日本製鉄、「USスチール2兆円買収」に動いた必然 経営リスクは覚悟で「脱ドメスティック」に進む
東洋経済オンライン / 2023年12月20日 7時10分
力を入れる市場は明確だ。インドは中国に次ぐ世界第2位の市場だが、人口当たり鋼材使用量は日本の約5分の1と成長余力が大きい。日系自動車メーカーの牙城であるタイは、自動車用の高級鋼板の需要が伸びる。
アメリカの需要は先進国で最大となる年間約1億トンあるのに対し、同国内の粗鋼生産量は8000万トン台。トランプ前大統領の時代に鋼材輸入に関税をかけたことでタイトな需給が続く。熱延鋼板を巻き取った「ホットコイル」は、中国経済の落ち込みからアジア市場はトン当たり600ドル台と低迷する中、アメリカ市場では1100ドルをつける。
人口増加も続くうえ、EVシフトを受けて日本製鉄が得意とする電磁鋼板など高付加価値鋼材の需要の伸びが期待できる。こうしたアメリカ市場の成長を享受するには生産能力が必要だ。
「外国の民間企業がグリーンフィールド(草が生えた土地から=イチから)で作るのは難しい。そこに今回の案件が出てきて条件に合った」。橋本社長はそう語る。
USスチールはアメリカ国内だけで高炉を8基(うち2基は休止中)、電炉を3基持っており、さらに2基の電炉を建設中。鋼板や鋼管に加工する下工程の設備も保有している。供給基地としては申し分ない。
加えて自社鉱山で鉄鉱石を100%自給できる点も魅力だ。日本製鉄はこの11月にカナダの鋼材会社へ2000億円、20%出資を決めた。良質な資源権益を囲い込むことは収益安定に加え、脱炭素をにらんでも重要だからだ。
USスチールが2019年に買収した電炉メーカー、ビッグリバースチールの存在も大きい。スクラップや鉄鉱石を天然ガスで還元した「還元鉄」から鉄鋼製品を作る電炉はCO2(二酸化炭素)の排出量が高炉に比べて圧倒的に少ないという利点がある。
反面、電炉では自動車用の高級鋼を作るのが難しいとされる。そうした中、ビッグリバーは「無方向性電磁鋼板」のラインを今年10月に稼働させた。EVで使われる高効率モーターに不可欠な無方向性電磁鋼板では世界で先行する日本製鉄でさえ、電炉での生産は昨年から始めたばかり。
実際、8月に森副社長はUSスチールの魅力としてビッグリバーの存在を挙げていた。ビッグリバーと日本製鉄の技術・設備の相互活用はUSスチール買収のわかりやすいシナジーになるはずだ。
買収の狙いについて橋本社長は、「世界の潮流は新しい経済安全保障。その中でどのように地球規模のニーズに応えるか」とも述べている。
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