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「窒息・骨折・気絶」米モルモン教信者が明かした虐待の様子

Rolling Stone Japan / 2022年11月1日 6時50分

ILLUSTRATION BY ROLLING STONE; IMAGES USED IN COMPOSITE YUICHIRO CHINO/GETTY IMAGES; CG-CREATIVE/GETTY IMAGES; A-DIGIT/GETTY IMAGES; KICKSTAND/GETTY IMAGES

2012年、29歳だったミア・チャードさんは岐路に立っていた。幼少期に受けた性的虐待のトラウマを何年もずっと抑え込んできたが、ついにふつふつと表面化してきたようだった。彼女は教会で働きながら、ソーシャルワークの修士号を取るために貯金していたため、セラピーに通うほどのお金はなかった。そこで末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教/LDS)の他の信徒たちと同じように、ビショップ(教会員の指導者)に助けを求めた。

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チャードさんが育った閉鎖的なLDSコミュニティでは、ビショップとは無償で働く聖職者であり、「監督者」として地元会衆を束ねるリーダーであり、もっとも尊敬を集める人々だった。なのでユタ州ファーミントンに「Life Changing Services」を設立したモーリス・ハーカー所長に会うようビショップから勧められた時、チャードさんには何のためらいもなかった。

年の頃は50代前半、穏やかな口調にがっしりした体格で、鋭い茶色の瞳に白髪交じりのハーカー氏は、LDSコミュニティでもかなり知られた存在だった。彼は個人カウンセリング事務所の他、ポルノ依存症に悩む男性などに向けたサポートグループも運営しており、ビショップらもしばしば同氏の禁欲マニュアル『Like Dragons They Did Fight(彼らは竜のごとく戦いけり)』を推奨していた。

ローリングストーン誌が取材した元患者らの描写によれば、同氏は非常にカリスマ性の高い人好きのする人物で、ミーティングでは開口一番「今週はどんな素敵なことがありましたか?」と尋ねるのが常だった。臨床心理士の修士号も持っていたため、元患者は禁忌とされる話題を気兼ねなく語ることができた。「彼の立ち居振る舞いは、仕事をちゃんと心得ているという感じでした」とチャードさんも言う。「それまで会った人よりも、私を自分の殻から少し引き出してくれました」

当初ハーカー氏との面会は週1ベースだったが、数年後には週数回に増え、やがて毎日になった。チャードさんいわく、治療に改善が見られないとハーカー氏から言われたためだ。2人は鬱や不安症や自殺願望について語り合ったが、ハーカー氏はチャードさんのネガティブ思考をすべて悪魔の影響のせいだと言い始めたそうだ。彼女は時折セッション中に乖離することがあった――性的虐待の後からあらわれ始めた習慣で、本人は「脳内逃避」と呼んでいる。2015年冬、身体的な虐待が始まったのもこうした乖離症状の最中だった。

「彼は私が自分を蔑んでいると、いわゆる悪魔祓いをするために私に近寄って、息ができなくなるんじゃないかと思うまで、私の鼻と口をふさぎました」と、彼女はセッション中に押さえつけられた様子を詳しく語った。「私を床に引きずり下ろし、馬乗りになりました。私は息ができないので抵抗しました。彼は私の中に悪魔がまだ残っていると思うと、同じことを繰り返しました」

2019年に録音された8分間の音源をローリングストーン誌が検証したところ、喉を詰まらせながら言葉を発しようとするチャードさんの様子が伺える。開始から7分後には、チャードさんがハーカー氏だと特定した男がこう言っている。「消滅したか? 自尊心を取り戻せたか?」


「証拠不十分」で起訴は見送りに

2021年5月にチャードさんが警察に申し立てた苦情によれば(ローリングストーン誌との取材でも本人より確認済み)、彼女は何年も週3~4ペースで通院していたが、ハーカー氏は1回のセッションで何度もこうした行為を繰り返した。ハーカー氏は高校時代にレスリングをやっていて、同氏の肘鉄でたびたび目の周りに青あざができたとチャードさんは警察に語っている(彼女は写真をローリングストーン誌に提供してくれた)。2017年にはセッション中に親指を骨折し、手術を余儀なくされた(この時の記録もローリングストーン誌に提供してくれた)。ハーカー氏からはセッション中の出来事を口外しないよう念を押された。そのつどチャードさんは自分の中に悪魔がいたことを謝罪して、ハーカー氏の手の内を決して悪魔に明かさないと誓ったそうだ。「わかってるよ」とハーカー氏。「君を信用している」

そうこうするうちに2人の力関係はずっと複雑になり、時には伝統的な「セラピストと患者」の境界線が崩れることもあったそうだ。「説明するのは難しいですが、彼は虐待の加害者であると同時に、安らぎも与えてくれたんです」(チャードさんの主張についてハーカー氏にコメントを求めたが、医者の機密保持義務を理由に断られた。ただし「どんなに激しい身体的接触――患者の身体を拘束するなど――があったとしても、それは本人や他人に危害を加える差し迫った危険がある場合など、極めて特殊な状況の時だけだ」とも述べた)。

ハーカー氏の患者で、身体的虐待疑惑を告発したのはチャードさんだけだ。だが他の患者も同氏から直接、または同氏の組織から治療を受けた際に、同じぐらい深刻な精神的ダメージを受けたと語っている。こうした人々はポルノやセックス、とりわけ自慰について宗教色の濃い教えをハーカー氏や同氏のグループから刷り込まれた結果、のちに激しい羞恥心や自己嫌悪を抱くようになった。「(ハーカー氏と彼のグループからは)自分との戦いだと教え込まれました」と語る32歳のアンソニーさんは2007年、17歳の時にハーカー氏のセラピーを受けた。「自分は悪魔との戦いの真っただ中にいるのだと言われましたが、実際は自分の身体、自分の手、自分の精神との戦いでした」

チャードさんは主にコミュニティ内でのハーカー氏の立場と、訓練を受けたセラピストだという事実から、彼を信用していた。2021年2月までの4年間、彼女はハーカー氏の診察を受け続けた。「悪魔への怒りがあまりにも激しくて、殺されるんじゃないかと思ったことも何度かありました。首を折られるんじゃないかと思いました」と本人。「抑えが効かなくなるたびに、彼の身が心配になりました。自分のオフィスで患者が死んだら、周りになんと言うつもりなんだろう?って」

2020年末、チャードさんは1人の友人とおしゃべりをしていた。その友人が自分のセラピー体験を語ったので、チャードさんもハーカー氏の治療について語った。「彼女もある程度は実態に気づいていましたが、上手く折り合いをつけていました」と、その友人(本人の希望により匿名)は語った。友人からの勧めで、チャードさんは2021年5月にファーミントン警察に通報した。

警察の調書には、ハーカー氏の治療で目の周りのあざや親指の骨折を経験した詳しい経緯の他、2019年の出来事で複数のあざを作り、気絶したことも語られている。チャードさんはこの時の様子を携帯電話に録音しており、通報の際には音源も警察に提出した。警察署とデイヴィス郡地方検知局はハーカー氏の起訴を見送った。地方検事は、気絶した原因が同氏の暴力だったと証明するには「証拠が不十分」だと述べた(ファーミントン警察署にコメントを求めたが、返答はなかった。デイヴィス郡地方検事局はコメントを控えた)。

その年の春、チャードさんは電話でハーカー氏を問い詰めた。チャードさんはこの時の音源をローリングストーン誌に提供した。通話によると、チャードさんがハーカー氏だと言う声の主は、セッション中に身体的暴力がたびたびあったことを認めているようにも聞こえる。42分間におよぶ通話の開始6分、彼女はこう切り出す。「初めて息ができなくなるほど口と鼻をふさがれた時、私は乖離していました。乖離はトラウマではよくあることじゃありませんか?」

「どうすればいいか分からなかったんだよ」とその男は言い、「乖離の度合いが、自分の経験値をはるかに超えていた」と続けた。

「ずいぶんな言いぐさですね。私は息ができなかったんですよ」とチャードさん。

「分かっている」と声の主。「分かっている、分かっているよ」

数分後、彼女は目の青あざを覚えているかと男に尋ねた。男は「思い出した」と答えた。さらに男は通話の中で、チャードさんとの治療中に一般的な医者と患者の境界線を破ったことを認めた。「自分でも驚いている。恥ずかしい。自分が腹立たしく、情けない。君の人生を台無しにしてしまった。正しい線引きができていなかったなんて、自分でも恐ろしい。毎回ちゃんと分かっていたんだ。でも自分が守れていないことも分かっていた」

その年、チャードさんは営業ライセンス部(DOPL)にも通報し、ハーカー氏の免許取り消しを申請したが、いまだ決着はついていない。ローリングストーン誌はハーカー氏に対する苦情の公式記録を請求したが、これに対してDOPLの代理人は「モーリス・ハーカーに対して正式な行政措置はまだ講じておりません。また捜査に関しては、否定も肯定もできません」と返答した。ハーカー氏本人は、「患者から提起された問題について、ユタ州DOPLに協力している」とローリングストーン誌に語り、DOPLに苦情が寄せられたのはこれが初めてだと付け加えた。

「制度そのものに苛立ちを覚えます」とチャードさん。「あんなにたくさん情報を提供したのに」


「自慰」は純潔の掟に違反する行為

モーリス・ハーカー氏本人は結婚および家族セラピーの専門家を自認しているが、実際はLife Changing Servicesの名のもとで、ポルノ依存症に苦しむ人々を対象とした一連のプログラムを実施している。ただし、本人はポルノ依存症という用語で分類することに異を唱えている――「誰もがSEOというゲームに縛られたマーケティング」などでは「ポルノ依存症」という用語が使われていることを認めたものの、組織が「拠り所」とする診断ではないという。

とはいえ、こうしたプログラムの多くがマスターベーションという悪魔をテーマにしている。LDS教会では自慰は純潔の掟に違反する行為とみなされ、重要な宗教儀式への参加が禁じられるほどの重い罪だとされている。Life Changing Servicesのサポートグループには、ポルノ依存症の息子に頭を悩ませる母親向けのMothers Who Know、ポルノ依存症や自慰に悩む男性向けのMen of Moroni、そうした男性の妻を対象にしたWORTH、「性的自制心を求める同性愛志向の男性」向けのSons of Sacrificeなどがある。また13~24歳の若い男性を対象にしたSons of Helamanは「性的自制心訓練プログラム」を謳っている。

2007年に法人として設立されたLife Changing Servicesには、現在40人の従業員と40人の契約臨床医が在籍し、セラピストから「パーソナル・ウォリアー・トレーナー」――患者に個人指導を行う無認可指導者――に至るまで、様々なレベルのサービスを提供している。厳密には教会の系列団体ではないが、LDSコミュニティへのサービス提供が目的なのは明らかだ。ローリングストーン誌がメールで送った一連の質問票に対し、ハーカー氏は自分の事業と教会との間に「正式な関連はない」としながらも、ビショップやその他聖職者に対して「我々が有効だと判断した内容に基づいた情報を提供する」ことを目指している、と答えた。Life Changing Servicesではそうした情報や事業案内に教会の文言を盛り込むことで、「奉仕する社会に敏感でいる」よう心がけているそうだ。「顧客の経歴と合わせて、こうした信念を認識することが、しばしばセラピーで成功を後押しするのに重要な一端を担っていることが分かっている」と同氏は述べ、会社として「顧客の信条を治療に取り入れる倫理的義務がある」と付け加えた。

教会もLife Changing Servicesの成功に重要な役割を担ってきた。3人の元従業員によれば、教会は一時期ハーカー氏の依頼人の少なくとも半数の治療費を全額または一部負担していたという。教会は長年ビショップを通じてLife Changing Servicesに定期的に顧客を紹介し、大勢の患者の治療費を負担していたことが、3人の元従業員との取材やハーカー氏個人のwebサイト、ローリングストーン誌が検証した同社の記録から判明した。

元従業員の1人マーシャル・ラム氏は、2012年から2016年までSons of Helamanというグループを仕切っていたが、同氏の推定では患者の1/4から半数はビショップからの照会だった。ローリングストーン誌が取材した元患者のうち6人が、2007年から2021年の間にそうした形でハーカー氏の治療を照会されたが、全員がハーカー氏から直接治療を受けていたわけではない。「若い男性がポルノの問題を克服する手助けをする、というのが彼らの考えです。彼らは金を払って、王国にふさわしい、またはそれ以上の逸材を得ようとしています」とラム氏は言う(ハーカー氏によれば、現在会社が抱える顧客の「大多数」は「教会からの財政支援や照会を受けておらず」、「約90%」が「紹介状なく自費で」通っているそうだ)。ハーカー氏は全米のLDS教会で講演や「懇親会」を行うことで、会社の株をあげている。「まるで偽善布教です――福音で金もうけをしている」と言うのは、ハーカー氏の下で働いていた元パーソナル・トレーナーのグレイソン・オヴェリー氏だ。「彼は救済を売り物にしています」


「教会の対応は間違っている」

チャードさんはといえば、いまだにDOPLからの連絡待ちだ。ハーカー氏が自ら進んで免許を返納するのか、あるいは免許委員会の前で聴聞会が開かれ、彼女も証言することになるのか、いまだ不明だ。教会側からも、ハーカー氏やLife Changing Servicesとの関係を断つつもりかどうか、まだ直接返答を得られていない。実際ハーカー氏によれば、ユタ州の指導者からは「セラピスト個人として」照会を停止すると言われたものの、「この指示にはLife Changing Services――とくに同氏が運営する研修グループへの照会は含まれない」とも言われたそうだ。DOPLの捜査については「今のところ我々の活動に大きな支障は出ていない……今回の一件から私も多くのことを学んだ。今後は上手く対処できると確信している」と述べた(教会側には、ハーカー氏だけでなくLife Changing Servicesとも関係を断つのかどうか確認を求めたが、返答は得られなかった)。

だがチャードさんは教会の対応に満足していない。「Life Changing Servicesとの関係を終わらせないという選択にはがっかりです。創設者はモーリス・ハーカーで、彼が運営しているのですから。こうしたプログラムはどれも彼の思想から生まれたものです」 彼女は今も教会に所属しているが、これまでの経験をふまえると「次のステップを決めようとは思っています。でも手も足も出ない状態です」と語る。

「怖いんです、教会の文化を良く知っていますし、教会について悪いことは一切言ってはいけない、教会にネガティブなイメージを与えるようなことは一切口にしてはいけないと教えられていますから」と本人。「でも教会の対応は間違っていますし、精神疾患のサポート方法についても変える必要があります。何かを変えなくては」

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