目に見えない静電気を分子レベルで観測することに成功
PR TIMES / 2023年1月24日 17時15分
~材料固有の帯電特性の解明へ前進~
千葉大学大学院工学研究院の宮前孝行教授と大学院融合理工学府博士前期課程1年の井坂友香氏の研究グループは、表面の分子の状態を選択的に調べることのできる計測手法を用いて、絶縁体材料の表面に溜まっている静電気を非接触で高感度に検出・可視化する技術を開発しました。この手法は、従来の手法に比べて表面に存在する分子を選別することが可能であることから、材料の違いによる帯電のしやすさ、しにくさなどを示す「帯電列(注1)」の序列の原因や、「帯電の起源」を知る手がかりを得る重要な手法となることが期待されます。これにより、高度化した電子デバイスや製品に対する帯電防止の有効性を調べることが出来るだけでなく、帯電を自在に制御することで防汚処理をはじめとして新たな技術開発を加速することに繋がります。
本研究成果は2023年1月20日に応用物理学会速報誌Applied Physics Expressに掲載されました。
発表のポイント
・絶縁体の表面に溜まっている静電気による電場を非接触・高感度で検出、可視化する計測技術の開発に成功
・表面電位計ではとらえられなかった微小領域の帯電を捉えてマッピングすることに成功
・材料の違いによる帯電のしやすさの違いや、帯電の起源を知る手掛かりに
研究の背景
冬場や乾燥した季節に我々の身近に起こる静電気は、誰しもが経験している電気現象の一つです。この静電気は、電子デバイスの破壊、フィルムの吸着、製品へのゴミ付着などのトラブルを引き起こし、あらゆる製品における生産性低下の原因の一つとなっています。特に半導体生産現場では、高絶縁材料の使用や、半導体回路の微細化・材料の複合化に伴い、静電気に関わる問題が顕在化してきています。これまで静電気を計測・可視化する手法としては、表面電位計や帯電トナーなどが広く用いられてきましたが、空間分解能に乏しかったり、試料を汚染してしまうなどの問題がありました。しかも材料ごとの帯電度合いを見分けるのに必要な材料の識別性に乏しいという課題がありました。
研究グループでは、これまで材料表面や界面の分子の情報を選択的に計測・評価する手法として、和周波発生分光法(SFG分光法)を用いた有機物界面の評価・解析技術の研究を進めてきました(図1)。SFG分光法は高強度のパルスレーザー光を使った分光法の一種で、赤外光と可視光を同時に照射することで発生するSFG光を検出します(図1上)。さらにSFG分光法は、表面や固体内部の界面の分子の向きや反応などを詳しく調べることが出来ます。このSFG分光法では、試料に電界が存在する時には、その電界の強さに応じて得られるSFGの信号強度が増加する「電界誘起効果」と呼ばれる効果があることが知られています(図1下)。研究チームはこれまでに、この電界誘起効果を用いることで、有機ELや有機トランジスタなどの有機デバイスを駆動したときに、内部に存在する電荷の情報を高感度で選択的に調べることが可能になる計測技術を開発してきました。
[画像1: https://prtimes.jp/i/15177/684/resize/d15177-684-de2b75c4b8ab94e10dd4-1.png ]
研究の成果
本研究では、典型的な絶縁体試料であるポリプロピレンが帯電した際の表面についてSFG分光法を用いてその表面の分子の状態を調べました。その結果、ポリプロピレンを帯電させると、表面のSFGスペクトル強度が表面電位に応じて強くなっていく現象を観測することに成功しました(図2)。電界誘起効果によるSFG信号増加は、有機デバイスや水溶液中での電極界面、電解質溶液界面などでは報告がありましたが、本研究では、静電気による電荷が作り出す電界によって電界誘起効果が生じることを世界で初めて示しました。
[画像2: https://prtimes.jp/i/15177/684/resize/d15177-684-541bbedeccccff981c40-0.png ]
さらに、ポリメチルメタクリレート(PMMA・アクリル樹脂)の上に、有機薄膜としてステアリン酸アミドを薄く塗布した試料を用いて帯電によるSFGスペクトルを調べてみると、帯電することによって、有機薄膜で覆われている内側のPMMAに由来するSFGの信号強度が増加していることが認められました(図3)。これは、試料の帯電によって表面に存在する電荷に由来する電界が、有機薄膜に留まらず、下地となっているPMMA試料の内部にまで広がっていることを示しています。
[画像3: https://prtimes.jp/i/15177/684/resize/d15177-684-f896ae770a0aa38c673c-2.png ]
さらに、帯電によるSFG信号強度の増加を利用して、ポリプロピレンを部分的に帯電させた際の表面の状態について2次元マッピングすることに挑戦しました。ポリプロピレンの試料の一部をガラスで覆い、帯電させた後にガラスを取り除いてマッピングすると(図4)、ガラスで覆われていなかった部分ではSFG信号が顕著に強くなっており、微小な領域(~0.3 mm)での不均一な帯電を見分けることが出来ることを示すことが出来ました(図4右上)。またこの帯電した試料を一晩放置した後に再度測定したところ、表面電位では0 Vを示しているにも関わらず、SFGの面内マッピングイメージではわずかに帯電が残っていることがわかります(図4右下)。このことは、SFG分光が表面にごくわずかに残っている静電気でもその影響を検出出来ることを示しています。
[画像4: https://prtimes.jp/i/15177/684/resize/d15177-684-fc9a788745d9e6f3df3d-3.png ]
今後の展望
静電気による帯電は、古くから知られる電気現象であり、摩擦や接触、剥離などによって引き起こされます。この静電気については、経験的に材料によって帯電しやすいものとしにくいものがあることを示した「帯電列」として、18世紀から知られていました。しかしながら、分子構造が類似している絶縁体でなぜ帯電しやすいものと帯電しにくいものがあるのか?正に帯電しやすいものと負に帯電しやすいものがあるのはなぜか?帯電した際に表面の分子はどのような状態をとっているのか?など、分子レベルの情報については現在に至るまで殆どわかっていませんでした。表面に存在する分子の構造や状態を高感度で調べることが出来るSFG分光法を用いることで、長い間謎であった分子レベルでの帯電の起源や帯電列の序列の謎に迫ることが期待されます。このような観点から今後、材料の違いによる帯電特性の違いや、摩擦、接触帯電の起源、メカニズムに迫ることを目指します。
用語解説
(注1)帯電列:プラス側に帯電しやすい材質を上位に、マイナスに帯電しやすいものを下位に並べた序列の表。離れた位置にある物質を組み合わせるほど帯電量は多くなる傾向がある。テフロンや塩化ビニル、ポリエチレンなどはマイナスに帯電しやすく、ガラス、ナイロン、レーヨンなどは逆にプラスに帯電しやすい傾向がある。
研究プロジェクトについて
本研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(22H0204)の支援を受けて行われました。
論文情報
タイトル: Electrostatic Charges and Their Distribution on the Charged Surfaces Probed by Sum-Frequency Generation Spectroscopy
著者: 井坂 友香 1 , 宮前 孝行 2,3,4
所属: 1 千葉大学大学院融合理工学府,2 千葉大学大学院工学研究院,3 千葉大学分子キラリティ研究センター,4 千葉大学ソフト分子活性化研究センター
雑誌名: Applied Physics Express
DOI: https://doi.org/10.35848/1882-0786/acb1ec
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