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渋滞にハマったときに思い出したい…羽生結弦級の強靭メンタルを持つ人が行う「受け入れる技術」の中身

プレジデントオンライン / 2023年10月18日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/victorass88

メンタルを強くするにはどうすればいいか。ハーバード大学に務める小児精神科医の内田舞さんは「羽生結弦選手のような強くしなやかな考え方を持つには、他者に依存する『外的評価』ではなく自分自身による『内的評価』を育てた方がいい。そのためには自分の決断も行動も、それに伴う結果も自分で『所有』するオーナーシップを持つことが必要だ」という――。

※本稿は、内田舞『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

■フィギュアスケートのジャッジで羽生結弦が考えたこと

内的評価は、自分の中での頑張りや達成感、進歩しているとか成長していると感じること、生きがいを軸にした自分自身の評価のことです。

もちろん頑張れば頑張るほど成績も上がるということもあると思いますが、現実にはどうにもならないことも起こりえます。

フィギュアスケート選手(現在はプロスケーター)の羽生結弦さんがあるとき受けたインタビューで話していたことがとても印象的でした。

彼は2015年シーズン競技では世界最高得点を更新しつづけましたが、そこからさらに努力して、何年間も技を磨いてきました。

ジャンプも表現力も上達していることは明らかでしたが、試合でジャッジがつける得点につながらず、納得のいかない、思うようにいかないときがあったと言います。

その状況を踏まえて、誰かがつける点数ではなく、自分自身が満足する演技を観客と共有するためにプロスケーターになる決心をした、と話していました。

フィギュアスケートという競技は最終的にはジャッジの判断に委ねられます。ルールに従い、公平に審査しているジャッジの方が多いにもかかわらず、時には政治的な働きかけや主観、意図が入ることもあり、すべてが個人の努力や技術で決まらないところがあります。

■アスリートに「育てるべきは内的評価」と話す理由

また、アスリートの場合、怪我一つで試合に出られなくなりランキングが落ちたりすることもあります。さらに失言一つでそれまでの人気が失われるどころかバッシングのターゲットになってしまう場合もあります。

女子アイスホッケー選手
写真=iStock.com/RichVintage
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RichVintage

外的評価とは、さまざまな要因が関わり、時には努力とは無関係にアップダウンするもの。ですから、外的評価にフォーカスしてしまうと心がとても不安定になりやすくなるのです。

一方で成績が出せなくても、それまでしてきた努力や達成感は消えてなくなるわけはなく、すべて自分の財産になっている。そこへ至る過程に対する評価は、外的評価が変動しても、変わりません。これが「内的評価」です。

アスリートなら結果を望んで当然です。結果を求めることと、結果を求めるための過程を大切にすることは相反する考えのように捉えられがちですが、実は両立するものなのです。

外的評価だけでは行き詰まってしまうこともあり、そんなときに裏切らないのが、この内的評価です。

それゆえに努力に応じた結果が出ないことで悩んでいるアスリートや、他選手との比較に苦しむ選手、さらに外的評価が高い位置にいるアスリートにも「育てるべきは内的評価の方である」という話をすることが多いです。

そしてこの話は、今本書(『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』)を手に取り読んでくださっている皆さんにもぜひお伝えしたいことです。

■内的評価が自尊心を育てると再評価もしやすくなる

内的評価に関して、フィギュアスケートのヴィンセント・ゾウ選手の感動的なエピソードを紹介しましょう。彼はアメリカ代表として北京オリンピックに出場しましたが、団体戦を終えた後に新型コロナウイルスの検査で陽性が判明し、その後の競技参加が叶わなくなってしまいました。

そのとき彼がSNSで発信した動画では「これまで感染予防に最大限注意を払ってきた」と涙ぐみ、悔しさをにじませましたが、続けてこう話しました。

「試合に出られないことはとても残念だ。けれど、自分が小さい頃に思い描いていた『こういうスケーターになりたい』というスケーターには、自分はすでになっている」と。

予想外の悲劇の最中に複雑な感情を抱えながらの少し無理をした発言だったかもしれないのですが、まさにこの言葉に内的評価が表現されていると思うのです。

内的評価は自尊心を育てます。そして自尊心があればあるほど、「自分の考えを見直してみる」という再評価もしやすくなると私は考えています。

自信をなくしたとき、嫌な思いをしたときには、外的評価をいったん脇に置いておいて、内的評価という軸で自分の歩んできた人生やこれまでの経験を眺めてみてください。きっと違った景色が見えてくるはず。再評価のプロセスの一つとしてぜひ活用してみてください。

■長洲未来選手に学ぶオーナーシップ

「オーナーシップ(Ownership)」とは直訳が「所有権」になりますが、心理学用語として、「自分の選択は自分でする。その結果にも自分で向き合う」と自分の判断や経験、意見を「所有」することを意味します。

この「オーナーシップ」を持てるかどうかで、再評価の過程も変わってくるものだと教えてくれたのは、私の友人で、フィギュアスケーターの長洲未来さんです。

アメリカでは5月がメンタルヘルスの啓発月間です。その一環として、2021年にハーバード大学とマサチューセッツ総合病院に私が企画を出し、長洲未来さんとの対談の講演と動画配信が実現しました。

彼女は14歳という若さで全米チャンピオンになり、アメリカ人女性として初めてオリンピックでトリプルアクセルを成功させたスケーターです。

しかし、その道のりはいつも順調だったわけではありません。2度の五輪出場を叶えるも、2014年の五輪メンバーには選ばれませんでした。

多くのアスリートはここで諦めてしまうかもしれませんが、彼女は次のオリンピックを目指し、さらに4年間のトレーニングを積む道を選びました。

その結果、2018年のオリンピックの団体戦では見事トリプルアクセルを成功させ、アメリカチームの銅メダル獲得に貢献しました。

この年のオリンピックで、トリプルアクセルを試みた女性選手は未来さんだけでした。当時24歳。フィギュアスケート界では「高齢」と呼ばれる年齢で、まさに偉業を成し遂げたのです。

アイスアリーナのフィギュアスケートの女性
写真=iStock.com/Artur Didyk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Artur Didyk

■10代半ばから「強いメンタル」を期待されるアスリート

彼女が世界的なフィギュアスケーターとして知られるようになった14歳というと、日本なら中学生の年齢であり、ようやく自分探しを始めたばかりの年頃です。これから人生経験をたくさん積んでいく年齢であるにもかかわらず、たった一人で氷上に立ち、大勢から評価される立場に置かれていました。

私との対談で未来さんは、「子ども時代は確かに簡単ではなかったけれど、新しい体験としてスケート自体を楽しんでいた。問題なのは、結果が出せないときで、調子の悪い時期が続くと、こんなにお金と時間を費やしてまですることなのかと考えてしまうことだった」と語りました。

トップクラスのコーチに師事し、競技を続けていくために金銭面をスケート連盟からの支援に頼っていたのです。それゆえ、ランクが下がっていくのは筆舌に尽くしがたい苦しさがあったそうです。

もちろん援助があるだけでも恵まれているのですが、次の年にも援助を受けつづけるためには結果が求められます。彼女は次第に強いプレッシャーを感じるようになっていきました。

人の前頭前野は20代後半まで発達すると言われており、10代半ばというとまだ発達段階の途中です。しかし、アスリートはしばしば子どものうちから「強いメンタル」を持つように期待されます。

10代の未来さんが、大会で優勝するようになると、多くのスポンサーの目に留まるようになりました。結果を気にかけてくれる人がいるのだと思うと、「どうしよう」という気持ちになり、うまく結果が出せなくなったそうです。

■母親から「もう好きにすればいい」で自尊心が向上

練習ではうまくいっていて、大きなミスをしなければ世界選手権のメダルは確実と言われていた場面でも、滑り出したらほとんどのジャンプで失敗。「あの頃は自分自身にも失望して、自分は悪い人間だと考えるようになりました」と彼女は振り返りました。

当時の彼女はまだ文字どおり、子どもなのです。親やスポンサーが用意してくれた環境の中で誰かの期待に応えなければ、と焦る気持ちが強く、自分のために滑るのではない状況です。さらにコーチやスポンサーといった大人たちにとっては、若い選手の活躍度によって経済的な利益も変わるという複雑な状況です。

未来さんが17歳になると、コーチが拠点を移したことでスケートの練習のため片道2時間以上をかけてリンクに通う日々が始まったそうです。

それまで送り迎えをしてくれていたのは彼女のお母さんで、心理的、身体的な健康面からも実家から通ってほしいと願っていたからこそ、そうしていたのでした。しかし、移動に時間が取られ思うように練習ができないことで未来さんは不満を募らせていきます。

「なぜリンクの近くに引っ越せないのか。環境が整わないのに結果を出すことを求められることが苦しくて、両親につらくあたってしまっていたのです。次第に両親とは分かりえない状況になっていきました」と未来さんは語りました。

両親との関係がギクシャクする中で、彼女は18歳になり、あるときお母さんから「もう好きにすればいい」と突き放されたそうです。

しかし、それがきっかけとなり、自分自身に対して「競技を続けるのか否か」を問い直すことになりました。経済的に切り離され、送り迎えもなくなり、バスで2〜3時間かけてリンクに通う生活。

でも「他人任せではなく、すべてにおいて自分で決めて行動するようになってからは心理的抵抗が少なくなりました。いい意味で真摯(しんし)にスケートに向き合えるようになり、自尊心も向上したと思います」と語りました。

ロッカールームでアイススケートの靴ひもを結ぶ
写真=iStock.com/FXQuadro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FXQuadro

自分の選択と自分の力で自分の道を歩む。

未来さんが「オーナーシップ」を手に入れた瞬間でした。

その後、スケーターとして再び輝き始めた未来さんが、オリンピックで偉業を成し遂げたことは前述したとおりです。また、ご両親との関係も良い方向に向かったそうです。

■自ら「所有」して決断することが根本的なやりがいや意欲へ

「自分に関わる決断は責任を持って自分が行う」ということをオーナーシップと言い、個人が与えられた職務やミッションに対して主体性を持って取り組む姿勢やマインドのことを指します。

例えば、他人の存在や発言が自分の評判や成績などに影響してマイナスの結果になったとしたら割り切れない思いや悔しい気持ちが湧いてくることでしょう。また期待されていると感じているのに結果が出せないことは誰にとってもとてもつらいことです。

でも、自分がやると決め、自分のコントロール下でできることはすべてやった結果、起きた失敗や成功ならどうでしょうか。

過程も含めて「自分のものだ」と思えたら、どんな結果でも潔く受け入れて、自分を信じて前に進んでいける。それがオーナーシップの本質なのです。

恋愛関係でも、仕事でも、他人に委ねるということは、この先何が起こるのか、どう進んでいくのかが見えずに大きなストレスがかかるものです。

一方、自分で決断するのは勇気がいることかもしれませんが「自分という船の舵」を自分でしっかりと握って進んでいくと、傷ついても、たとえ結果が伴わなくても、納得のいく航海だったと振り返ることができることもある。

そして再び立ち上がり、進んでいくことができる。課題やミッションを命じられたり、従わないことへの不安や恐怖が原因となって何かに取り組んだりするのではなく、自ら「所有」して決断することは、根本的なやりがいや意欲につながるのです。

私が本書(『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』)で紹介した例の中でも、ハラスメントを受けた指導医に私の意見を伝える選択をした際、その後どんな結果になったとしても自分の発言には意味があると捉えました。

自分の決断も行動も、それに伴う結果も自分で「所有」したこと、これはまさしくオーナーシップだったのだと思います。また、相手がいての状況だったにもかかわらず、この状況で「私が」できることはなんだろうと考えたこと。それもやはりオーナーシップだったのです。

■受け入れて前に進む力――ラジカルアクセプタンス

再評価の過程において、まずは状況や感情を認識し、「受け入れる」ことが大切であると綴ってきましたが、この過程にも実は名前がついています。「ラジカルアクセプタンス」というものです。

忘れもしない羽生結弦選手の北京オリンピック。2度の金メダルに輝いたのち臨んだショートプログラムでは冒頭の4回転サルコウが踏み切れずに1回転に。思わずあっと声を上げてしまう場面でした。

そうなったのは、他の選手が練習時にトウジャンプをしたときにできた氷の溝にスケートの刃がはまってしまい、踏み切れなかったことが原因でした。

羽生選手はこのハプニングにも動じることなく、その後のプログラムを完璧に滑り切りました。3度目の金メダルに、そして国内外のファンからの期待がかかるオリンピックで、最後まで作品を完成させることに集中し、自分の美学を貫いた羽生選手の技術と精神力には尊敬の念を贈りたいです。

羽生選手は以前から「自分の運命は自分で決める」というオーナーシップを持った姿を一貫してファンに見せてくれていたと思います。その生き様に勇気をもらったのは私だけではないでしょう。

どうして羽生選手はあんなにも強くしなやかな考え方ができるのでしょうか。ここで私は「ラジカルアクセプタンス」という言葉を思い浮かべます。

これは心理学用語で、自分のコントロール下ではないことを良い/悪いの評価を下すことなく、「起きたこと」としてアクセプト(受容)することを意味します。

アクセプトすることは、諦めることでも、許容することでも、無理に忘れようとしたり、起きたことから湧いてくる感情を抑えつけたりすることでもありません。「起きたことは変えられない」という事実を認識し、受け入れて前に進む力というものです。

■渋滞でも「目的のない時間を楽しもう」と思えるか

ベストコンディションで臨むべく、選手たちはオリンピックに向けて、私たちが計り知れないほどの努力をし、コンディションを整えて来ています。にもかかわらず自分のミスではなく、たまたまできてしまった溝にはまり、1回転ジャンプになってしまった。

自分のコントロールが利かない状態に陥った場合、原因となる人や物事を探そうとしたり、事実を受け入れられず「ありえない」と否定したくなることはとても自然なことです。

しかし「過去を変えたい」「やり直したい」と望む気持ちが強ければ強いほど、精神的にはとても消耗し、強い抑うつや不安が伴います。

羽生選手が意識していたかどうかは定かではありませんが、私はあのわずかな時間で「ラジカルアクセプタンス」を行っていたと解釈しています。ありのままを受け入れ、前に進む力「ラジカルアクセプタンス」は、アスリートに限らず私たちにとっても有用な思考法の一つです。

例えば、渋滞にはまったときに、「あっちの道に行っていれば」と後悔したり、動かない周りの車にイライラしクラクションを鳴らしたりしたくなることもあるかもしれませんが、どんなにもがいても渋滞の中にいる事実は変わらないのです。

内田舞『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』(実業之日本社)
内田舞『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』(実業之日本社)

その事実を受け入れると、「この時間を使って好きなラジオ番組を聞いてみよう」「一緒に車に乗っている人と会話を楽しもう」あるいは「目的のない時間を楽しもう」と、自分の考えをただ赴くままに漂わせる時間を過ごせるかもしれません。受け入れることで前に進めることもあるのです。

私が受けたハラスメントの例でも、自分のコントロール下ではない仕方がないことを「仕方がない」と受け入れたことで、不思議と「ここから先の運命は自分のものだ」というオーナーシップが働いたのでした。

逆説的ですが、「仕方がないこともある」と認識することで、それ以降はむしろ自分のコントロールが利くと気づけたのです。

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内田 舞(うちだ・まい)
ハーバード大学准教授・小児精神科医・脳科学者
小児精神科医、ハーバード大学医学部助教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒、2011年Yale大学精神科研修修了、2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。趣味は絵画、裁縫、料理、フィギュアスケート。子供の心や脳の科学、また一般の科学リテラシー向上に向けて、三男を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した体験などを発信している。

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(ハーバード大学准教授・小児精神科医・脳科学者 内田 舞)

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