かつてタブー視「肉食」が日本で普及した納得理由 675年には肉食禁止令、たどると深い歴史的経緯
東洋経済オンライン / 2024年3月16日 19時0分
寿司や天ぷら、蕎麦など、現代も食べられている料理が誕生した江戸時代。食文化が発展した時代でもありますが、肉食はタブー視されていました。しかし実際には、庶民から大名まで、さまざまな人が肉料理を楽しんでいたという記録も残っています。江戸時代の人たちは、いったいどのような肉を食べていたのでしょうか。
※本稿は安藤優一郎氏の新著『江戸時代はアンダーグラウンド』より、一部抜粋・再構成のうえお届けします。
肉食がタブー視されたのは「稲作」が影響
かつて、日本では肉食がタブー視された。殺生禁断を重視する仏教が日本人の生活や意識に深く根付いていたことが社会的背景として指摘されるが、仏教伝来自体はその契機ではない。
邪馬台国が取り上げられていることで知られる『魏志倭人伝』には、「倭人(日本人)は喪に服す間は肉を食べない」という記述がみられる。つまり、少なくとも仏教伝来より300年以上も前から、肉食はタブー視されていたということだ。
では、どのような理由から、肉食は忌避されたのか。一つには、仏教伝来以前より大陸から国内に伝わり、日本の代表的な農業となっていた、稲作との関係が指摘できる。
天武天皇4年(675)に、天武天皇は肉食禁止令を発している。仏教の影響だという指摘もあるが、禁令の対象は牛馬などに限られ、それまで日本人が食べてきた鹿や猪は除外された。これでは禁止する意味がないが、稲作への影響を鑑みると、目的が明らかになってくる。
この禁止令は、4~9月までの期間、つまりは稲作期間に限定されたものだった。おそらく、動物の殺生が稲作の妨げ(穢れ)になる、という考え方が広まっていたのだろう。稲が無事に実ることは、古代国家にとって重要であった。
米は聖なる食べ物として敬われていた。天皇も稲の収穫を祝って新穀を神々に供え、そして自分も食することで翌年の豊穣を祈願する新嘗祭を執り行った。だからこそ、不必要な殺生を控えることが求められたと考えられる。言い換えると、稲作に支障がなければ肉食は許容されたということだ。
翻って江戸時代に入ると、米の収穫高を社会的価値の基準に据えた石高制社会が到来する。江戸時代は米がすべての価値の基準となっており、土地の評価額から武士の身上に至るまで米で表示された。
それゆえ、肉食をタブー視する風潮が強まるのは自然の勢いだったが、人々が肉をまったく食べなかったわけではない。というより、世俗化した江戸時代において、食のタブーは揺らぎつつあった。
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