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人間に「白目」があるのは、まったく当たり前ではない…自然界では危険で不利とされる能力が進化した理由

プレジデントオンライン / 2024年3月22日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Francesco Sgura

人間とそれ以外の動物の「顔」には決定的な違いがある。『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)を書いた大阪大学大学院の中野珠実教授は「人間はほかの動物に比べて目や眉が進化している。これは群れを作って集団で生活するうえで、意思疎通がしやすいからだと考えられる」という。ジャーナリストの末並俊司さんが聞いた――。(前編/全2回)

■白目が発達したのは人間だけ

――人間とそれ以外の動物の「顔」には決定的な違いがあるそうですね。

まず人間は、目と眉が他の多くの動物と異なった特徴を持っています。目は横長で、そして黒目と白目がはっきり分かれています。

人間に白目の部分があることについて、多くの人が当たり前のことのように思っていますよね。ですが、霊長類を含め、人間以外の多くの動物は、黒目の周りにメラニン色素が入っていて、人間における白目の部分が茶色である場合が多いです。なので、どこを見ているのか分かりにくい。一方、人間は黒目以外の色素が抜けて白く際立っているため、黒目がどこを見ているのかが分かりやすいんです。

実はこれ、自然界ではとても危険なことなんです。たとえば、敵と向かい合っているときなど、自分がどこを見ているのかが相手に容易に伝わってしまいます。また、仲間と餌を奪い合っているときなども、どこを見ているのかが分かるので、視線の先にある餌を取られかねません。

たとえばチンパンジーなどの霊長類も、まれに白目の部分の色素が抜けた個体が現れることがあります。遺伝子変異が起きやすい場所なのかもしれません。おそらく、われわれ人間の祖先にも同じことが起こったのでしょう。進化の過程でそれらの遺伝子が適応的に残って、いま現在の目の構造になっていったと考えられます。

そのような進化を遂げた理由としては、コミュニケーションしやすい目の構造を持つ個体のほうが生存に適していたからだと考えられます。群れを作って集団で生活する場合、お互いがどこを見ているのかが分かる方が意思疎通をしやすい。そういう意味で白目ってすごく重要なんです。どこに注意を向けているのかが容易に分かる。そのおかげで意思疎通しやすくなったのです。

■人間は他人の顔から「2つの情報」を読み取っている

――ほかにはどんな違いがあるでしょうか。

もう一つは眉の形状です。

眉には額を流れてくる雨水や汗を避ける役割があると言われます。人間以外の霊長類の骨の形を見ると、眉の部分の骨が出っ張っていることが分かります。汗や雨水を避けるのであれば、これで事足ります。

しかし、人間は額の部分が隆起し、眉のある部分まで平らな形状です。おかげで、眉を動かしやすく、表情をより豊かに作ることができるのです。人間の眉ほど微細な表情を作ることができる動物はいません。眉や目の動きやしぐさで、その人がどういう心情、状態であるのか相手に伝わる。そのように進化した目と眉の形状、これが人の顔の大きな特徴です。

立方体型の粒子で作られた人の顔
写真=iStock.com/imaginima
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imaginima

――人間は、他人の顔や表情からどのような情報を得ているのでしょうか。

人間の顔から得られる情報は大きく2種類です。ひとつはアイデンティティーに関する情報。簡単に言うと、その人が誰であるかを見極めるための情報ですね。対峙(たいじ)しているこの人が、誰であるかわからないと、コミュニケーションがとりにくい。この人は私の知っているAさんだと識別する必要があります。

これはAさん、こちらはBさん、という具合に、人間は当たり前のように人を見分けているように感じますが、実は人間の顔にはそこまで大きな違いはありません。この口の形だからAさんだ。この目はBさんだな、というような見分け方ではなく。実際、AさんとBさんの目や口のパーツを、写真上で入れ替える実験を行っても、人間は違いに気づきにくいことが分かっています。それよりも、目と目の距離とか、配置などの微細な位置関係を感じ取って見分けているのです。これは顔に特化した能力です。

もうひとつは、顔のちょっとした表情の変化や、目の動き、しぐさなどの情報です。これを読み取って、その人の内面にある感情や状態を推測する。眼の前のこの人の感情はポジティブなのかネガティブなのかを感じて、相応に対応するための手がかりとする。顔から得られる重要な情報です。

■5000人の顔を識別することができる

――人間は合計で何人くらいの顔を見分けることができるのでしょうか。

イギリスの研究グループが、25人の学生を対象に実験を行っています。家族や友人で思い出せる顔、見分けのつく顔、さらに政治家や俳優、ミュージシャンなどで同じように書き出してもらう。さらに3000人以上の有名人のデータベースを見せて、どの顔を知っているか、などのアンケートを繰り返しました。

その結果、知っている、見分けがつく顔はおよそ5000人と推計しました。この方法が最適なのか、と疑問に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、いまのところ同様の実験が他にないので、ここではこの数字を提示しておくことにします。

■生後すぐの幼児は「鏡の中の自分」を理解できない

――人間はいつ頃から、自分の顔と他人の顔を見分けられるようになるのでしょうか。

生後直後から、人間は顔というものを意識してはいます。ではいつ頃から、自分と他人、AさんとBさんを見分けることができるようになるのか。『進化論』で知られるチャールズ・ダーウィンは、論文の中で次のように語っています。

「息子が生後4カ月半のとき、鏡に映る私や自分の姿を見て繰り返し微笑み、間違いなく実物だと思いこんでいた」(Darwin,C.R.A biographical sketch of an infant.Mind,2,285-294(1877)※筆者訳)

“実物だと思い込む”とは、鏡の中に自分ではない誰かが実際にいると思っていたということです。ダーウィンは続けます。

「それから2カ月も経たないうちに、鏡の中の姿が実像ではないことを完全に理解するようになった」(前掲論文より)

つまり、そこに映っているのが実物ではなく、現実を映し取った鏡像である、ということを理解したという意味です。生後すぐの赤ちゃんは、鏡の中に見えているものが本当にそこにあると思ってしまう。でも徐々に、鏡の中に見える像は、自分や親の外見を反射した象徴だと理解するのです。

■鏡を見ることで恥の感情が強化されていく

一方で、人間以外の多くの動物は鏡に映る自分の姿を見ても、それが自分の姿を映し出しているだけの象徴的な像だと理解することはありません。人間の場合は、鏡のなかにある像が、自分を映し出したものだと理解するのと同じくらいの時期に、自分は自分である、という自己認知の能力も発達してきます。

鏡を見ている女の子
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

人間は鏡を見たら、これは自己を象徴している姿なのだという意識がすごく強くなります。子どもたちの様子を観察していると、鏡を見て恥ずかしそうな顔をすることがあります。これはつまり、ここに映っているのは自分自身の姿で、他人から自分はこんなふうに見えているのだ、という理解があるからです。

もしかしたら自分が思っている姿と違っていると感じるかもしれません。そこで「恥ずかしい」という感情が芽生える。これも自己認知が発達したからだと思われます。

■まばたきは研究者にとって“邪魔者”だった

――そもそも、なぜ顔についての研究を始めたのでしょうか。

きっかけは大学の卒論のために、「まばたき」についての研究を始めたことでした。

まばたきは、眼球湿潤(がんきゅうしつじゅん)のため、つまり目の表面を潤すためにするのだと、昔から言われてきました。もちろんまばたきをすると涙腺から涙が分泌されるので、眼球湿潤の効果はあります。ただし、そのためだけであれば、もっと規則的に発生してもいい。ところが、実際にはまばたきはわりとランダムに発生することがわかっていました。

私はもともと、ストレスなどと、人間の生理行動との関係を研究していました。たとえば心拍や呼吸は、機能が明確です。ところが、まばたきはよくわからない。さらに、どんな機能を持っているのかよくわからない、ということ自体もあまり知られていませんでした。その事実に気づき、まばたきに興味を持ったのです。

そもそも、研究者にとってまばたきは、目や脳の観察のための実験では“邪魔者”扱いされる存在でした。まばたきをすると脳に予期しない電位などが発生して、アーティファクト(データの誤りや歪み)が出てしまう。なので、観察対象にいかにまばたきをさせずに実験を行うかが、われわれ研究者の課題でもありました。でもそんな“邪魔者”が実はとっても興味深い存在でもあったわけです。

■まばたきは「出来事の切れ目」でも行われていた

――どのようにして、眼球湿潤ではないまばたきの機能を調べたのでしょうか。

注目したのが、まばたきをするタイミングです。もしまばたきが何らかの情報処理と関連して発生しているのであれば、同じ映像を見ているとき、自然に同じ場所でまばたきをするのではないか、という予測をたてました。これを検証するために『Mr.Bean』というイギリスのコメディー映画を見ているときに、人々がいつまばたきをしているかを調べる実験を行いました。

すると、同じ映画を見ているとき、人々のまばたきのタイミングが0.2秒以内の精度で同期していることが明らかになりました。ミスター・ビーンが「車を降りる」「画面から姿を消す」、あるいは「同じシーンが繰り返される」など、被験者が目の前に映し出されたストーリーから“暗黙裡の句読点”を読み取ったときに、ほぼ一斉にまばたきが起こっていたのです。一方で、美しい景色を淡々と映し続ける映像や、ストーリーがあっても音声を聞くだけでは、まばたきのシンクロは起きませんでした。

つまり、私たちは、無意識に環境の中から出来事のまとまりを見つけ、その切れ目で選択的にまばたきをしているのです。そして、そのタイミングが人々の間で自然と共通しているというわけです。

目を閉じた女性
写真=iStock.com/megaflopp
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/megaflopp

■機械や動物とも「まばたきのシンクロ」が起きる

――選択的なまばたきについて、ほかにどんなことが分かっているのでしょうか。

この研究結果を基に、再び『Mr.Bean』を使ってさらに研究を進めていきました。脳神経科学の研究手法を活用して、鑑賞者の脳内活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で測定しました。すると、無意識に生じたまばたきをきっかけとして、脳内の活動領域が一時的に交代していることが分かりました。

目を開けて映像に注視している時は、外界にある特定の対象に注意を向けることに関わる「注意の神経ネットワーク」が活発に機能しますが、まばたきをすると、その活動が一時的に低下します。一方、さまざまな内的思考に関連し、通常は安静時に活動している「デフォルト・モード・ネットワーク」が、まばたきと同時に活発化していました。

まばたきが脳内の主要な活動領域を切り替えるスイッチとして働いているのではないか、とわれわれ研究グループでは仮定しています。

中野珠実『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)
中野珠実『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)

実験を重ねるうちに、相手がまばたきをすると、自分も釣られてまばたきをする。つまり、相手のまばたきに自分もシンクロしてしまうということも判明しました。これは人と人だけではなく、アンドロイドなどの機械との間でも起きることが判明し、麻布大学獣医学部との共同研究では、犬や猫などのペットと飼い主のあいだでも、まばたきのシンクロが起こることが分かりました。

よく、対人コミュニケーションにおいて「あの人、なんか間が悪いよね」などと思うことがあると思いますが、この「間」という感覚とまばたきには深い関係性があると考えられます。

私が顔に取り憑かれるようになったのは、そうした研究が背景にあります。(後編に続く)

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中野 珠実(なかの・たまみ)
大阪大学大学院情報科学研究科 教授
情報通信研究機構(NICT)・脳情報通信融合研究センター(CiNet)主任研究員。1999年、東京大学教育学部卒業。2009年、東京大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。順天堂大学医学部 助教、大阪大学大学院医学研究科・生命機能研究科 准教授を経て、2023年より現職。著書に『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)がある。

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末並 俊司(すえなみ・しゅんじ)
ジャーナリスト
1968年福岡県生まれ。日本大学芸術学部卒。テレビ番組制作会社勤務を経てライターに。両親の在宅介護を機に、2017年に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を取得。「週刊ポスト」などで、介護・福祉分野を軸に取材・執筆を続ける。『マイホーム山谷』で第28回小学館ノンフィクション大賞を受賞。

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(大阪大学大学院情報科学研究科 教授 中野 珠実、ジャーナリスト 末並 俊司)

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