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ここの空気はハエでできている…「日本最後の秘境」南硫黄島で調査隊が見た"誰も見たことがない光景"

プレジデントオンライン / 2023年10月22日 14時15分

南硫黄島(写真=Karakara~jawiki/CC-BY-SA-3.0-migrated-with-disclaimers/Wikimedia Commons)

南硫黄島は、本州から南に約1200kmに位置する無人島だ。この島は過去に人が定住したことがなく、原生の生態系が残る。一方、その地形の厳しさから、これまでに調査は1936年、1982年、2007年、2017年の4回しか実施されたことがない。このうち2回の調査隊に参加した鳥類学者の川上和人さんの新著『無人島、研究と冒険、半分半分。』(東京書籍)より、一部を紹介しよう――。

■本州から南に約1200kmに位置する孤島

本書では、私がゆかいな仲間たちとともに南硫黄島という無人島で行った調査と研究について紹介したい。南硫黄島は本州から南に約1200kmの位置にある絶海の孤島だ。行政的には東京都小笠原村に属している。

この島は過去に人が定住したことがなく、人為的な撹乱を受けていない。このため、原生の生態系が維持されており、これを保全するため調査研究といえどもみだりに立ち入ることが制限されている。こんな場所は日本には他に存在しない。

この島の自然が保存されてきた背景にはとても合理的な理由がある。人類はこの島の自然を守ったのではなく、どちらかというと手が出せなかったのだ。

南硫黄島は半径約1km、標高約1kmの小島である。これは平均傾斜45度の急勾配の島ということを意味する。45度は四捨五入すると50度である。50度は四捨五入すると100度である。100度といったらすでに垂直を超えており、この島の地形の厳しさを如実に示している。さらに、島の周囲は数百mの崖で囲まれた天然の要塞(ようさい)となっている。この圧倒的な障壁が外部からの侵入を許さなかった。

【図表1】南硫黄島と各島の位置関係
出所=『無人島、研究と冒険、半分半分。』

■原生の生態系の姿が残る貴重な調査地

世の中のアプローチしやすい場所では、たいがい調査が進んでいるものだ。だからこそ、近づきがたい高嶺の花的な場所には未知の要素が多く残されており、研究対象として高い価値を持っている。

日本の島の多くは過去に人間の影響を受けており、手付かずの自然が残る場所はほとんどない。半径1000km以内に他の陸地が存在しない南鳥島でさえ、過去には海鳥の捕獲のために多くの人が入植したため、往時の生態系は破壊的影響を受けている。人為的な撹乱のない原生の生態系の姿を残す南硫黄島は、極めて貴重な調査地なのである。南硫黄島はその地形の厳しさのおかげで、山頂を含む調査はこれまでに1936年、1982年、2007年、2017年の4回しか実施されたことがない。

私は4回の調査隊のうち2007年と2017年の2回に参加した。これらは東京都が中心となって実施された自然環境調査だ。本書ではその経験に基づき、学術論文に書かれることのない調査の実態について紹介したい。

■突如として口の中を襲った不快感の正体

アルファ米にレトルトの麻婆丼をかけ、食欲を満たす。アルファ米はごはんを乾燥させたもので、水やお湯で戻して食べられる優れた保存食だ。デザートとして「甘栗むいちゃいました」もついていて、満足感が倍増する。

こういう過酷な野外調査では、食事だけが心安らぐひと時である。幸福のハードルは下がっているので、少しデザートがあるだけで大層幸せになれるのである。

日暮れ前の残光の中で食事を終えると、植生班は日中に採集した植物の整理をする。一方で、鳥類班はこれからもうひと仕事ある。夜間調査だ。

鳥類調査は私とハジメの二人で行う。ハジメは定点で、私は移動しながら調査を行う。この調査隊では安全のため単独行動を禁止しているので、それぞれバディとともに動く。私のバディはルート工作班のムナカタだ。ハジメは撮影班のヤナセとともに調査をする。

あたりはすっかり暗くなった。

調査道具をウエストポーチに入れ、デイパックを担ぐ。デイパックには水分補給のためのハイドレと携帯食が入っている。予定外に何かサンプルが手に入るかもしれないので、念のためチャック付きビニール袋も入れてある。

ヘッドランプを頭につけて立ち上がり、深呼吸をする。

「うっ、ぐぇっ! おぇ!」

突如として不快感が口の中を襲う。いや、口の中だけではない。胃や気管にも不快感が侵入する!

絶大な嘔吐(おうと)感とともに、世界で一番大きな声で咳き込む。苦しみのあまり目尻から涙があふれてくる。

なんと、ここの空気はハエでできていたのだ!

■顔の周りにまとわりつく数千のコバエ

山頂周辺には多くの鳥の死体が落ちていた。それぞれの死体が、その何百倍、何千倍の数のハエを培養していたのだ。今、私の頭にはヘッドランプが煌々と暗闇を照らしている。その明かりに無数のハエが集まってきている。

顔の周囲で数千のコバエが雲のようにまとわりつき、呼吸とともに口内に侵入してくる。重量割合で考えると、周辺の空気の約100%がハエである。

そもそも私は昆虫が苦手だ。その中でもハエは殿堂入りの上位ランカーである。おかげで気持ちが悪くて呼吸をしたくなくてしょうがないが、呼吸しないと死体の仲間入りをしてハエを増殖させる苗床になってしまう。

なんという皮肉! なんという悪夢!

しかし、冷静さを失えば奴らの思う壺だ。信じられるは我が身のみ、なんとか自力で解決するしかない。

問題は何か。最大の問題は私が昆虫を苦手なことだ。

ハエは昆虫である。しかし、この昆虫は何でできている? 彼らは海鳥を食べて成長したはずだ。つまり、彼らの体は海鳥でできているのだ。

そうすると、私の口に入ってきているのは、鳥なんじゃないのか?

なんだ、鳥か。ふむふむ、それならなんとか耐えられそうだ。鳥類学者だからな。

混乱状態から脱し、静かに呼吸を整える。口の中に入ってきたハエをぺッと吐き出す。入った数より出ていく数が3割くらい少ないような気がするが、まぁ鳥ならしょうがないな。

トリダカラダイジョウブ。トリダカラダイジョウブ。

おまじないを唱えながら、心のスイッチをオフにする。冷静さを取り戻した私は、いよいよ夜間調査を開始した。

■空から降り注いでくる無数の黒い鳥

私とムナカタは暗い山頂に立ち、その時を待っていた。

空の彼方から鳥の鳴き声が聞こえ始める。その声が近づいてきたかと思うと、鮮烈な風切り音があちこちに響き始める。

ヒュンッ、シュゥーーーーッ!

突然空から無数の黒い鳥が嵐のように降り注いでくる。宇宙船で爆走しながらアステロイドベルトに突入したらきっとこんな感じだろう。

【イラスト】調査隊は多数のクロウミツバメが大地に降り注ぐという稀有な光景に遭遇した
出所=『無人島、研究と冒険、半分半分。』

クロウミツバメの集団が空から繁殖地に帰還してきたのだ。おそらく周辺には数百羽、もしかしたら千羽以上いるかもしれない。

クロウミツバメは夜に巣に戻ってくる。その翼は滑空に適して細長く、小回りがきかない。このため、木や大地にぶつかりながら乱暴に着陸するのだ。結構な勢いでぶつかっているので、脳震盪を起こすものもいるだろうし、絡まった蔓に突入して身動きがとれなくなるのもうなずける。どおりで死体天国になるわけだ。

■私はなんとハッピーなんだろう!

いずれにせよ、これはミズナギドリやウミツバメなどの繁殖地でないと経験することのできない光景だ。私ももっと小規模なものなら経験があった。しかし、この島の状況は別格だ。

人間や外来生物の影響を受けていない南硫黄島では、海鳥たちは超高密度で繁殖している。おそらくクロウミツバメは山頂周辺だけで数万つがいが繁殖している。それがアメアラレと降り注いでくるのだ。

しかも彼らは光に誘引される性質がある。

体重わずか50g程度とはいえ、頭につけたヘッドランプめがけて四方八方から猛スピードで突っ込んでくるのだ。しかもその自動追尾型ミサイルの先端にはくちばしがついている。くちばしの先端は魚やプランクトンをとらえるため、鋭い鉤形だ。

ハエの時は精神面をやられたが、今回は肉体の危険を感じる。

しかし、それもまた喜びの一部だ。こんな経験ができる場所はなかなかない。しかも世界でここでしか繁殖していないクロウミツバメだ。

いやはや、この島に来ることができて私はなんとハッピーなんだろう!

■前回調査を行った塚本さんからの事前情報

クロウミツバメが降ってくることはわかっていた。なぜならば、前回調査を行った塚本さんがそう言っていたからだ。

ここでクロウミツバメが繁殖していることを発見したのは彼である。1982年の調査の時に、この鳥が営巣しているのを見つけたのだ。そして、夜になって多数のクロウミツバメが大地に降り注ぐという稀有な光景に遭遇した。

私は調査に来る前に彼に会い、その時の写真を見せてほしいと頼んだ。

「いや、それが不思議なことに写真をろくに撮っていなかったんですよ。次々にクロウミツバメが降りてくる光景に夢中になってしまったんでしょうね。後で気づいてびっくりしましたよ」

写真を撮り忘れるほど鳥が降り注ぐのだ。そんな事前情報があったので心構えはあった。しかし、聞くのと体験するのでは全く違った。

普段の調査ではどちらかというと逃げゆく鳥を追いかけるのが商売だ。だが、ここでは鳥の方から私に向かって飛んできてくれるのである。実に感慨深い。

クロウミツバメ(写真=Tony Morris/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)
クロウミツバメ(写真=Tony Morris/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

■調査隊に課せられた「25年前からの宿題」

ただし、私がここにきたのは鳥の調査のためだ。感慨にふけっていたいところだが、そろそろ本業に戻ろう。

ゆっくりと歩きながら、ルート上に出現する鳥たちの種類と個体数を順々に確認していく。そして、落ちてくる鳥たちを捕獲しては足環をつけて放す。

鳥を捕獲するのは楽しい。古代からの狩猟本能に火がつくのだろう。時々噛まれて血がにじむこともあるが、それすらもイヤじゃない。

捕獲される鳥の中で最も多いのはクロウミツバメだが、それだけではない。中にはシロハラミズナギドリも交じっている。前回調査の記録によると、シロハラミズナギドリは山頂近くでは見つかっていなかった。海鳥の島内の分布も変わっているのかもしれない。

この山頂部での調査にはもう一つの目的があった。それは、25年前からの宿題である。

塚本さんの報告によると、クロウミツバメでもシロハラミズナギドリでもない鳥の足跡が土の上についていたそうだ。しかし、その正体が何だったかは確認できていない。この第三の海鳥を見つけることが私たちに課せられた宿題だ。

■数十羽を捕まえたところで、異なる特徴の海鳥を発見

前回見つけられなかったということは、個体数が少ないということだ。これはすなわち、より多くの海鳥を確認しなければならないということを示している。

地上に落ちている海鳥を拾っては足環をつけ、時には顔に張り付いてくる海鳥をひっぺがして足環をつける。

数十羽を捕まえたところで、ついに異なる特徴を持つミズナギドリが見つかった!

シロハラミズナギドリ同様に、背が黒く腹が白い。しかし、シロハラよりもくちばしが長く、シロハラに特徴的な翼の裏の黒い模様がない。

これは、セグロミズナギドリだ!

さらに探していくと、数は少ないもののセグロミズナギドリが一定の頻度で見つかる。数えてみると、標高800m以上では見つかった海鳥の6%がこの種だった。

ミズナギドリが陸地に飛来するのは、基本的には繁殖のためだけだ。彼らはここで繁殖している可能性が高い。

セグロミズナギドリ(写真=YasuhikoK/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
セグロミズナギドリ(写真=YasuhikoK/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■状況証拠から結論づけられたこと

捕獲をしていると、セグロミズナギドリのくちばしや足が土にまみれていることに気づいた。ということは、彼らは穴の中に入っているのだ。ミズナギドリ類は地面に穴を掘って、その中で卵を産み子供を育てる。土が体についているのは穴の中にいたことを示している。

セグロミズナギドリは世界に広域に分布する種類だが、小笠原で繁殖する集団は固有の亜種とされている。ただし、この亜種の繁殖地がどこにあるかはわかっていなかった。奇しくも南硫黄島調査を行ったのと同じ2007年に、父島列島の東島でこの鳥の営巣が初めて確認されたが、それ以外に繁殖地は見つかっていない。

残念ながら南硫黄島では巣そのものを見つけることはできなかったが、状況証拠からセグロミズナギドリは山頂周辺で繁殖しているものと結論づけられた。

なお、先述の通りセグロミズナギドリもシロハラミズナギドリも背中が黒くお腹が白い。実はミズナギドリ類はだいたいこの色彩をしている。ちょっと名前が無個性すぎやしないかい?

■安全な調査のため、休息をとるのも仕事の一部

良い調査結果が得られて、とても満足だ。

だが、昼には鳥の調査をして夜にも鳥の調査をしていたら、寝る暇がなくなる。一晩中鳥を捕まえていたいが、明日からも安全に調査をするために休息をとるのも仕事の一部だ。

私たちは山頂に戻り、事前に用意しておいたツェルトの中に入る。ツェルトはペラペラのナイロンの生地でできた簡易版のテントのようなものだ。テントのように密閉されておらず隙間だらけだが、軽くてコンパクトなのでこのような調査にはもってこいである。

この島には完全に平らな場所がないため、ツェルトの底は傾いているが、野外調査で快適さを求める方が間違っている。

ツェルトの中に横たわると、体に海鳥の匂いが染み付いていることに気づく。海鳥の体は魚のような生臭い匂いを発しており、捕獲するとそれが手や服につくのだ。この匂いは多少手を拭いたくらいではなかなか落ちない。

ナイロンの生地でできた簡易版のテント「ツェルト」
筆者撮影
ナイロンの生地でできた簡易版のテント「ツェルト」 - 筆者撮影

■うめき声と衝撃で目が覚める

とはいえ、すっかりかぎ慣れた匂いだ。

心地よい疲労の中、調査の興奮がおさまりまどろみが押し寄せる。

私はそのまま夢の世界に誘われた。が、その世界に突如魔物が襲いかかった!

「ウギャー!」

なにごとか⁉

うめき声と衝撃で目が覚める。

周りを飛び交うクロウミツバメが、ツェルトの隙間に突入し、そのまま私の顔にぶつかってきたのだ。動揺した私の口の中にパニックに陥ったクロウミツバメの足がはまり、お互いにびっくりしている。

しかし、勝手に入ってきて勝手にパニック状態になるとは実に勝手な話だ。とはいえ、我々が彼らの繁殖地に勝手に宿泊しているのもまあまあ勝手な話だ。

ここはお互い様ということで、我慢しよう。なんとか顔から鳥を引き剥がして、ツェルトの外に逃がす。

結局この夜は闖入者の定期的な来訪を受け入れることとなり、寝不足になったのは言うまでもない。

■夜のキャストが姿を消し、昼の舞台へ

翌朝のまだ暗い中で目を覚ます。日没後に飛来したウミツバメやミズナギドリは、夜中の間にオスとメスが抱卵を交代し、日の出の前にまた海に向かって飛んでいく。その姿を見るためだ。

ツェルトの外に出ると、海鳥たちが木に登って枝から飛び降りている。体重の軽いクロウミツバメには、ナンバンカラムシというちょっと丈夫な草をよじ登り、その上から飛び立つものもいる。

滑空に適した長い翼を持つ海鳥たちは、はばたきの力だけで地上から離陸するのが苦手なのだ。このため、高い場所からジャンプすることで飛び立つ。朝焼けの海に向かって飛んでいく姿は美しい。

海鳥がひとしきり飛び立つと、夜の喧騒が嘘のように静まり返る。一瞬の静寂の後に、メジロのコーラスが始まる。夜のキャストが姿を消し、昼の舞台への転換の合図だ。

そこで、はたと思い出す。

あれ? そういえば昨日はあんなにたくさんのクロウミツバメが飛来したのに、その光景を一枚も写真に撮っていないぞ!

塚本さんの言っていた通りだ。どうやら本当に心を動かす光景に出会った時には、写真を撮ろうなんて意識はなくなってしまうようだ。

写真撮影は、また次回の調査への宿題だな。

■野生生物研究の3つのステップ

調査を終えた私たちは、持ち帰ったデータやサンプルを前にして次の段階に進む。

現地での調査はあくまでも調査であって、研究の一部でしかない。研究というミッションの最初のステージと言ってもいいだろう。

絵画に例えるなら、今はまだ絵の具をそろえ、モデルが椅子に座ったところだ。これからカンバスに下絵を描き、絵の具をのせていかなくては完成を見ない。研究者にとっては、得られたデータやサンプルを分析し、その意味するところを解釈していくことこそが本分である。

野生生物を対象とした研究には、大きく三つの段階がある。

第一に、自然の中に存在する「事象」を明らかにすること。
第二に、その事象が生じている「条件」を明らかにすること。
第三に、その事象が生じる「メカニズム」を明らかにすること。

たとえば、南硫黄島では海岸から山頂までの全域で海鳥が繁殖していた。しかし、場所によって繁殖する種類が異なっていた。

海岸ではカツオドリやアカオネッタイチョウ、オナガミズナギドリが繁殖していた。標高500mには彼らはおらず、代わりにシロハラミズナギドリがいた。そして山頂ではクロウミツバメが見つかった。

まず、これで第一段階が明らかになったと言える。

■軽い鳥ほど標高の高いところにいく理由

次にこの標高による違いの背景にある条件を考えてみる。

すると、彼らの体重と標高に関係があることに気づく。海岸にいるカツオドリは1.5kgにもなる大きな鳥だ。アカオネッタイチョウは1kg弱、オナガミズナギドリは400g弱だ。コルを中心に分布していたシロハラミズナギドリは200gちょい、山頂のクロウミツバメは約50gだ。

川上和人『無人島、研究と冒険、半分半分。』(東京書籍)
川上和人『無人島、研究と冒険、半分半分。』(東京書籍)

つまり軽い鳥ほど高いところにいるのだ。これで第二段階が明らかになった。

そして、軽いほど標高の高いところにいくメカニズムを検討する。

大きな鳥と小さな鳥で喧嘩をすれば、もちろん大きい方が有利だ。海で食物を採る海鳥にとっては、海に近い場所の方が価値の高い繁殖地となるだろう。そんな場所をめぐって競争をすれば、大きな鳥が勝つはずだ。

一方で体重の軽い鳥にとっては、重力に逆らって標高の高い場所まで飛ぶこともそれほど大きな負担にはならない。海岸にこだわって大きな鳥と争うよりも、山頂方面に移動した方がコストが小さいのだろう。

■南硫黄島だからこそわかったこと

また、カツオドリやアカオネッタイチョウは地上に巣を作るが、ミズナギドリやウミツバメは地面に穴を掘るため、土壌が必要である。海岸近くで土壌が十分にたまっている場所は少ない。地中営巣者にとっては、土壌の多い高標高地の方が繁殖しやすいという事情もありそうだ。

こう考えれば、体重によって繁殖する標高が異なることは合理的である。これで発見した事象の意味が理解できた。

人間が島に住み始めると、その影響で海鳥が絶滅していく。そうなると、どの標高でどの鳥が繁殖しているのが自然なのかという情報が得られなくなる。標高と海鳥の種類の関係は、南硫黄島だからこそわかったことの一つだ。

得られたデータやサンプルに基づいて、この島の自然の持つ意味を明らかにしていくことが、調査を終えた研究者の次なるミッションなのだ。

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川上 和人(かわかみ・かずと)
鳥類学者
1973年生まれ。東京大学農学部林学科卒、同大学院農学生命科学研究科中退。農学博士。森林総合研究所鳥獣生態研究室長。南硫黄島や西之島など小笠原の無人島を舞台に鳥を研究。著書に『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』『そもそも島に進化あり』(ともに新潮文庫)、『鳥肉以上、鳥学未満。』(岩波書店)などがある。

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(鳥類学者 川上 和人)

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