレエを続けられない悲しみを柔道によって乗り越え、練習仲間として花園と出会ったことで柔道も恋愛も諦めずに済んだ。そればかりか、夫のサポートによって出産後も自分の夢に向かって進んでいくことができている。

この物語は富士子に多くの幸せを与えることで、女がたくましくなる上で何かを諦める必要なんてない、というメッセージを発している。強くなりたいのなら恋愛は御法度だと祖父に言われ続けている柔とは対照的に、富士子はたくましさと愛の両方を手中に収めた。

『YAWARA!』の主人公は柔だが、わたしたちがロールモデルとすべきは富士子で間違いない。

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トミヤマ ユキコ(とみやま・ゆきこ)
ライター、マンガ研究者、東北芸術工科大学芸術学部文芸学科准教授
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大学大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士号を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化賞選考委員。著書に『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(共著、集英社文庫)『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある。

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(ライター、マンガ研究者、東北芸術工科大学芸術学部文芸学科准教授 トミヤマ ユキコ)

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