ついに「中国製EV」の排除が始まった…「欧州製EV」を露骨に優遇するEUの華麗すぎる手のひら返し
プレジデントオンライン / 2023年9月26日 11時15分
■中国製EVは爆発的に売れていたが…
脱炭素化に注力する欧州連合(EU)は、その手段として電気自動車(EV)の普及に努めている。欧州自動車工業会(ACEA)によると、8月の新車登録台数のうち、EVが占める割合は21%と、初めて2割を超えた模様だ。そのEUは、中国製の廉価なEVがEU域内の市場に流入することに対して危機感を強めている。
EUの執行部局である欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は、9月13日に任期中で最後となる施政方針演説に臨んだ。その際、中国製のEVの価格が、中国政府による補助金を受けて人為的に安く抑えられており、EU製のEVが価格競争で不利に立たされているとして、調査に乗り出すと発表した。
EUが危機感を強める背景には、中国製のEVが近年、爆発的な速さで輸出を伸ばしていることがある。特にヨーロッパは、中国の自動車メーカーにとって主力の市場だ。中国海関総署の統計によれば、ユーロ圏の主要国(ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ)向けの乗用車の輸出が、2022年に急増したことが分かる(図表1)。
■EUトップは「中国政府の補助金」を非難
この統計では動力源別の動きが不明だが、こうした乗用車の中にはEVのみならず、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)なども含まれている。EUが危機感を募らせている事実が物語るように、うち相応に高い割合を、欧州製のEVよりも安価に設定された中国製EVが占めているのだろう。
フォンデアライエン欧州委員長がいうように、中国政府が中国の自動車メーカーに「レッド補助金」(輸出補助金)や「イエロー補助金」(他国の国内産業に対して損害を与える補助金)を出しているなら、EUは世界貿易機関(WTO)ルールに則り報復関税を課すことができる。では、本当に中国政府はそうした補助金を与えているのか。
当然ながら、中国政府は、中国の自動車メーカーに対して「レッド補助金」や「イエロー補助金」を与えていることを否定し、フォンデアライエン欧州委員長の発言に対して抗議を行った。中国政府が補助金を交付しているかどうか真偽は不明だが、ヨーロッパに比べれば中国の人件費はまだまだ低く、それは車両単価の安さに反映されるはずだ。
■中国製EVは不当廉売と言えるのか
そして、EVの生産に必要な希少金属(レアメタル)などの鉱物の多くを、中国の自動車メーカーは自国の資源企業から調達することができる。こうしたことも、車両単価の低下につながるはずだ。それに、中国には車載用バッテリーの生産に強みを持つメーカーも多い。こうしたことに鑑みれば、中国のEVが不当に安いとは言い難い。
そもそも、中国の自動車メーカーは、ヨーロッパ向けのEVに関しては国内向けよりも高い値を付けている。国有自動車メーカー最大手の上海汽車集団のヨーロッパ向けウェブサイトによると、同社が手掛けるグローバルモデル「MG4」の販売価格は、2022年9月13日時点で、2万8990ユーロ(約460万円)と定められている。
一方、MG4の中国国内での販売価格は、ベースグレードで11万5800元(約240万円)である。このMG4の価格差に鑑みれば、中国の自動車メーカーが、中国政府による補助金を基にヨーロッパの市場で不当廉売を仕掛けているとは言い難い。もちろん、かなり割安な車両もあるかもしれないが、EUの主張は一方的という印象を受ける。
EVの普及には様々なハードルがあるが、価格の高さはその最たるものだ。脱炭素化の手段としてEVシフトを推進するなら、廉価な中国製EVは本来ならば歓迎される存在であるはずだ。にもかかわらずEUが警戒感を強める理由は、EUがEVシフトを域内の産業振興策として、また域内の市場保護策と位置付けていることにある。
■露骨な優遇策で欧州製EVを守るEU
もともとEUは、効率的なディーゼルエンジンを開発することで脱炭素化を図ろうとしていた。その戦略が2015年に発覚したディーゼルゲート(ドイツのフォルクスワーゲン社による排ガス規制不正問題)で破綻するとともに、EUの自動車メーカーの国際的な評価が大いに損なわれた。その後、EUはEVシフトの姿勢を鮮明にする。
EUは域内の自動車メーカーに対して多額の補助金を交付し、EVの生産を後押ししている。日米中を念頭に、EUがEVの生産技術をいち早く確立し、その覇権を掌握しようという思惑を持っていることは、察するに余りある。同時にEUは、経済安全保障の確保を理由に、域内でのEVの供給をEU製のEVに限定しようとしつつある。
例えばフランス政府は、2024年にEVの購入補助金制度を刷新する。その際、石炭火力発電による電力を用いて生産されたEVは、補助の対象外となる。フランス大手の自動車メーカー・ルノーのルーマニアの子会社であるダチアが生産するコンパクトEV「ダチア・スプリング」も、中国での生産分は購入補助金の交付の対象外となる。
■EUの補助金はOK、中国はNG
一方、生産から輸送、販売までの炭素排出量が少ないEVに関しては、手厚い購入補助金が交付される。これはすなわち、原子力発電や再エネ発電による電力を用いて生産されたEU製、さらにフランス製のEVであればあるほど、多額の購入補助金が交付されることを意味する。これは露骨な国内市場保護策といっても差し支えないだろう。
同様の動きは、EUの各国で広がると予想される。EUはそもそも、自由で開かれた市場での平等な競争を重視する。そして、中国が中国の自動車メーカーに対して補助金を交付し、ヨーロッパ市場で不当廉売を仕掛けているとEUは抗議している。しかし、そのEUこそが、露骨な国内市場保護策を採用しているという矛盾は看過できない。
■EUに中国を批判する資格があるのか
米国のバイデン政権もインフレ抑制法(IRA)の下で国産EVの優遇を図り、国内市場保護に努めている。トランプ前政権も国内市場保護策を重視しており、その意味で国内市場保護策は世界的なトレンドだといえる。そうしたトレンドにEUも加わったといえばそれまでだが、そのEUに不当廉売を理由に中国を批判する資格はあるだろうか。
EUは脱炭素化戦略の手段として、EVシフトを位置付けた。同時に、各国に先駆けたEVシフトでEVの技術覇権を掌握し、国内市場を保護しようとも努めている。手段を限定することで、EUに脱炭素化以外にも多くの利益が及ぶよう誘導しているわけだが、そうであるがゆえにEVシフトという「手段」が「目的化」する事態に陥っている。
こうした性格のため、高い目標を掲げたEUのEVシフトは、現実的な目標への修正が進みにくく、修正されるにしても時間を要する。それに比べると、EUから離脱した英国の場合、国内に民族系の自動車メーカーがないという「利点」もあり、EVシフトの目標を現実的な方向に修正するだけの臨機応変さを持っているといえそうだ。
■EVシフトの修正が英国ではじまった
その英国のリシ・スナク首相は9月20日、英国のガソリンおよびディーゼル車の新車販売禁止を、2030年から2035年まで遅らせる計画を明らかにした。EUと目標の平仄を合わせただけともいえるが、同時にスナク首相は、EVシフトに当たっては、政府の介入よりも消費者の選択を優先すべきであるという重いメッセージを発している。
もちろん、英国内にも、環境重視派を中心にスナク首相の方針転換に対して批判の声が高まっている。とはいえこの事例は、27の主権国家を抱えるがゆえに方針転換に時間を要するEUに比べて、英国が決断を早く下すことができることの好例といえよう。ヨーロッパでEVシフトの修正が進むとしたら、EUよりも英国で先行するだろう。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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