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ロシア軍占領地での拷問の実態「私が泣き叫ぶのを見たがっていた」24時間監視、ペットボトルに排尿…26歳ウクライナ人女性が受けた暴力の数々…手と足の指にコードを結び、電気ショックも

集英社オンライン / 2023年9月29日 9時1分

2022年11月半ばにウクライナ軍は南部へルソン州の州都も奪還。ロシア軍が占領地域の防衛固めに動き、「消耗戦」の様相が強まっていた時期だ。なぜウクライナは当時、占領地域の解放作戦を急いでいたのか、占領下の実態を日本人記者が取材した。『ウクライナ・ダイアリー 不屈の民の記録』(KADOKAWA)より、一部抜粋・再構成してお届けする。

#1

「ここから二度と出られると思うな」

ウクライナ軍は2022年11月、8か月にわたりロシア軍に占領されていた南部ヘルソンの州都をついに奪還した。私は2022年12月と23年1月にウクライナ人記者Mと一緒に現地に入った。ウクライナがなぜ占領地域の解放作戦を急ぐのか。占領下の抑圧の実態と市民の思いを伝える必要がある。



私は取材したなかで、特に監禁され、拷問された市民の証言に息をのんだ。

友人記者Mのつてで26歳のオルハに話を聞いた。彼女は22年9月29日、自宅に押し入ってきた男たちにいきなり床に押さえつけられた。後ろ手で手錠を掛けられ、頭に布袋をかぶせられ、車で連行された。そして2週間、地下室に拉致監禁された。

オルハは老人や子供たちに食料や医薬品を届けるボランティア活動をしている。男たちは、彼女のソーシャルメディアへの投稿を問題にした。

「お前は下劣な人間だな。どうしてウクライナを支援しているのだ」

そして、ボランティア活動を紹介するソーシャルメディアでロシアを支援していると発信するよう要求してきた。それを拒むと、ひどく殴られた。顔に跡を残さぬよう、腹部などを強打し、「ここから二度と出られると思うな」などと脅された。

見知らぬ3人の男性と地下室の同じ部屋に閉じ込められた。ビデオカメラで24時間監視され、トイレに行くことも許されず、部屋の隅に置かれたペットボトルに用を足すことを強いられる。

ウクライナに二度と戻れなくなるという恐怖

そして別室に度々連れだされて拷問された。殴られるだけでなく、手と足の4本の指にコードが結ばれ、電気ショックが加えられる。それでも協力の要求を拒むと、体に水をかけられ、電流による痛みが増した。

拷問する男たちはみな覆面をしており、表情は見えない。日によって3〜5人おり、8人に取り囲まれたこともあった。

「奴らはこちらが怯えて、苦しむのを見て、明らかに楽しんでいた。痛みに耐えていると、男たちはいら立ち、さらに痛めつけるのよ。私が泣き叫ぶのを見たがっていた」

オルハは性的な虐待を受けたことも示唆した。

「服をすべて脱がされたこともあった……体を触られた」

私はそれ以上、突っ込んで質問するのをためらった。

オルハは私をまっすぐに見据えながら、感情を排して語っているように見えた。それでも射るような彼女の視線には、何ともいえない意思が表れている。

頭に浮かんでいるであろう自分を拷問した者たちへの蔑(さげす)みか、興味本位とも受け取られかねない私の質問へのいら立ちもあったのかもしれない。私は彼女が同じ目で拷問者を見ていたのではないかと想像した。

身分証を取られてロシアに連れていかれることをオルハは一番恐れていた。男たちはそこを突いてきた。

「おまえをヘルソンから別の場所に連れて行く」

ひどい電気ショックの痛みにくわえ、ウクライナに二度と戻れなくなるという恐怖から、拉致されてから2週間後に要求された内容をソーシャルメディアに書き込むことに同意すると、解放された。しかし、実際には一度もそんな書き込みはしなかったそうだ。

地下室の恐怖

オルハの取材のあと、多くの市民が拉致されていた市中心部の雑居ビルを訪れた。携帯電話のライトを手に薄暗い地下へ下りると、いくつかの部屋が並び、鉄のドアにそれぞれ黒スプレーで番号が振られている。

真っ暗で、冷たく、黒カビが生えており、まさに監禁場所そのものだ。絶望的な雰囲気にぞっとした。

市民が拉致監禁されていた地下室の雰囲気にぞっとした(2023年1月、ヘルソン)。『ウクライナ・ダイアリー 不屈の民の記録』より

3と書かれた部屋に入ると、案内役の男性が語った。

「私はあそこ(配管)に鎖でつながれ、ほかの3人の男性とともに、ここに1か月以上監禁されました」

この男性はロシア軍への抵抗活動に参加し、デモを組織したり、ウクライナ軍にロシア軍の情報を伝えたりしていた。そして、22年8月末に交際相手の女性とともに捕まってしまう。

地下の部屋はそれぞれ6畳から8畳ほどで、4人から10人ほどが収容されていた。室内にはビデオカメラが取り付けられ、24時間電気が点(つ)けられていたという。

3号室には、排尿排便のためのボトル、冷たい床に敷いて寝たという小さな薄い簡易カーペット、それに歯ブラシと歯磨き粉を入れた1つのコップが残されていた。歯ブラシはレジスタンス活動をしていると疑われた70代の男性が持参したものだそうだ。

男性によると、食事が与えられるのは週に1〜2回で、飲水が許される地下の水道の水は濁っており、Tシャツで濾(こ)して口に入れた。そして、オルハと同じように、殴打や電気ショックによる拷問を繰り返された。

拷問室は一階にあり、さらにビデオ撮影のための部屋もある。痛めつけて、ビデオの前でロシアを支援しているという「告白」を強要するのだ。

もし、自分だったら。そんな考えが頭をよぎった。ロシア軍の侵攻直後、キーウで私が怯えていたのは自分や家族がこうした状況に置かれることだった。私はきっと恐怖と痛みに耐えられない。

「1980年代を思い出したよ。ソ連と同じ空気だった。自由が消えたんだ」

ロシア軍による占領当初、ヘルソンの市民はウクライナ国旗を手に毎日、デモを行い、抵抗の意思を露わにした。

22年3月から4月にかけて、銃を構えるロシア兵や戦車に素手で向きあうデモ隊の投稿映像を私もソーシャルメディアなどで見ていた。それでも、やはり後からでも実際に現場で人々の思いに触れると響き方が違う。

当初は友好的な態度で臨んだ占領軍は、ロシアを受け入れようとしない市民にいら立ち、4月半ばから弾圧を強めていったそうだ。

監禁された男性によると、ロシア軍に協力する住民がおり、自分のことを密告したのが誰か見当がついていると語った。その人物はロシア軍の撤退と同時にロシア軍の占領地域に逃げたという。オルハも誰かに密告されたのだと話していた。

私が出会った市民の多くは占領下の生活をソ連時代と重ねた。20代のカフェのウェートレスは当時をこう振り返った。

「占領当初は数週間で解放されると思っていたから、日増しに絶望感が強まっていった。カフェは営業を続けていて、客にはロシア兵もいたわ……私はソ連を知らないけれど、みなソ連時代と同じだと話していた。どこに『協力者』がいて、密告されるか分からないから、うかつに話ができない。きっとスターリン時代の恐怖政治と同じよ……特に男性はいつでも捕まる恐れがあって危険だった。私の知り合いの男性も何人か監禁されて拷問を受けた。だから、町が解放されるまでの8か月間、私の夫は6日しか外に出なかった」

60代の男性もこう語る。

「1980年代を思い出したよ。ソ連と同じ空気だった。自由が消えたんだ」

それでも市民は抵抗を止めなかった。夜間のうちに、抵抗を示す黄色いリボンやウクライナの国旗を街頭の壁にペインティングした。

ロシア軍はそれを塗りつぶして回るが、また新たなところに、黄色いリボンが現れた。私が訪れた時も、街頭に当時のペインティングがいくつも残っていた。

22年8月ごろからウクライナ軍が反転攻勢に乗り出し、ヘルソンでも砲撃音が聞かれるようになると、恐怖ではなく、喜びを感じたと、市民はいう。

「仕事の後、カフェの仲間たちと歓声を上げたわ。もっと撃て、もっと撃て、ってね」

文/古川英治 写真/shutterstock

『ウクライナ・ダイアリー 不屈の民の記録』(KADOKAWA)

古川 英治

2023/8/17

¥1,760

304ページ

ISBN:

978-4041131350

ウクライナ人の妻を持つ日本人ジャーナリスト。人々が戦い続ける理由とは

第一章 恐怖の10日間 ―2022年冬
「君はどうするの?」
ルビコン川
私は当事者だ
「負けると決めつけている」
「我々の土地だ」
ゴーストタウンのオアシス
妻の決断

第二章 独りぼっちの侵攻前夜 ―2021~22年冬
現実を直視しているのか?
頼りになる取材先
「2日で陥落」
「半分殺す」
「準備はできている」のか?
これが日本だったら
最後の晩餐

第三章 ブチャの衝撃 ―2022年春
戦争と平和の間
君が正しかった
ジェノサイドの現場
恐怖ではなく怒り
ママとの再会
祝福は空襲警報
市民の抵抗疑わず
初めて団結した町
瓦礫の宮殿
地下の暮らし

第四章 私の記憶 ―2004~19年
広場を埋め尽くした市民
マイダンを死守した「コサックの伝統」
麻薬と冷笑主義
「反ロ記者」
「私たちを見捨てたのでは」
マリウポリの子供たち

第五章 コサックを探して ―2022年夏
陽気な兵士
泣くほど美味いパン
農業という生き方
敵を笑い倒す
勝利への貢献
ウクライナのレモネード
ライフ・ボランティア・バランス
発起人は民間人
「ハッカー」と接触

第六章 民の記憶 ―2022年夏
ママの生家
政治の話はタブー
生存者の証言
くたばるのを見るまで
かき消された歴史
最高のコーヒー
一晩で40発
ヴィバルディの響き
クールな市長

第七章 パラレルワールド ―2022年秋
ウクライナと日本の距離
初めての楽観
歴史家の疑問
早く帰りたい

第八章 ネーションの目覚め ―2022~23年冬
真っ暗な街
地下室の恐怖
ヘルソン行きの車掌
最年少の閣僚
「日本より進んでいる」
「勝利の世代」
成長した「ハッカー」
二度目の記者会見
もう1つの戦い

あとがき

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