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星間分子から初めて「炭酸」を発見 カルボン酸を含む分子の発見は半世紀で3番目

sorae.jp / 2023年9月6日 11時0分

「炭酸(Carbonic acid / HOCOOH)」は飲み物から環境問題まで様々な場面に登場する身近な化合物です。天文学で見れば、炭酸は生命の起源に関わる重要な有機化合物の素になった「プレバイオティック分子」の1つであると考えられてきましたが、これまで「星間分子」として炭酸が発見されたことは一度もありませんでした。

バリャドリッド大学のMiguel Sanz-Novo氏などの研究チームは、分子雲「G+0.693–0.027」の観測データから、星間分子として初めて炭酸を発見したと報告しました。また、その存在量から、星間分子における炭酸の役割も推定しています。

天の川銀河中心方向の天の川とへびつかい座ロー分子雲

【▲ 参考画像:天の川銀河中心方向の天の川とへびつかい座ロー分子雲(Credit: NOIRLab/NSF/AURA/ P. Horálek (Institute of Physics in Opava))】

■とても身近で、そして珍しい「炭酸」

「炭酸」という言葉を聞くと、多くの人は炭酸飲料を思い浮かべるでしょう (※1) 。化学的な意味での炭酸とは二酸化炭素が水に溶けた時に生じる分子のことを指し、 “酸” と名が付く通り弱酸性を示します。その性質上、大気中の二酸化炭素が海水に溶ければ海洋の酸性度が増加するため、炭酸は環境問題の1つである海洋酸性化の原因となります。

※1… “炭酸ガス” という言葉は、その名前に反して気体の二酸化炭素を指す名称です。ややこしいことに、水中から取り出した炭酸も常温では気体であると考えられていますが、少なくとも日常的な環境下の炭酸は速やかに分解されてしまうため、文字通りの “炭酸ガス” は身近には存在しません。

炭酸は天文学者も注目している分子です。それは炭酸が「カルボン酸(-COOH)」を含む分子であるためです。カルボン酸を含む分子は自然界のあらゆる場所に存在し、生命にとって重要なアミノ酸や脂質といった分子の素になったのではないかと考えられています。生命が誕生するには、まずその前に生命が存在しない環境でこれらの分子が作られなければならないため、その素となる「プレバイオティック分子」の種類や存在量を知るのは非常に重要です。

天文学者は、このようなプレバイオティック分子が「星間分子」としてどのくらい存在するのかに注目しています。星間分子は宇宙に広がる塵やガスのことであり、これらが集まると恒星や惑星となります。つまり、地球に住む私たちも元を辿れば星間分子を起源としているとも言えるため、星間分子にどのような化学形態の分子が存在するのかを知るのは重要なのです。

では、炭酸は星間分子として存在するのでしょうか?今までその答えは「いいえ」でした。ただし、地球以外の場所に存在するのか?と質問を変えれば、答えは「はい」となります。実際に水星の北極地域、火星の表面や大気中、木星のガリレオ衛星などで炭酸が検出されています。

しかし、これらよりも地質活動に乏しく、星間分子の情報が比較的保存されていると推定される小惑星や彗星では、炭酸は未発見のままです。これは、炭酸が水中以外では極めて不安定な分子であることが関係していると見られていますが、詳しいことは分かっていません (※2) 。これまでに炭酸が検出されている天体では、おそらく天体表面で独自に起こる化学反応によって炭酸が生成されたと推定されるため、星間分子としての炭酸とは関係性に乏しいと推定されます。

※2…水中から取り出した炭酸は気体であり、単独では安定な分子だと推定されます。一方で、近くに水分子や有機分子があると、炭酸は速やかに水と二酸化炭素に分解されてしまいます。小惑星リュウグウは過去に液体の水による変質が起きたとされており、その頃に炭酸は分解されてしまったのかもしれません。しかし、リュウグウよりも不活発であると推定されるチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星でも検出されなかった理由はよくわかっていません。

一方で、カルボン酸を含む他の分子まで対象を拡げれば、炭素に富んだ隕石(炭素質コンドライト)や、欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機「ロゼッタ」が周回探査を行った「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」の分析で見つかっています。最近では宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」がサンプルを採取した小惑星「リュウグウ」のサンプルの分析でも、カルボン酸を含む多種多様なアミノ酸が見つかっています。このため、プレバイオティック分子としてのカルボン酸は非常に注目度が高く、集中的に探索されています。

しかし、星間分子としてのカルボン酸となると、これまでに報告されたのは1971年に発見された「ギ酸(Formic acid / HCOOH)」と、1997年に発見された「酢酸(Acetic acid / CH3COOH)」だけしかなく、非常に珍しい存在でした。炭酸以外にも多数のカルボン酸を含む分子 (※3) が観測対象となっているものの、その存在は捉えどころのないものでした。

※3…これまでにアクリル酸、プロピオン酸、シアノ酢酸、グリコール酸、ヒダント酸、グリシンが観測対象となっています。

■分子雲G+0.693–0.027で炭酸を初検出

バリャドリッド大学のMiguel Sanz-Novo氏などの研究チームは、天の川銀河の中心部付近に存在する分子雲「G+0.693–0.027」に焦点を当て、炭酸が存在するのかどうかを調査しました。G+0.693–0.027はこの研究以前から注目度の高かった分子雲の1つであり、6原子以上で構成された複雑な有機分子に限定しても新しい分子が12種類も見つかっている、まさに “宝の山” と呼べる存在です。今回の研究では、いずれもスペインに設置されている「イエベス40m電波望遠鏡(スペイン国立地理研究所)」と「IRAM30m望遠鏡(ミリ波電波天文学研究所)」が観測に使用されました。

【▲ 図: 炭酸分子から放射される電波のh長ごとの特徴。放射が強く、他の分子からの電波と区別できる波長を持つ分子の形状はシス-トランス型であると推定される。 (Image Credit: Miguel Sanz-Novo, et al.) 】

【▲ 図: 炭酸分子から放射される電波のh長ごとの特徴。放射が強く、他の分子からの電波と区別できる波長を持つ分子の形状はシス-トランス型であると推定される(Credit: Miguel Sanz-Novo, et al.)】

電波観測の結果、炭酸分子から放射されるいくつかの電波をG+0.693–0.027の分子雲から検出することに成功しました。その存在量は水素分子(H2)に対して約200兆分の1です。検出された電波のうち特定の周波数(約40GHz)では予想通りの特性が得られたことや、事前に予測されていた「シス-トランス炭酸」という分子構造 (※4) が示されたことから、実際に炭酸を観測したと判断されました。これは星間分子では初めてとなる炭酸の発見であり、カルボン酸を含む星間分子としては3番目、酸素原子を3つ含む化合物 (※5) としては初めての発見でもあります。

※4…炭酸分子に含まれる2つの水素原子がどのような配置になっているのかによって、炭酸分子は「シス-トランス炭酸」「シス-シス炭酸」「トランス-トランス炭酸」の3種類存在し、それぞれが放射する電波の波長は異なることが推定されます。しかし、実験室での合成実験ではトランス-トランス炭酸の合成には成功しておらず、シス-シス炭酸は電波放射が極めて弱いことから、検出される可能性が高いのはシス-トランス炭酸であると推定されていました。

※5…これは化合物 (2種類以上の元素でできている分子) に限る場合です。単体 (1種類の元素でできている分子) を含む場合、最初の発見は1980年に発見されたオゾン (O3) となります。

今回の観測では、今までG+0.693–0.027では未発見だった酢酸の観測にも成功しています。また、安定性が低いためにトランスギ酸と比べて存在量が少ないと推定されるシスギ酸も、暫定的ながら観測に成功したと報告されています。

■星間分子の炭酸はもっと豊富に存在する?

今回の炭酸の検出は、「新しい星間分子の発見」という言葉以上の意味を持ちます。まず、炭酸の存在量が具体的に判明したことで、星間分子における炭酸の役割も今回推定することができました。例えば、ギ酸や酢酸と比較した時に、炭酸の存在量はそれほど希少ではないことが分かりました。炭酸は酸素原子を3個も含む酸素に富んだ分子であるため、星間分子における酸素原子の主要な供給源の役割を果たしている可能性があります。

また、G+0.693–0.027に存在する全ての分子に対するカルボン酸を含む分子の比率と、太陽系の始原的な物質に存在するカルボン酸を含む分子の比率は、ほぼ同じであることもわかりました。このことは、激しい熱が発生する惑星形成の現場を熱に弱い星間分子が生き延び、形成後の惑星に供給されていく可能性があることを示唆しています。

今回の観測では、分子構造がより安定していると見られる「シス-シス炭酸」の検出には成功しませんでした。しかし、Sanz-Novo氏が他の観測データから推定する限りでは、炭酸の本当の存在量 (シス-シス炭酸とシス-トランス炭酸の合計値) は水素分子の約8兆分の1であり、今回実測された炭酸の存在量と比べて25倍も豊富に存在する可能性があります。その豊富さにも関わらず炭酸が見逃されてきたのは、電波放射が極めて弱いという分子の特性が理由ではないかとSanz-Novo氏らは推定しています。性能が高い電波天文台による観測が進めば、より多くの炭酸が星間分子として見つかる可能性があります。

 

Source

Miguel Sanz-Novo, et al. “Discovery of the Elusive Carbonic Acid (HOCOOH) in Space”. (The Astrophysical Journal)

文/彩恵りり

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