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むやみな「THE MODEL」導入の落とし穴 失敗企業に共通する“犯人”とは

ITmedia ビジネスオンライン 2024年4月19日 11時49分

 THE MODELとはセールスフォース・ジャパンが提唱する営業工程を4つの職域(マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス)に整理したモデル・理論だ。2019年に発売された『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』は10万部突破しており、今や関連ある職種の方なら誰もが耳にしたことがあるだろう。

 しかし「THE MODELを導入したがうまくいかない」「THE MODELの分業体制で弊害が起こっている」「THE MODELはウチには合わない」「THE MODELで視座が低い担当が増えた」といったコメントを多く聞くようになり、SNS上でも定期的なTHE MODEL批評のコメントが目立っている。

 そこで、THE MODELそのものが悪いのか、それともむやみに導入することが間違いだったのか、犯人探しをしていきたい。

 加えて、THE MODELの導入が失敗するとどうなるか、その要因と失敗しないためのアプローチについて解説する。

<後編:「ネクスト・THE MODEL」を考える 新時代の営業に求められる3つのアップデート>

●むやみなTHE MODEL導入が招く3つの失敗

 THE MODELでは下記の一連の概念と理論を紹介しており、「これは新しくて本質的だ」と多くの企業で導入が進んだ。

(1)営業活動の分業(マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス)

(2)営業活動の計数管理(リード、MQL、SQL、商談数、受注数)

(3)営業担当のヘッドカウント管理(必要な営業人数の採用計画)

(4)失注商談のリサイクル(過去商談相手のナーチャリング)

 しかし、ブームに乗ってむやみに、かつ中途半端に導入し、無理な分業をしてしまうことによる失敗も目立ち始めている。

 まず1つ目は、分業によって「業務の閉塞感」「キャリアの毀損」を個々人に感じさせてしまうことがある。

 THE MODELの分業論は、例えば、契約後の工程を知らない営業担当や、営業をしたことがないカスタマーサクセス担当を増やしてしまう。

 部門の中で職種を限定してしまったがゆえの縄張りができてしまい、縄張りを超えたその先がどうなっているのか、どういう事をしているのか、分からなくなる。その結果、電話でのアプローチしかしたことがない、新規商談しかしたことがない、といった人材が多く生まれる。

 セールスフォースでは、キャリアプランとして職種を変更していく在り方や、職種間を超えた会議体での交流など、分業をまたぐ組織設計の工夫をしている。業務の閉塞感やキャリア毀損がないように考慮をしているのだ。

 しかし、むやみに分業体制だけを強制的に組織にインストールし、業務やキャリアの工夫ができていない企業においては、「なんでこんな分業をしているんだ」「THE MODELは悪なんじゃないか」と、不信感を醸成してしまう。

 2つ目に、分業は顧客の体験プロセスをぶつ切りにしてしまい、大きな取引の絵を描けないという欠点もある。

 例えば、フィールドセールス工程での提案内容が、カスタマーサクセス工程に引き継がれないというのはよくある話である。

 本来は、顧客と取引を開始する前のタイミングで、どのようなきっかけで自社と接点を持ち、どんな話し合いを行い、誰がこの取引をどうやって前に押し進めて、どういう着地で取引が決まったか。自社にはどのような期待をしていて、どんなサポートを求めているのか――といった情報は引き継がれたうえで、「連続性のある体験」として顧客を支援したい。

 しかし「売る役割(契約前)」と「支援する役割(契約後)」が分断されることで、これまでの話し合いがリセットされてしまう。「なんでこの契約を取ったんだろう」と分からないまま取引がスタートしてしまう。

 後の工程で「さて、どうして導入されたんでしょうか?」と聞き直すと、顧客は「君たちと話してきたことが引き継がれていないのか? これまでの打ち合わせはなんだったんだ」となる。

 3つ目に、THE MODELの分業によって、受注後に「支援する役割」は担えるが、「売る役割」は担う能力を失っていることがある。

 契約後の工程で、取引金額を大きく膨らませることができないというケースも発生している。より深く踏み込んだ提案をすれば取引金額を上げていけるような大きな会社との取引があったときでも、カスタマーサクセス担当が予算獲得のための営業的なアプローチ能力を失っているため、取引を現状維持で済ませてしまう、という現象である。

 THE MODELはインバウンドのリードを中心としたSMB企業への対応施策として練られたもの。職種を越境するような大手企業向けのイレギュラーなケースに対応できなくなってしまっているのだ。

●THE MODELを導入して失敗……犯人は?

 では、なぜこのような失敗が起きてしまっているのか。

 その理由は、THE MODELが非常に「わかりやすい」からだ。わかるとは「分かる」と書く。THE MODELの分けられ方はとてもきれいで、論理的だ。よく分けられている。だから“分かる”。図で見たときに直感的に正しいと思えるし、営業活動の「正解」に思える。

 例えば、THE MODELで整理されているのは、下記のような職域全体ないしは各職域の整理されたロジックである。

・マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスの分業図

・セールスの商談ステージの整理表

・マーケティングリードの転換率データ

・インサイドセールスのスコアリングロジック

・カスタマーサクセスの更新リスク整理表

 これらは論理的にまとまっており、このまま導入すればうまくいきそうな正解の方程式にも見えてくる。しかし、THE MODELはあくまで著者が「私が正解としてこうであると考えた」というロジックや図であり、これが全ての企業組織の正解であると記されているわけではない。

 ただ、これだけ明快なロジックと図で整理されてしまうと、一種直感的にこれが正しいと受けていれてしまう。著者が「あくまで私の会社でこうしたという話で、皆さんはそれぞれの成功モデルを考えてほしい」と訴えていたとしても、人はこれが正しいと思える成功法則にすぐに飛びついてしまうのだ。

 つまり、THE MODEL導入失敗の犯人は、自社の状況を鑑みずに一種直感的に成功法則に頼ってしまった企業と、うっかり分かりやすくまとめ過ぎてしまった著者とのすれ違いにあるのだ。

 THE MODELのロジックの美しさ、図の分かりやすさから生まれるのは「目的と手段の混合」である。

 もともとのセールスフォースはTHE MODELの取り組みで「SMBのインバウンドリードを効率的に受注できる営業組織の仕組み化」という目的を設定していた。大手企業とのアウトバウンド営業やパートナー営業はすでにでき上がっていたからだ。(つまり、『THE MODEL』の書籍では、アウトバウンド営業の方法や、パートナー営業の方法についてはごっそり説明が抜け落ちている。)

 しかし、THE MODELを読んだ人は「目的があって→このモデルを考えた」ではなく「このモデルが分かりやすい→うちでも導入しよう」というロジックで取り組んでしまう。

 目的不在で手段が先行するものは、THE MODEL以外でもだいたい失敗する。THE MODELは素晴らしい施策である一方、分かりやすすぎたあまりに、読者は手段の説明に良くも悪くも反応しすぎてしまった。前提の目的整理を逃してしまっていることが、思考ミスを発生させてしまっている。

 本来は、自社の事業や営業における課題を整理して、最良の方法論を考え、これを組織的に実行するという順番が正しいはずだ。しかし、THE MODELは方法論と実行方法の文章ボリュームが多く、課題や目的の整理については十分に記されていない。そのため、課題や目的をすっ飛ばして、THE MODELを導入しようという話が多発してしまうのだろう。

●成功のヒント

 ここまで、明快なロジックと分かりやすい図解から、多くの企業が「これが正解のためのプレイブックだ」と誤解し、目的不在で導入が進んでしまうという「THE MODEL失敗の犯人」を紹介した。分かりやすい仕事術を紹介したという話のため著者に罪はなく、改めなければならないのは導入する企業側の姿勢にある。

 THE MODELで失敗しない方法を考える以前に、むやみにトレンドワードやフレームワークに飛びつく姿勢はやめよう。あらゆる企業活動に有効な考え方はない。自社の方向性や課題感にあわせて、何が最適かを考えて、施策や手段を決めよう。

 またTHE MODELの導入を考えるなら、分業の粒度、計測するデータ、導入するシステム、顧客の分類方法、コミュニケーション内容といった業務設計について、THE MODELの内容をうのみにするのではなく、あくまで参考にすることだ。THE MODELではこうしているが、自社はこうしたほうが良いのではないか、と考えることが重要である。

 分業や計測自体はTHE MODELの戦犯ではない。米国企業ではむしろTHE MODEL以上に細かいセールスオペレーションを設計し、これに合わせた分業やセールステック活用が進んでいる。

 THE MODELを前に思考停止するのではなく、今の自社の状況や、最新のセールスプロセスの考え方を整理して、最適な営業組織を作っていこう。

<後編:「ネクスト・THE MODEL」を考える 新時代の営業に求められる3つのアップデート>

筆者プロフィール:藤島 誓也 株式会社openpage代表

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