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なぜ「ハゲ山」を増やすことに、血税を浪費するのか…林野庁の「国産木材振興政策」は根本的に間違っている

プレジデントオンライン / 2023年7月18日 17時15分

東京都西多摩郡檜原村と奥多摩町の境に位置する惣岳山の伐採地 - 写真=アフロ

大雨による土砂災害が増えている。その原因は気候変動だけなのだろうか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「日本の林業政策にも問題がある。木材自給率向上のために効率化が進められ、山全体の木をすべて伐採する『皆伐』が行われている。こうしてできたハゲ山では、洪水や土砂災害が起きやすい」という――。

■木材自給率向上と危険な「皆伐」

近年、大雨による土砂災害が増えている。その原因は気候変動だけとは限らない。なぜなら日本全国で山肌がむき出しになった「ハゲ山」が増えているからだ。

農林水産省は2009年に日本の林業を再生するとして「森林・林業再生プラン」を策定し、木材自給率50%以上を目指すとした。これを受けて林野庁は、林業の効率化を図り、林地にある木を全て伐採するという“皆伐”を推進してきた。

しかし、これは、自然や環境に悪影響を与えるため、ヨーロッパでは禁止されている方法である。

木は根を張ることによって、水や土を保持している。樹冠(木の葉が茂っている部分)が大きければ、雨水はいったん樹木に受け止められた後、一部は土壌表面をつたって流出するが、一部は土中に留まる。土壌中に浸透した水は、あるものは根から樹木に吸い上げられた後蒸散し、残った雨水も時間をかけながら地下水として流出する。これは水資源の涵養や洪水防止という機能である。また、水が一気に流れることがないため、土壌崩壊を防止する。

皆伐後植林しても数年間は樹冠が小さいので、雨は直接大地に降り注ぐ。植林しなければ、これがより長期間継続する。また、木が根を張る範囲はほぼ樹冠の大きさに等しいので、若い木のうちは土壌の保持能力は少ない。皆伐によって水や土は短期的に多く流出するので、洪水や土砂災害の被害が大きくなるのだ。

また、木を伐採してしまうと温室効果ガスの吸収や固定という能力も失われる。こうしたことを考慮してヨーロッパで行われているのは、部分的に伐採する“択伐”というやり方である。これだと、大きな木も残るので、国土保全などの機能を維持できる。

■岸田内閣の花粉症対策でハゲ山が加速する

わが国の森林・林業の最大の問題は、皆伐された跡地では、3割しか再造林(苗木を植えて林を育てること)されていないことだ。伐採された林地のほとんどが植林されず裸地となっているのである。

この春に岸田文雄総理は突如、「花粉症は多くの国民を悩ませ続けている社会問題」と発言し、対策を求めた。5月末に取りまとめられた花粉症対策関係閣僚会議の方針には「スギの人工林の伐採面積を現在の年間5万ヘクタールから7万ヘクタールに広げ、10年後にはスギの人工林を2割程度減少させる」とある。ハゲ山はさらに増加するだろう。

【図表】主伐面積と人口造林面積の推移
出典=林野庁「再造林の推進」(令和2年10月)より

■再造林されない原因は「立木価格」の低迷

なぜ、再造林は進まないのか。

林野庁もただ手をこまねいているわけではない。費用の8割を補助するという高率の補助金を用意し、再造林を促している。それにもかかわらず、伐採後再造林されている面積は3割にとどまっているのだ。

再造林されない原因は、立木価格の低下にある。

立木価格は、製品価格の1割程度であり、また丸太価格に占める立木価格の割合は1980年代の6割から2割程度へ低下している。森林所有者(山林経営者)の平均所得は11万円に過ぎず、再造林への投資が難しいのだ。

【図表】全国平均山元立木価格の推移
図版=筆者作成
出所=2021年度森林・林業白書 - 図版=筆者作成

■林業の効率化政策が立木価格低下を招いた

この立木価格の低下に、実は林業政策が関係している。

林野庁は、[丸太価格から伐採・運材コストを引いたものが立木価格]なので、伐採・運材コストを下げれば、立木価格は上昇して再造林が可能となると考え、伐採業者に高性能機械を補助した。

しかし、高性能機械の導入を政策に支援された伐採業者が丸太生産を増加したので、供給過剰になり丸太の価格が低下した。これにより、丸太の原材料である立木への需要が減少し、立木価格も低下したのだ。

切り出した丸太が積み上げられている
写真=iStock.com/tdub303
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tdub303

林野庁の補助によって伐採業者のコストが低下すると、かつては伐採業者が引き取らなかった立木も伐採されるようになる。これで多くの立木が伐採され、丸太生産が増加すると、丸太価格が下がるので、立木価格も引き下がる。

さらに、林野庁の大型機械への助成により、伐採業者の大型化が進んでいる。

地域では少数の大型伐採業者が立木の購入という点では独占的な買い手となる。しかも、森林所有者にはどれだけ伐採にコストがかかるか分からない。伐採業者に有利な情報の非対称性が存在する。伐採業者は独占力や情報の非対称性を利用して、立木を買いたたく。立木価格の大幅な低下の背景には、以上の事情がある。

■儲けているのは伐採業者と製材業者

伐採業者は、丸太価格は低下しても、林野庁の政策による伐出・運材等のコスト低下という利益とともに、原材料である立木価格が丸太以上に低下しているという利益を受ける。損はしない。さらに、広範囲で盗伐を行う業者もいる。この場合は立木に価格を払わなくてもよい。

製品(製材)業者も同じである。木材輸入の形態は丸太から製品に変化した。一物一価なので、国産の製品の価格は、大きな世界市場で決定される輸入品の国際価格とほぼ同じになる(日本は国際経済学でいう“小国”である)。

また、これは高値で安定している。林野庁は、製材工場についても補助事業で大型化を推進してきた。製品業者は、高位安定の製品価格、政府の援助による生産コストの低下、原料である丸太価格低下の三重の利益を受けた。

伐採業者や製材業者への林野庁の支援は、かれらの利益を増大させるだけで、林野庁が予定していた再造林のための森林所有者への利益還元という効果を生まなかった。それどころか、林業成長化論に基づく政策が立木価格を大きく低下させ、再造林を困難なものとしている。

■木材自給率向上は必要ない

そもそも、林野庁が主張する木材自給率向上も本当に必要なのか、前提を見直す必要もあるだろう。

木材自給率向上は伐採量を増やすことを目的としているので、将来利用可能な森林資源を減少させてしまう。林業の自給率向上論には、食料自給率向上のような意味はない。食料危機というケースはあっても、木材供給危機というケースは想定できないからである。

軍事的な紛争によってシーレーンが破壊され、食料や木材の輸入ができなくなることを考えよう。食料については毎日消費しなければならないので、食料危機は起きる。しかし、国民が住居に困ることはない。現在住んでいる住宅に住めばよいだけである。木材は毎日消費しなければ生命・身体を維持できない食料とは異なる。

さらに、農業の場合、生産量を増やせば、農地などの農業資源を維持することができ、翌年以降の供給力を確保することができる。

ところが、林業の場合、林地を伐採して木材供給を増やしても、苗木から成木になるまで長期間人工林の維持管理を行わなければ、将来の供給は保証できない。今年収穫した水田は来年も米を実らせる。しかし、今年伐採した林地は、来年どころか植林しても50年も待たなければ伐採できない。それどころか、伐採後の跡地ではほとんど再造林が行われていないのだから、自給率が低いほうが森林保護につながると考えるべきだろう。

■血税がムダになる政策をいますぐ転換せよ

いま伐採されたまま放置されている森林に再造林を促すには、立木価格の上昇が必要である。

経済政策の基本からすれば、再造林が行われないという問題に直接対処することである。再造林を行うのは森林所有者である。伐採業者ではなく森林所有者の収益を直接増加させる政策に切り替えればよい。適切な政策は、伐採業者への補助をやめて、森林所有者に対し、間伐や択伐など適切な管理をすることを条件に林地面積あたりいくらという直接支払いを交付することである。この際、実際の育林や伐採などの管理は、森林所有者が組合員である森林組合に委託してもよい。

林の中を目視しながら歩く、測量機器などを携えた二人の職員
写真=iStock.com/tdub303
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tdub303

これによって、森林所有者自身が林地を択伐するなど適切に管理しようという意欲を持つようになる。伐採業者に伐採を委託したり、立木を販売したりするのは、自身で管理できない林地(およびその立木)となる。こうして伐採業者に対する立木の供給が減少すれば、立木価格は上昇する。

5月に行われた花粉症対策関係閣僚会議の記者会見で、農林水産大臣は、花粉症対策について「当然、これには予算が必要ですが、林野庁の予算は、現在、約3000億円の予算ですから、これでは足りませんので、10年間の長期計画の(作成の際には)予算的な裏付けをどうしていくかということも大きな議論となります。こういったことも、今回の花粉症対策としてやっていこうと考えているところです」と発言している。

花粉症対策は、現状の誤った林業政策の予算増加に使われる。いま災害に苦しむ国民と日本の未来のために政策を大転換すべきである。

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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、など多数。近刊に『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)がある。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)

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