能登半島の突端で出逢った、日本のプライドを点し続ける宝物のような灯台と、わたせせいぞう〜男一匹車中泊の旅
集英社オンライン / 2023年12月23日 19時1分
車中泊の北陸旅も3日目。朝起きて思いつきで訪れるのを決めた能登半島突端の禄剛埼灯台にて。旅人の気分はハートカクテルなわたせせいぞうから、誇り高きニッポンの心意気へと。
歴史的・文化的価値の高い灯台を、ラッキーにも独り占め
自力でカスタムしたオンボロ軽バンの車中泊専用カーで、東京の家を出発してから3日目。僕は能登半島最先端の町、狼煙(のろし)に到着した。
石川県珠洲(すず)市狼煙町……。
独特な町名の由来については諸説あるようだが、江戸時代、能登半島沖を航路としていた北前船に、ここから狼煙をあげて合図を送っていたからというのが、もっとも有力のようだ。
能登半島沖の海域は難所で、一歩間違えば船は佐渡島方面へ流され、遭難してしまったというから、当時の船乗りにとって、この町からあがる狼煙は重要な情報だったに違いない。
そんな狼煙の町からは現在も、船の安全を守るための合図が送られ続けている。
能登半島の奥地をぐるりと巡る通称“奥能登絶景街道”、県道28号沿いにある「道の駅 狼煙」に車を停めた僕は、そこから5分ほど歩いた先にあるという通称“狼煙の灯台”、禄剛埼(ろっこうさき)灯台を目指した。
その灯台について予備知識はほとんどなかったが、日本海に突き出した半島の最突端というシチュエーションから、かなりの景色が期待できるのではないかと、足を向けたのだ。
灯台へと続く階段道の前後には誰もおらず、僕一人きりだった。
禄剛埼灯台は歴史的・文化的な価値が高く、「日本の灯台50選」にも選ばれるほどの名所である。
駐車場から歩いてすぐというアクセスのしやすさもあり、観光シーズンには多くの客が訪れるという。
しかし、観光的にはオフシーズンである11月の平日という絶妙なタイミングだったため、僕はラッキーにも、その後も灯台を独り占めできたのだ。
灯台までの約300メートルの道のりは、かなり急勾配の坂で息が切れた。
でも登り切った先には、期待通りの素晴らしい絶景が待ち受けていて、疲れを忘れさせてくれた。
前日までの悪天候から回復し、広がり始めた青空をバックに屹立する白亜の灯台は、とても美しかった。
あまりにロマンチックな風景を前に突如発動した、わたせせいぞう的妄想
灯台としてはそれほど高くなく、どっしり構えて眼前の日本海を望む禄剛埼灯台。
地面から頂部までの高さは12メートルだが、いま僕が歩いてのぼってきた丘の上に建っているので、海面から灯火までの高さは48メートルになるという。
明治16年(1883年)初点灯という相当に古い灯台ながら、海上保安庁が管轄する歴とした現役選手で、現在も夜になると18カイリ(約33キロメートル)先まで届く5万5千カンデラの光を放ち、日本海を航行する船の道しるべとなっているのだそうだ。
灯室の下の一階建物は半円形で、石垣のような凹凸のあるブロックを積み重ねて造られている。
現在の禄剛埼灯台は遠隔コントロールされており無人だが、かつては灯台守が暮らしていたのであろうその建物は、西洋のお城を彷彿とさせ、この場の雰囲気をロマンチックなものにしている。
そう、昼下がりの“狼煙の灯台”は、非常にロマンチックだった。
この美しき灯台のある風景を眺めていると、もし僕がわたせせいぞうだったら、即座にハートカクテルのストーリーの一本も捻り出せそうな気がしてきた。
半島の突端にある白い灯台の下で、僕は彼女を待っていた。
1年前、僕が85%悪い喧嘩で家を出ていった彼女だ。
その後、風の噂で彼女が296km離れた西の港町に住んでいると知った。
僕はその町のミニFM局に葉書を書き、彼女と僕だけにわかるメッセージを送った。
彼女が好きだった、コニー・フランシスの曲のリクエストを添えて。
そして今、僕は灯台の下で彼女を待っている。
もし彼女があの放送を聞いていたら、もうすぐ坂道をのぼってくるはずだ。
11月だというのに暖かい日で、6ノットの南風が僕の左頬を通り過ぎた。
てな感じでね。
わかるかなー? わっかんねえだろうなー、わけえやつらには。
でも待てど暮らせど、僕の別れた彼女、ナミという名の髪の長い美女は現れなかった。
妄想なのでね。
ついついそんな妄想を発動させてしまうほど、オーセンティックな異国情緒漂う素敵な場所だったということを言いたいのだ。禄剛埼灯台というのは。
日本全国に数ある灯台の中で、なぜ禄剛埼灯台だけに菊の御紋章が施されたのか
さて、現実に帰ろう。
禄剛埼灯台には、日本全国に点在する他の灯台には見られない、ひとつの特色がある。
現地の案内板にも記されていたが、“日本で唯一「菊の御紋章」がある灯台”なのだ。
探してみると確かに、灯台の外側何箇所かに、天皇家の御紋であり、日本の国章にもなっている菊模様があしらわれているのが確認できた。
まずは海の反対側、建物正面の上部に掲げてある銘板。
「明治十六年七月十日初点灯」という文字があり、その上にやや変形パターンではあるが、まさしく菊の御紋が描かれていた。
また、灯台の上部にぐるりと一周設置された、「踊り場」と呼ばれる金属製の台を支える金具に、菊の模様が施されているのがわかる。
そのほかにも、一般人は年に数回おこなわれる内部公開日にしか確認できないが、屋内の天井にも菊の御紋が施されているのだとか。
ふむふむと思いつつ僕はその場でスマホを使い、日本でこの灯台だけに、なぜ菊の御紋が施されているのかを調べてみた。
しかしどうやら詳しい資料が存在せず、一種の謎になっているらしいということがわかった。
そして、「探検ウォークしてみない?」というブログ内の記事を見つけた。
https://soloppo.com/221021-lhquest-rokkou/
ライターの牧村あきこさんという方が2002年に書いた、『禄剛埼灯台だけになぜ「菊の御紋」があるのか』と題された記事の検証によると、どうやら禄剛埼灯台は実質的に、「日本人だけで設計・建造された初の灯台」なのではないかということなのだ。
海外から招聘された外国人技師の力を借り、急速に近代化を進めていた明治初期の日本では、次々と西洋式灯台が建造されていた。
だが明治14年(1881年)には、灯台建設に関わる外国人技師がすべて帰国。その後は日本人のみで、灯台を設計・建造しなければならなくなった。
同じく明治14年に初点灯した、福井県敦賀市の立石岬灯台が、“日本人のみで建設された最初の西洋式灯台”として知られている。
でも実はその灯台の設計・建造には、帰国直前の外国人技師が関与しており、その次に建造されたこの禄剛埼灯台こそが、真の意味で初の“純日本製灯台”だったのではないか、というのがその記事の趣旨だ。
写真で確認すると、敦賀の立石岬灯台も非常に美しい建造物で、やはり異国情緒漂うロマンチックな雰囲気だ。
禄剛埼灯台よりも小ぶりでシンプルなつくり。そして菊の御紋章はどこにもあしらわれていない。
行き当たりばったり旅でこその偶然の出逢いが、感慨をもたらしてくれる
僕は通りすがりの旅人に過ぎないので、これ以上詳しく調べることはできないが、どうも公式に謳われている立石岬灯台ではなく、ここ能登の狼煙町にある禄剛埼灯台こそが、「日本人だけで設計・建造された初の灯台」ということで間違いないのではないかと思える。
当時の日本人はその証として、禄剛埼灯台の随所に菊の御紋章をあしらったのではないだろうか。
西洋に追いつき追い越せという気概が込められた、唯一無二の菊の御紋章付き灯台の火が、建造から140年が経過した現在も点し続けられているのは、ちょっと感慨深いものがある。
そう思いながら禄剛埼灯台を改めて眺めると、日本海の先にある諸国に向かい堂々と胸を張っているようで、なんだかこちらも背筋が伸びる気がしたりしなかったり。
わたせせいぞうごっこなんてしてる場合じゃなかったのかもしれないけど、まあいいや。
僕の車中泊旅はまったくの行き当たりばったりで、狼煙の街に行こうというのも禄剛埼灯台を訪れようというのも、その日の朝に決めたこと。
だからこんなに素晴らしくも意味のある灯台に出逢えたのは偶然そのものなのだが、本当に良かった。
次の行き当たりばったりな出逢いは何だろうか。
期待に胸を膨らませながら、僕の旅はもう少し続く。
写真・文/佐藤誠二朗
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