「黙秘で懲役2年」「自白したら即釈放」仲間と一緒に逮捕されたらどっちを選ぶべきかに対する合理的な回答
プレジデントオンライン / 2024年4月3日 17時15分
※本稿は、松波龍源『ビジネスシーンを生き抜くための仏教思考』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■きわめてロジカルな「輪廻転生」の哲学
本稿では、ポスト資本主義について「輪廻転生」を用いて、長期的・全体的な利益の重要性を説明しましょう。
輪廻転生とはご存じの通り、死んだら魂のようなものが別の身体に生まれ変わり来世を生きる、という概念です。意外かもしれませんが、実はこれは仏教らしくない考え方だといえます。
仏教は基本的に、とても合理的で科学的な哲学です。しかしその中に「魂が生まれ変わる」という非科学的な内容が、しかも結構大きなウエイトで入り込んでいます。
釈迦牟尼はとてもロジカルで、迷信のようなものはバッサリ切り捨てる人なのに、なぜ輪廻転生を否定しなかったのか。
これを科学全盛の現代人にどう説明すべきか、私なりに考えたところ、ゲーム理論の用語である「囚人のジレンマ」が使えるのではないかという仮説に行きつきました。まずはこの囚人のジレンマについて、簡単に解説しましょう。
共同で犯罪をおこなった2人の容疑者が捕まりました。別々の取り調べ室に入れられ、それぞれ刑事から取引を持ちかけられます。2人とも自白すれば懲役5年。
一方が自白してもう一方が黙秘したら、自白したほうは即釈放、黙秘したほうが懲役10年。2人とも黙秘すれば証拠不十分で2人とも懲役2年、という内容です。2人が連絡を取れないとき、囚人はどうするでしょうか。
■釈迦牟尼が輪廻転生や来世を否定しなかった理由
もしこれが1回限りの単発ゲームならば、相手を裏切ったとしても自白が有利です。自白すれば、釈放か懲役5年ですから。
けれど、これが無限に繰り返されるゲームだったらどうでしょう。相手を裏切って自分だけ自白すれば、次の回で仕返しされるかもしれません。そのため、互いに黙秘して2年に収めるのが妥当です。
これを、人の生死に当てはめて考えてみましょう。人生が1回限りの単発ゲームだとわかっているなら、周りを蹴落とし、自分の寿命が終わるときに利益を最大化できれば「勝ち」です。
でも、人生が1回限りなのか無限繰り返しゲームなのかは、わかりませんよね。そうであれば無限に繰り返すものだと仮定して、一人勝ちではなく、かといって自己犠牲の精神でもなく、自分と他者の利益を等しく考えて協力し、妥協点を見つけたほうが、戦略としては有利なわけです。
釈迦牟尼が輪廻転生や来世を否定しなかったのは、人生が無限繰り返しゲームであると仮定したほうが個人の人生も社会もうまくいく、という可能性に気づいていたからではないかと、私は考えています。
■どちらと仮定して生きるほうがより良い結果につながるか
この輪廻転生について、私が好きなエピソードを紹介します。私が直接教えを受けた、チベットの転生活仏(※)から聞いた話です。
その僧侶は、仏教が好きだというヨーロッパの男性から「仏教はとても合理的だから好きだと思っていたのに、迷信のような輪廻転生が含まれていることが許せない」と言われたそうです。
このとき、僧侶はどう答えたか。「輪廻の存在を証明できないことは認めましょう。ただ、輪廻が『存在しない』ということも証明できないのではないですか? たとえ科学の立場からでも」「たしかに」とうなずく男性に、僧侶は続けます。
「では、輪廻が存在すると仮定して来世の報いを恐れ、『いい人』として生きることと、来世が存在しないと仮定して好き勝手に生きること、どちらが有利だと思いますか?」
男性はしばらく考え、こう言いました。
「輪廻が存在するのと存在しない確率は50:50だから、存在する前提で生きたほうがトータルで有利だし、仮に存在しなかったとしても、周りを助けて『いい人』として生きるほうが豊かな人生になるだろうな」
こうして、仏教で輪廻転生が否定されていないことを納得したといいます。
世の中には、わからないことや証明できないことがたくさんあります。わからないけれども、どちらと仮定して生きるほうがより良い結果につながるか。この考え方こそ、仏教を現代に実装して生きることに他なりません。
輪廻を受け入れがたい方もいるでしょうが、仮に現世だけを見ても囚人のジレンマのロジックから、一つの判断が目の前のことだけでなく先々にも影響することは間違いないようです。
「良い行いは回りまわって自分に返ってくる」という言説はけっして精神論ではなく、合理的な法則であるように思われます。
■仏教がいう善悪とは
ところで、仏教で善悪を分けるポイントは「苦しみが発生するかどうか」ですから、善悪の審判を下す人格神は想定されていません。しかも「これが善だ」という絶対的な基準もありません。
すべてのものごとは相対性の中で存在するので、「この条件下ではこれが善と認識されるけれども、条件が変われば悪に変わり得る」と考えます。
正解があって、誰かがそれを与えてくれるわけではない。だからこそ、先ほどお話しした一人一人の真の賢さ、叡智が必要なのです。
仏教は、物質的なものごとや社会制度などよりも先に、その主体である一人一人の「心のあり方」を賢くしなさいと説きます。
そして、すべてはつながり合っているという世界観に基づき、目の前のことにとらわれず、局所も全体も等しく大切にしようという考え方をするのです。
ここまでの話で、仏教がポスト資本主義社会を考える鍵になりそうなことが、なんとなくイメージしていただけたでしょうか。
現生人類である私たちホモ・サピエンスは、原始人類のネアンデルタール人よりも個体の能力は劣っていたといわれます。
それでも進化の過程でホモ・サピエンスが生き残ったのは、「われわれ」の認識範囲がネアンデルタール人よりも大きく、他者と協力したからだと聞いたことがあります。
社会が少ししんどい状況にある今こそ、私たちはそれを思い出すべきなのかもしれません。
※チベット仏教の教義上において、衆生を教え導くために、如来、菩薩、過去の偉大な仏道修行者の化身としてこの世に姿を現したとされるラマ(師僧)を指す。
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僧侶・思想家
実験寺院寳幢寺僧院長。大阪外国語大学(現:大阪大学)外国語学部卒・同大学院地域言語社会研究科博士前期課程修了。ミャンマーの仏教儀礼を研究するうちに研究よりも実践に心惹かれ出家。現代社会に意味を発揮する仏教を志し、京都に「実験寺院」を設立。学生・研究者・起業家・医師・看護師などと共に「人類社会のアップデート=仏教の社会実装」という仮説の実証実験に取り組んでいる。
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(僧侶・思想家 松波 龍源)
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