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<ビブリオエッセー>日本海をのぞむ城下町で  「葉桜と魔笛」太宰治

産経ニュース / 2024年5月10日 12時8分

旧海軍記念日の5月27日が近づくと決まって読み直す短編があります。「葉桜と魔笛」は日露戦争の日本海海戦を時代背景にした創作で、太宰ファンの私は昔、この小説で記念日のことを知りました。小説は太宰の得意とする女性の告白体で書かれています。

主人公の「私」と妹は島根県のある城下町に中学校長として赴任した父と3人で暮らしていました。母はすでに亡く、このとき姉の私は20歳、妹は18歳。妹は重い腎臓病を患って医者から余命を宣告されていました。

それは新緑がまぶしい5月のある日。「どおん、どおん、と春の土の底の底から」響いてくるような恐ろしい物音に驚き、部屋にたどり着いた私は妹に呼び止められます。「ねえさん、この手紙、いつ来たの?」

差出人は「M・T」さんでした。私は眠っている妹の枕もとに置いたのですが妹は「あたしの知らないひとなのよ」と言います。しかし私は知っています。いけないことですが妹の引き出しにあった一束の手紙を内緒で読んでいたのです。表の差出人はどれも妹の友人の、「いろいろの女のひとの名前」でした。男性が女の名で送ってきたのだとわかりました。

「姉さん、あたし知っているのよ」。終盤、妹は姉への感謝とともに、ある秘密を打ち明けます。

「神さまは、在る。きっと、いる。私は、それを信じました」で始まる一連の文章がいつも胸に迫ります。妹はそれから3日目、あまりに静かに、早く息をひきとりました。「私は、そのとき驚かなかった。何もかも神さまの、おぼしめしと信じていました」と結びます。

太宰は聖書に親しみ、創作にも生かしました。これも彼ならではの表現かもしれません。

大阪府吹田市 井内雅仁さん(73)

投稿はペンネーム可。650字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本や漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

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