結局、自衛隊は憲法違反なのか、それとも合法なのか…最高裁が「判断できない」と逃げた本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年9月3日 9時15分
※本稿は、池上彰『池上彰の日本現代史 集中講義』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■軍は解体され「二度と戦争を起こさない国家」に
戦後、日本を占領したGHQ(連合国軍総司令部)は日本を二度と戦争を起こさない国家に作り直すことを目指しました。日本国憲法第九条には「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」が盛り込まれました。軍は解体され、日本が独自に軍隊に相当する組織を持つことはありませんでした。代わりに治安の維持にあたったのはアメリカ軍と日本の警察です。
しかし、1950年6月、朝鮮戦争が勃発。韓国軍を支援するため、日本に駐留していた米軍7万5000人が朝鮮半島に送られました。当時、ほとんどの米軍部隊は韓国から撤退していたからです。戦車もまったくありませんでした。山がちな朝鮮半島では役に立たないと考え、引き上げてしまったのです。そこに北朝鮮が戦車で攻め込んできたため、韓国軍は太刀打ちできず、あっという間にソウルが陥落してしまいました。
このように緊迫した情勢だったため、アメリカ本土から派兵する猶予はなく、日本にいた米軍を急遽、韓国に投入することになったのです。
■マッカーサーの「命令」で警察予備隊が発足
その結果、日本国内には軍隊が存在しない状態になりました。アメリカはこれに危機感を抱きます。東西冷戦の真っ只中であり、ソ連の侵攻が懸念されたからです。さらに日本で社会主義勢力が革命を起こす恐れもありました。
そこで1950年7月、GHQのマッカーサー司令官は吉田茂首相に対し「7万5000人の『ナショナル・ポリス・リザーブ』の設立、海上保安庁の職員8000人の増員を許可する」という書簡を送りました。日本側は何も希望していないのに「許可する」というのは、つまり命令ということですね。アメリカはソ連の侵略を防ぎ、革命を制圧する組織を日本に設けたかったのです。
マッカーサー司令官は日本が憲法により軍隊を持てないことを熟知していたため、軍隊ではなく「ポリス・リザーブ」と呼びました。これを日本側では「警察予備隊」と名づけました。軍隊ではなく、警察と「呼びたい」。このダジャレのようなネーミングの組織が自衛隊の原型です。
■あくまで軍隊ではないという建前は今も変わらない
あくまで警察という建前ですから、軍隊の階級は使いません。大佐を「一等警察正」、中佐を「二等警察正」、少佐を「警察士長」などと呼びました。「歩兵」「工兵」ではなく「普通科」「施設科」、「戦車」ではなく「特車」と言い換えました。
その後、組織の再編・拡充が行なわれ、1954年には陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊が揃ったいまの自衛隊ができあがります。現在では自衛官約23万人からなる世界でも有数の軍隊並みの組織に成長しています。
しかし、あくまで軍隊ではないという建前は変わりません。「軍事費」ではなく「防衛費」、「爆撃機」ではなく「対地支援戦闘機」と呼ばなければなりません。
ただ、このきわめて政治的な建前は、自衛隊が活躍する海外の現場では理解されにくいようです。
■「日本海軍」として、音で海賊たちを追い払う
2011年、私はアフリカ北東部のジブチで自衛隊の活動を取材しました。ソマリア沖のアデン湾では、スエズ運河に向かうタンカーや貨物船を狙う海賊が頻繁に出没していました。
船舶の安全を守るために世界各国から軍艦が派遣されているアデン湾に、自衛隊も国際協力の一環として護衛艦や対潜哨戒機P3Cを配備していました。上空から不審な船舶を監視し、タンカーに乗り移るためのハシゴなどが積んであるのを発見すると、近くにいる日本の護衛艦あるいは他国の軍艦に連絡。軍艦が急行して海賊を捕えたり、追い払ったりしています。
海上自衛隊の護衛艦がパトロール中に直接、海賊の船を見つけた場合は、スピーカーでアナウンスして追い払います。英語とアラビア語、ソマリ語、スワヒリ語でアナウンスするのですが、その英語の文章を見て驚きました。「This is Japan Navy」。つまり「日本海軍である」とアナウンスしているのです。
「『海軍』でいいんですか?」と現地で聞いたところ、自衛隊の人は「海賊に『This is Japan Self Defense Force』と言っても通用しませんよ。『Japan Navy』と言えばすぐ逃げていきます」と言っていました。日本国内と「現場」ではかなり事情が違いますね。
自衛隊は戦闘行為をしてはいけないことになっているので、海賊と銃撃戦などはできません。その代わり、非殺傷兵器で海賊を追い払います。たとえば、きわめて指向性の高い「長距離音響発生装置」。何キロも離れた相手に向けて、耳をつんざくような不快な音を浴びせて追い払うのです。軍隊でないという縛りのもとで、苦労して国際貢献しています。
■自衛隊は「必要最小限の実力」なので「合憲」
このように、自衛隊は一見軍隊にしか見えなくても、日本政府は一貫して軍隊ではないと主張する不思議な存在となっています。
もともとが曖昧な存在ですから、その時どきの政府次第で解釈が変わったりもします。
日本政府は、自衛権にもとづく自衛のための必要最小限の実力は憲法が禁じた戦力にはあたらないとしています。従って自衛隊を持つことは合憲であり、「必要最小限の実力」であれば、情勢によっては核兵器の保有も認められるというのが歴代政府の見解です。政府の見解によってどうにでもなるのですから、もちろん異論もあります。「自衛隊の存在そのものが憲法違反ではないか?」という裁判も起こされています。
自衛隊が憲法違反ではないかという解釈が生じる理由は、憲法の条文にあります。1946年6月、日本国憲法制定の過程で衆議院に提出された案では、第九条は当初このようになっていました。
国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄(ほうき)する。
第二項 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。
■自国を守るためであれば、戦力を保持していい
しかし、芦田均が委員長を務める衆議院帝国憲法改正案特別委員会小委員会で修正が加えられました。
第一項の冒頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」が、第二項の冒頭に「前項の目的を達するため」が付加されたのです。「芦田修正」と呼ばれます。その結果、現在の第九条が完成しました。
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
つまり「他国との間の紛争の解決の手段としては」戦力を放棄したが、自国を守るための実力であれば保持してもいい。だから自衛のための自衛隊であれば憲法に則っている。こう解釈できるというのです。
■最高裁は「合憲か、違憲か」の判断から逃げた
自衛隊が合憲か違憲か、裁判になったこともあります。
1969年、北海道長沼町に自衛隊のミサイル基地を建設する計画をめぐり、地元住民が「自衛隊は憲法違反の存在だ」として裁判を起こしたのです。
1973年、札幌地裁は自衛隊を「憲法第九条が保持を禁止している戦力」にあたると判断を下しました。
これに対して国は控訴。1976年、札幌高裁は住民の訴えを退けました。自衛隊の設置は「高度の専門技術的判断とともに、高度の政治的判断を要する最も基本的な政策決定」であり、「統治事項に関する行為であって」「司法審査の対象ではない」という理由です。つまり自衛隊設置の判断は司法ではなく、政治に任せるべきだという理屈です。
その後、最高裁も判断を示さないまま住民の上告を棄却しました。「憲法違反である」とも「憲法違反ではない」とも判断せず、「司法は判断できない」と逃げたのです。
以来、高裁・最高裁が自衛隊の合憲・違憲を判断した例はありません。「警察予備隊」という苦し紛れのネーミングから始まった自衛隊は、合憲・違憲を政治に判断を委ねたまま組織を拡大し、世界情勢の変化に応じて活躍の場を広げてきました。
■人を出さなければ、国際社会で認められない
大きな転機になったのが1991年の湾岸戦争です。イラクがクウェートに侵攻。米国を中心とする多国籍軍が反撃してクウェートを解放しました。
湾岸戦争で日本は130億ドル(約1兆8000億円)もの資金を多国籍軍に支出しました。アメリカから自衛隊の参加を求められましたが、自衛隊を戦闘に参加させるわけにはいかないため、資金面で貢献しようとしたのです。
解放されたクウェート政府は世界各国の新聞に感謝の広告を掲載しました。しかし、解放に貢献してくれた国々が記されたリストに日本の名はありませんでした。
そこで、「お金だけでなく、人を出さなければ認めてくれない」という世論が高まった結果、1992年、「国連平和維持活動協力法」(PKO協力法)が成立します。「PKO」は「Peace Keeping Operations」。普通に訳すと平和維持「作戦」になりますが、外務省は軍事色を消して「活動」と意訳しました。
同年、カンボジアの再建に向けた国連PKOに自衛隊が参加しました。100万人以上の自国民を虐殺したポルポト政権が崩壊し、ようやく内戦が終わったカンボジアの停戦を監視する役割でした。
以来、自衛隊は世界各地に派遣されるようになりました。ただし、武力紛争に巻き込まれないように、非戦闘地域にのみ派遣されています。
■自衛隊が活動する場所は「非戦闘地域」のはずが…
2004年、まだ内戦が完全に終結していないイラクに派遣された際も、内戦が起きていないとされた南部地域サマーワが選ばれました。当時の小泉純一郎首相は野党から、非戦闘地域の定義を問われ、「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域」と答えました。何の説明にもなっていませんね。「どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域か、いま、私に聞かれたってわかるわけがない」と答弁したこともあります。これほど曖昧な根拠で自衛隊はサマーワに派遣されたのです。
実際のサマーワでの活動がどんな状態だったのか、自衛隊は日報という形で記録して日本に送っていました。
2017年、防衛省は国会で「破棄してしまい、存在しない」と主張しましたが、陸上自衛隊と陸上幕僚監部で見つかり、翌年、存在を確認したと公表されました。非戦闘地域に派遣されたはずが、宿営地の近くにロケット弾が着弾したり、車列の近くで爆弾が爆発したり、危険な事態がいくつも起きていたことが記されています。
当初、防衛省が「破棄した」と主張したのは、「自衛隊が活動する地域では、戦闘行為は行なわれていない」という政府の見解とつじつまを合わせるため、イラク日報の存在を知られたくなかったからでしょう。
■自衛隊の位置づけがあいまいなままでいいのか
こうして活動の範囲を海外へと広げてきた自衛隊にとって、次の転機になったのが、安倍政権下で認められた「集団的自衛権」です。
2015年、安全保障関連法(平和安全法制整備法)が成立し、「集団的自衛権」の行使が可能になりました。集団的自衛権とは、同盟国が攻撃された場合、自国への攻撃とみなして反撃する権利であり、国際法上も認められています。
歴代政権は「日本は集団的自衛権を保有してはいるものの、憲法の規定のため行使できない」という立場をとってきましたが、安倍内閣は「行使を容認」へと解釈を変更しました。集団的自衛権の行使を容認する人物を、法律と憲法の整合性を判断する内閣法制局の長官に据えることで、従来の解釈を変えてしまいました。
安倍政権は憲法を改正し、自衛隊を国防軍にすることを目指していました。その志は断たれましたが、戦後長らくあいまいなままにされてきた自衛隊の位置づけを日本国民が判断するときは、遠からず、やってくるのではないでしょうか。
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ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計11大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる 池上流新聞の読み方』など著書多数。
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(ジャーナリスト 池上 彰)
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