紫式部に好意をもっていたからではない…10年無職だった紫式部の父・為時を藤原道長が大抜擢したワケ
プレジデントオンライン / 2024年5月12日 17時15分
■10年も任官がなかった紫式部の父・藤原為時
筑前守と太宰少弐の任期を終えて都に戻った藤原宣孝(佐々木蔵之介)が、まひろ(吉高由里子、紫式部のこと)の父である藤原為時(岸谷五朗)の屋敷を訪れた。NHK大河ドラマ「光る君へ」の第18回「岐路」(5月5日放送)。
為時とは同年輩の親類で、友人でもある宣孝は、遠からずまひろの夫となる。ドラマでもその流れへの伏線として、宣孝は「まひろは打てば響くいい女になった。年を重ねて色香を増した」などと誉め言葉を投げた。また、唐ものの紅までまひろのために買ってきて、早速つけさせ、「よいではないか! 思い描いたとおりじゃ!」と満足げに言い放った。
まひろは、まんざらでもないように描かれていたが、為時が宣孝をうらやむ気持ちは、それ以上に強かっただろう。当時、中下級の貴族の多くは、国司になってひと儲けすることを望んだ。宣孝は変わった味がする唐の酒のほか、唐の薬なども土産として持参し、国守を経験してこその「富」を、為時の前で誇示していた。
為時は永観2年(984)、花山天皇(本郷奏多)の即位とともに式部丞、六位蔵人に任ぜられたが、寛和2年(986)に花山が出家して退位したのを機に官職を解かれ、以後、任官できずにいた。それだけに、国司を務めた宣孝の土産話も土産自体も、うらやましくて仕方なかったことだろう。
■道長政権の開始で起きたこと
この第18回で描かれたのは長徳元年(995)のできごとだが、この年はまさに「岐路」であった。藤原道長(柄本佑)の長兄で栄華を誇った道隆(井浦新)が死去し、あとを継いで関白に就任した弟(道長の次兄)の道兼(玉置玲央)も疫病で急死。
このため、道隆の長男ですでに内大臣の要職にあった伊周(三浦翔平)が、その後継になると思われた。しかし、一条天皇(塩野瑛久)の母で、道長の姉(道隆と道兼の妹)である詮子(吉田羊)の強い意向を受けて、後継には道長が選ばれた。
道兼が死去した3日後の5月11日には、権大納言で大臣になっていなかった道長を、内覧(天皇に奏上する文書を事前に見る役割で、職務は関白に近い)にする宣旨が下った。さらに、6月19日に道長は右大臣になり、太政官の首班にもなって、公卿の会議を主催するようになった。
こうして道長の世が訪れたことは、結果として、為時に幸いした。長徳2年(996)正月25日、道長が中心になって行われた最初の除目(大臣以外の官職を任命する朝廷の儀式)で、為時はまさに10年ぶりに官を得ることができたのである。
■突然「下国」→「大国」に変更
このときの人事の記録である「大間書」が残っていて、そこには越前守に「従四位上源朝臣国盛」、淡路守に「従五位下藤原朝臣為時」と書かれている。
諸国の長官である国守になるためには、一般には、少なくとも従五位より上位である必要があった。為時はずっと六位だったが、正月6日に行われた叙位で、従五位下に叙爵(貴族の爵位に叙せられること)されていたと考えられる。
ただし、日本国内の諸国は、その数が時代によっても異なるが、当時は68カ国ほどあり、国力によって「大国」「上国」「中国」「下国」に分かれていた。越前国は当時、13カ国あった「大国」のひとつで、生産力が高く、京都からも近いので、国守になることを希望する人が多かったのに対し、為時の赴任先とされた淡路国は「下国」だった。
倉本一宏氏は「受領の任官は申文を提出して、そのなかから選ばれるが、十年間も無官で五位に叙されたばかりの為時としては、下国の淡路守くらいが適当だと判断したのであろうか」と書く(『紫式部と藤原道長』講談社現代新書)。
事実、「下国」の場合、従六位下でも国守になる場合があった。すでに従五位下になっていた為時にとっては、淡路守への任命は、降格とさえいえる人事だったのである。
ところが、除目の3日後の1月28日、大きな変化があった。『日本略紀』には「右大臣(道長)参内、俄停越前守国盛、以淡路守為時任之」と書かれている。すなわち、道長の主導で、源国盛を越前守にする人事は急遽停止され、代わりに為時が任命されたという。赴任先が「下国」から一転、指折りの大国に変更になったのである。
■漢詩文の能力が奏功した
為時の越前守任官については、『今昔物語集』や『今鏡』などに、説話が載せられている。それらは概ね同じ内容で、『今鏡』に記されている内容を簡単に紹介すると、ざっと次のようになる。
除目で下国の淡路守に任じられた為時は、嘆いて以下の詩を書いた。「苦学の寒夜 紅涙襟をうるほす 除目の後朝 蒼天眼に在り(厳しく寒い夜も学問にはげみ、血の涙で襟を濡らしてきたが、除目の結果を知った翌朝、目には青空が映るだけだ)」。その詩を天皇に見てもらいたくて女房に託すと、一条天皇はすばらしさに感涙し、食事も摂らないほどだった。それを聞き知った道長は、為時を越前守にした――。
むろん説話の内容であり、そのまま史実とはいえないが、為時の漢詩の力が任官につながったことを示唆している。伊井春樹氏は「為時は文才によって越前守を射止めたことになり、学問の重要さがあらためて確認される」と記す(『紫式部の実像』朝日選書)。
また、前出の倉本氏は次のように書く。「この除目の直物(除目の訂正)において二人の任国が交換されたのは史実であるが、実際にはこのような事情で国替えがおこなわれたわけではなく、前年九月に来著して交易を求めていた朱仁聡・林庭幹ら宗国人七十余人(『権記』『日本略紀』)との折衝にあたらせるために、漢詩文に堪能な為時を越前守に任じたものとされる」(前掲書)。
やはり決め手は漢詩文だったことになる。
■道長が紫式部に対して好意をもっていたからではない
『本朝文粋』には、「去年(長徳2年)正月の除目」について、「参河守藤原挙直、越前守同為時、各所望の国に任ず」と記されている。つまり、為時は最初から申文には、越前守を希望する旨を明記していたことになる。
為時はこの10年、仕事がなにもなかったわけではない。宮中の儀式に参列し、詔書等を収めるといった記録はあるが、それだけで満足していたはずはない。国守として任地に赴きたいと思っていたのだろう。
とはいえ、10年も任官がなかった為時が、いきなり大国の国守への就任を希望するというのは、かなりの高望みだったと思われるが、それが叶ったのである。
おそらく「光る君へ」では、道長がまひろに対して抱き続ける特別な思いが、為時の任官になんらかの影響がおよぼしたように描かれるのではないだろうか。それに関しては、長徳2年(996)の時点で、道長と紫式部のあいだに面識があったかどうかもふくめ、断定できる話はない。
だが、ともかく、為時の漢詩の能力が評価され、その結果として、道長の判断によって希望どおりの越前守に任命されたことになる。つまり、道長の時代になったからこそ、為時が大抜擢される余地が生まれ、その家に光明が差した、ということはまちがいなく、為時も紫式部も、道長に大きな恩義を感じたことだろう。
■『源氏物語』に反映させた道長への感謝
この年の秋、為時は越前に赴任した。50歳を超えていたと思われる為時が、妻を伴わずに遠国まで赴くのだから、当面の世話をする人間が必要だった。おそらく、そうした事情から紫式部も越前まで同行した。越前の国府は、いまの越前市(旧武生市)の国府のあたりにあった。
紫式部はその後、1年ほど越前に滞在する。倉本氏は「もしかしたら為時が漢文のできる自慢の女(むすめ)も宋人との交渉に使いたかったのかもしれないが」と書く(前掲書)。そんなねらいもあったのかもしれない。
『源氏物語』の「少女」巻には、光源氏が不遇の学者を抜擢した話が記されている。これは紫式部、そして父の為時の積年の願いと、それが叶っての感謝の念が記されたものではないだろうか。
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歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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