「テスラ」にはあって日本企業に欠けているもの なぜ日本は世界からこんなに遅れてしまったか
東洋経済オンライン / 2023年12月19日 15時0分
「日本ではイノベーションが起こらない」といわれて久しい。日本が先端分野から後れをとる背景には、性能や品質を上げることを重視しすぎる経営思想があると、ソフトバンク社外取締役で、AIの第一人者でもある東京大学の松尾豊教授は指摘する。
本稿では、理系分野で活躍する東大教授10人が、ビジネスやIT、国家、AIなどについてトークを繰り広げる『東大教授が語り合う 10の未来予測』から、日本が世界に後れをとっている原因を探る。
PDCAのサイクルが加速している
松尾豊(自動運転を研究、以下、松尾):これは、僕が最近いろんなところで使っている複利計算の式です。「a」が元本、「r」が利率、「t」が運用期間だとします。
普通、みんな「r」を大きくしようとするんです。利回りのいい金融商品を買いたいし、新製品を売るために性能を上げるわけです。でも、こうやってrを高くしようとするのは従来型で、最近はこの「t」を大きくすることができるようになってきたんです。
「t」は「○○年後」ということなので、大きくするには、これまで「待つ」ことしかできませんでした。ですが近年、デジタル化が進んでPDCA(P= PLAN/計画、D= Do/実行、C= Check/評価、A= Action/改善)のサイクルがめちゃくちゃ加速しているんです。
GAFAなどは「ABテスト」を何万回と試して、いい方を取ることが可能になってきた。これは実質的に「t」を大きくしているのと同じことです。世界ではすでに「t」を大きくする戦いが始まっています。にもかかわらず、日本ではいまだに「r」を大きくすることに注力している。
「t」を大きくしようと思ったら、デジタル化したりAIを使ったりするのは当たり前です。そうして初めて、「失敗してもいいからまず試してみよう」とか、アイデアをたくさん出さないといけないので「多様性が大事」とか「オープンイノベーションが大事」とか「フラットな組織じゃないとダメですね」といったマインドになる。
つまり、「t」を最大化しようとすると、自然とシリコンバレー的になるんですね。その意味で、日本全体で最大化すべき目的関数が間違っているのではないかと思います。
大事なのは「速く動く」こと
加藤真平(人間の能力拡張が専門、以下加藤):「技術」の話は突き詰めると「組織」の話になりますよね。1人で物を生み出しているわけではありませんから。例えばいい技術を作ろうとすると、何人かで取り組むわけですが、100年かけて結果を出しても意味がありません。だから早く結果を出すためには、どうやってコミュニケーションを取るかを考えることになる。すると、やはり組織の話になります。
私もベンチャー企業で、最初は技術の話をしていても、会議を重ねるうちに大抵は組織の話になっています。でも、いいものを作るためには組織の仕組みが重要で、天才が何人かいるよりも、組織をうまく作れる方がよりいいものができるんです。
でも、組織の話には興味がない人たちも多い。特に技術者などはそういう人が多いので、そこはジレンマだなと感じています。「組織の話はしたくないけど、しないといいものが作れない」という感じですかね。
松尾:大事なのは速く動くってことですね。日本の組織は階層が深すぎて、動きが遅いんです。イーロン・マスクの「テスラ」は時価総額1兆ドルを超えて、主要自動車メーカー上位7社を合計した時価総額より上だといいますよね。でも、テスラはディーラー(販売店)をほぼ持っていないんです。テレビCMを使わずに口コミでマーケテイングしているんです。
テスラは生産工場をロボットなどで自動化していますよね。実はPDCAのサイクルを速めようとすると、それがベストなんです。他の自動車メーカーはみんな性能をよくすることに注力して「r」を取りにいっているけれども、テスラは「t」を重要視する戦略をとっている。これを大きくすると、指数的に成長する。だから、他社はやはり負けますよね。
瀧口 友里奈(以下、瀧口):PDCAといえば、以前、松尾先生から「PDCAサイクルがきちんと回っていることを確認する人」が必要だというお話を聞きました。
松尾:PDCAを回す知識が誰に溜まるのか、という話ですよね。従来は知識が部署に溜まっていたんです。例えばPDCAが1年で1周する場合、10年で10周ですから、その部署に1年いる人は自分たちが何をやってきたかがわかっていた。でも、もし半年で1周になり、1カ月で1周になり、1週間で1周になってくると、1年でめちゃくちゃ進んでしまいますよね。
そして、その担当をしていた人が部署から離れてしまうと、それまで溜まっていた知識がどっと失われます。ですから、誰がPDCAを回しているのか、どこに知識を保持していくのか、それをどうやって維持していくのかということは、すごく大事だと思います。
日本企業はなぜ「r」重視なのか
瀧口:ここで問題になるのは、日本企業はなぜ「r」を重視しやすいのかという点ですよね。何か理由があるのでしょうか。
松尾: 例えば、日本企業の商品がインドで売れないのは「品質が高すぎるために買われない」という話があります。しかし問題は品質ではなく、顧客に合わせるスピードが遅い、要するにサイクルが遅いということだと思います。
日本企業はこれまで1年単位で商品が作られていて、それである程度うまくいっていたので、いまだにそれを引きずっているんです。そして、根本的な問題を見ずに「なんとなくシリコンバレー的な雰囲気」であるとか「オープンイノベーション」だとか、形ばかりを追い求めようとしています。
そうではなく、本質である「t」の部分を重視して改善していけば結果は出るし、日本なりのtを大きくする方法があるはずだと思うんです。
合田圭介(セレンディピティ:幸運な偶然を可能にする技術を研究):その時に国がシリコンバレーを真似しようとするのは、ちょっとおかしい。そもそも、なぜシリコンバレーにIT関連企業が集中してイノベーションができたかというと、アメリカの中でも首都ワシントンD.C.から一番離れたところにあったからなんです。
トップ大学が首都にあるのはめずらしい
暦本純一(人間の能力拡張を研究、以下暦本):それで言うと、東京大学は日本の政府機関がある東京にありますが、世界的に見ると、政府の近くにある大学がその国トップの大学であるというのは珍しいことなんです。
例えばワシントンにある大学は、一般的な大学とちょっと違ったタイプの大学。スタンフォード大学は首都からかなり離れていますし、ハーバード大学も、イギリスのケンブリッジ大学も、田舎みたいな場所にあります。ですから、イノベーションをする人は政府の人たちと基本的に感覚が違っていて「政府に関係なく勝手にやりますよ」という気持ちでいると思います。
ところで、松尾先生にちょっとお聞きしたいんですが「r」は「選択と集中」に関係してくるんでしょうか。マスクがやっていることはすごくサイクルが早いんですけど、言い方を変えると「究極の選択と集中」をやっているように見えます。
松尾:そうですね。サイクルが速いというのは「ニーズの探索」「インプルーブメント(改善)」「顧客に対するパーソナライゼーション(最適化)」などの活動が同時に起きているということだと思います。その結果として選択と集中ができているのではないでしょうか。
暦本:たぶん、最初にプローブ(調査)みたいなことをしてから実行に移す。だから選択できる余地がある。けれども今の日本は、いきなり「このへんだろう」とか「アメリカがこのへんをやっているからやろう」みたいなことでやっているんですかね。
松尾 豊:東京大学教授
暦本 純一:東京大学大学院情報学環教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長
瀧口 友里奈:経済キャスター
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