1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

"野球バカ"の若者にビジネス教育して世の中に送り出す…"慶應"が仕切る四国プロ球団が併設の「大学校」の中身

プレジデントオンライン / 2024年4月7日 11時15分

慶應義塾高校前監督の上田誠氏 - 撮影=清水岳志

昨夏の甲子園で優勝した慶應義塾高校のモットー「エンジョイ・ベースボール」の礎を作った66歳の前監督。教員定年後、四国のプロ球団社長を務める教え子に誘われ、代表に就任。試合に勝てるチーム作りに励むと同時に、社長と共に選手がビジネスの基礎を学べる“大学校”を球団内に併設した。その狙いとは――。(取材・文=フリーランスライター・清水岳志)

■慶應塾高元監督「金太郎飴みたいな体育会的人間を製造しちゃダメ」

“エンジョイ・ベースボール”の礎を築いた66歳は江戸っ子のべらんめぇ調特有の小気味良さで周囲を和ます。

「あいつら、教え子だぜ。なんで子供みたいな連中と一緒に仕事しなきゃいけねえんだ」
「今までスポンサー回りなんてしたことないから慣れねえよ」

昨夏の慶應義塾高校(以下塾高)の甲子園優勝で高校球界をにぎわすエンジョイ・ベースボールブームだが、元をたどれば塾高の森林現監督の前任者の上田誠前監督にたどり着く。

1991年から2015年までチームを率いて夏1回(08年ベスト8)、春3回(05年ベスト8)、甲子園に導いた。

監督時代の上田誠さん
写真=上田さん提供
監督時代の上田誠さん - 写真=上田さん提供

礎を築いたというのは監督に就任した際に、現役高校生だった今の森林監督らと話し合い、意味のない上下関係を撤廃するなど新しい高校野球を求めて踏み出したからだ。

厳密にいえばエンジョイ・ベースボールは20年に野球殿堂入りした前田祐吉元慶大監督らも提唱し実践してはいるが、塾高では上田が熟成させ、森林が大舞台でお披露目させた形となった。

エンジョイ・ベースボールは社会にどんな役割を果たすか。頭髪を例にして思いを綴った上田のつぶやきがある。昨夏の塾高快進撃の最中のX(旧ツイッター)の発言だ(筆者が一部、要約)。

《「坊主頭にしようが髪の毛を伸ばそうがどうでもいい。しかし揃っている事に違和感を感じない若者を作りあげてるのは如何なものか。大袈裟だよと言われるかもしれないが、日本の社会は『横並び』に安心感を感じる文化がある(中略)みんな同じだと安心する構造は社会を膠着させると思う。

高校野球の伝統は大事。だけど新しい歴史を作るのも大事。金太郎飴みたいな体育会的人間を製造してはいけない。自分の主張を歳上でも上司でもはっきり言えれば周囲も見える。野球選手が社会に出てもっと活躍できる人材になるきっかけは髪型からと思うのは大袈裟かな」》

多様性が叫ばれる時代、いろんな価値観を持った者同士で社会を作ろう。それに野球界も寄与しよう、ということだ。

上田は高校野球にはもう関わっていないから、高野連に忖度もない。言いたいことは言うよ、と“粋”なオピニオンリーダーだ。

■60代半ばで教員定年でゆっくり年金暮らしのはずが…

小気味の良さは江戸っ子、と書いたが、神奈川の出身。生まれてこのかた神奈川から出たことがない浜っ子だが、60代も半ばをすぎて瀬戸内海を渡って四国に住むことになった。2024年1月中旬から香川で単身赴任を始めている。

「まさか、ゆっくり年金暮らしをしようと思っていたのにさぁ」

昨年春、塾高の教員を定年退職して、野球部の教え子の会社の顧問をゆるりとやっているところだった。

「たまにゴルフでもできりゃなぁ、って」

しかし、野球界はこの人を必要としているという事だろう。

昨年11月、プロ野球独立リーグの四国アイランドリーグplus「香川オリーブガイナーズ」(以下香川OG)の球団代表に就任することになった。

香川OGのユニフォームを着る上田誠さん
写真=上田さん提供
香川OGのユニフォームを着る上田誠さん - 写真=上田さん提供

6月にその教え子、福山敦士(35歳、05年甲子園出場。大卒後、サイバーエージェントへ入社、25歳で子会社取締役、27歳で独立し、次々に会社を起業)が香川OGをM&A。自らが社長に就いて上田に代表職を頼んだわけだ。

ただ、今度は勝手が違った。エンジョイ・ベースボールとは離れたところの野球との関りが仕事になった。

代表の仕事は主にチームマネジメントで、わかりやすく言うとGM的な役割だ。グラウンドの采配は監督で、球団経営は社長で選手の管理は代表になる。選手の編成を上田がすることになった。

独立リーグに所属するのは高校で甲子園に出られなかったり、大学でもケガをして公式戦に出られなかったりという選手もいる。まだ、NPBでプレーする夢もある。

しかし、独立で数年を経ても芽が出ずにNPBからドラフトされなければ選手としては希望がないと言える。次の仕事を模索したほうがいい。

いかにして諦めさせるか。ある意味、“終活のすすめ”“御看取り”をしてやるのが球団代表ということになる。

「今まで高校、大学の指導者で、“辞めるな”って言ってきた。“すみませんが、そろそろ辞めて次の道を”ってやってきてないからね」

そんな嫌な役回りだ。

選手のほとんどはまだ、夢にすがりたい。他のチームで続けられないか、と上田に訴える。各地の社会人チーム、クラブチームの知人に電話をしたそうだ。ここは培ってきた人脈が生かされた。

■“慶應”が仕切るプロ球団が「大学校」を併設させたのか

またもう一つが補強だ。チームが強くなってファンが増え、NPBに選手を送り出せば、球団も健全な経営につながる。そのためにいい選手を集めたい。

勧誘資料を自ら作成した。NPBと試合ができる、プロ経験者の岡本克通(元阪神など)監督の指導を受けられるなどを謳った。そして最大のセールスポイントはビジネス教育を受けられる「ガイナーズ大学校」を併設していることだ。

NPBは狭き門だし、行けたとしてもいずれは引退することになる。現役選手を終えたその後の人生のほうが長い。そこで迷うことなくセカンドキャリアを歩き出すための下地を作っておかねばならない。その知識を「大学校」で養うのだ。

「(社長の)福山がオンラインで講義を受けられる大学校を作った。社会人としてのマナー、パソコンの使い方、営業の仕方という基本から、ICT教育、金融、会計、マーケティングとか経済全般も教えます。チームを出るときに野球がだめでも、いい就職ができるように」

福山社長はIT系の会社を起業し、M&Aをしてきて実績は抜群。ある意味、ビジネススクールに来て卒業するようなものだ。香川OGはこのノウハウを他の独立のチームにも提供する仕組みを構築している。

「次のステップを必ず後押しする。セカンドキャリアを最優先で考える」

これまで野球漬けだった若者にビジネス教育をして世の中に送り出す。

「高校の指導者から独立リーグに来たのは初めてだろうからね。これまでにないことをやるよ」

上田と福山は四国で新しい独立チームを作って、日本球界に新風を吹かそうとしている。

上田はこれまで球界の現状を憂いてきた。

「小学生も中学も高校生も野球人口は減っている。一日も早く全体で対策を取らないといけない」

Xでも指導者のあるべき姿、球界の改革などについて日々、発信を続けている。

また1月の中旬に「神奈川学童野球指導者セミナー」の事務局代表として、「少年期のスポーツ障害を予防する」と題し、医師や監督経験者が講演したシンポジウムを開いた。これは定期的に開催していて7回目を迎えている。

セミナーで講演する上田誠さん
写真=上田さん提供
セミナーで講演する上田誠さん - 写真=上田さん提供

独立リーグのチームは全国に約30チームあって、拡大傾向にある。増える理由として、プロ野球は2軍までの狭き門、経済的に大学に行けない高校生がいる、大学生も試合に出る選手は限られる。社会人野球チームが減少していてもう一度、勝負してみたいという彼らの受け皿は独立、ということになる。

しかし、その独立のチームも赤字チームがほとんどで運営は厳しいと言われている。支援してくれるスポンサーは多くない。テレビ放送もなく放映権料は入らない。自前のユーチューブ放送がせいぜいだ。

香川OGの営業部隊に福山社長の慶応人脈、いわば、上田の教え子が加わった。中には社会人の名門チームで4番を打った者もいたり、一流企業を辞して加わった精鋭だ。すると昨夏以降は累積赤字を減らしていて、業績は上向いているという。

■エンジョイ・ベースボールの生みの親が実践するエンジョイ・ビジネス

香川OGの場合、球場が駅から離れていて集客には不便。人が集まらないから球場へのバスも廃止される悪循環。車で来るから酒を飲めない。野球場は食事ができて、グッズが買えてこそ金銭が落ちて経済活動が成り立つ。

福山社長は町の中心部、アクセスのいい場所に球場を作ろうと市長に談判していて、「見通しも立ちそうです」という。

とはいえ、上田は「こんなはずじゃなかった。失敗した」と言って豪快に笑う。この人は窮状でもいつも明るいのだ。

塾高の監督の時は横浜の松坂大輔(元西武など)を、東海大相模の菅野智之(巨人)を、桐光学園の松井裕樹(パドレス)を倒さないと、と思考を巡らせていた。社会人野球のレベルがないと神奈川は勝ちぬけなかった。

慶応大学の大久保秀昭前監督(現エネオス監督)、堀井哲也監督の下でコーチをやって、この時も充実していた。指導者全集中の時と比べると香川の選手はやっぱりレベルが落ちる。でも、向上心は同じだった。

「ここはこうしたほうがいいんじゃないの、ってちょっとアドバイスしたら喜んで食いついてきた。レベルの差はあるけど同じ野球だもん、選手は純真でかわいいですよ」

ボールを追う若者には技術に関係なく、ほだされる。昨年末の時点でこう言っていた。

「2月のキャンプにはグラウンドにジャージ姿で出る機会もあるかな。公式戦は遠征も含めてチームに帯同します。ただ、現場には監督、コーチがいて指導方針がある。積極的な技術指導はしないよ」

ところが、3月1日、代表と兼務でヘッドコーチ就任が急遽、発表された(教え子の営業担当もコーチ就任)。

「年があらたまって、コーチやマネジャーが辞めて、仕方なくヘッドコーチもやることになった。球団代表が本業でチームの用具車を運転し、審判の弁当も手配したり。もう、大変なことになってる(笑)」

3月中旬、電話口でそう言いながらやっぱり笑っていた。

「慶応は経済的にも恵まれてるし、野球がダメでも大学には行ける。香川の連中はほとんどがその逆で恵まれないやつばかり。彼らに愛を注ぐのが俺の仕事だなと思った。野球の面白さを教えたり、人としての成長を手伝ってやるのも楽しい。もう、前向き、前向き」

エンジョイ・ベースボールとその先のエンジョイライフのために、上田は彼らに持てるものすべてを授けている。それこそが66歳のエンジョイ・ビジネスでもある。

二十数年前、塾高の日吉台球場と同じように、讃岐から浜っ子が変革を起こす。優勝を見届けるまでは続けるつもりだ。

(文中敬称一部略)

----------

清水 岳志(しみず・たけし)
フリーランスライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

----------

(フリーランスライター 清水 岳志)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください