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朝ドラ『虎に翼』39歳俳優の“細かい動作”から目が離せない。長官室で鼻血を出した航一を抱きとめ

女子SPA! 2024年9月26日 8時46分

『虎に翼』(NHK総合)で、最高裁判所第5代長官・桂場等一郎を演じる松山ケンイチの動作がどうも気になる。

 長官室にひとりいる桂場は、とにかく細かな微動を繰り返すのである。長官に就任する以前、他の役職のときから考えると、彼の微細な動作がどんどん細やかに極められている。

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の松山ケンイチの動作に注目しながら、それが完全に封じ込められる瞬間を読み解く。

◆室内で対峙するふたりのパターン

「純度の低い正論は響きません」

『虎に翼』第25週第122回、長官室内。ドアを入ってすぐのところに立つ主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、最高裁判所第5代長官である桂場等一郎めがけて、そう言いはなった。寅子の声が少し震えているようにも聞こえる。

 寅子のほうへ、ギロッと鋭い視線をゆっくり向けた桂場が「なに」と低めの声で語気を強める。いたって冷静だが、強い怒りの声色が伝わる。寅子は桂場のほうへ進み出る。室内で対峙するふたりは、いつもこうだ。

 最初は必ず一定の距離を置き、この距離に妙な緊張感が漂う。次に席に固定されたように座る桂場に対して、ほとんど脊髄反射的に寅子がすたすた近づくのが、お決まりのパターン。

◆完全にひとりになった桂場の動作

 室内にひとりでいる桂場にも、ある種のパターンといえる一連の動作がある。大きく3つの段階にわけられる。1つ目は、第20週第97回で新潟から東京へ戻ってきた寅子が、東京地方裁判所所長室にやってくる場面でのこと。

 新たな異動先を命じた桂場が「早く行け」と言いながら、右手の甲を突き付けて、しっしとやるジェスチャー。一定のリズムを刻むその動作に合わせ、カメラが下手から上手へムーヴ。寅子が退室する寸前での動きだが、ほぼ室内にひとりの状態でいる桂場のこの動作とカメラワークとの連動が実に見事。

 2つ目は、第22週第108回。寅子が女性法曹の労働環境に関する意見書を読んだか、所長室に確認にくる。取り合おうとしない桂場に対して、寅子が激しく反論。突き返そうとした意見書を右手に持って静止させている桂場が、元あった位置に手をそろりと戻す。所長室で完全にひとりになった桂場の動作が、そろりで極まる。

◆最高純度の孤独として結実

 どうやら桂場は誰かが退室したあと(あるいは退室と同時)で、こうした微細な動きをする傾向にある。3つ目は、最高裁判所長官室での動作。第24週第120回、今度は寅子ではなく、ライアンこと、東京家庭裁判所所長・久藤頼安(沢村一樹)がやってくる。

 久藤は、亡くなった裁判官・多岐川幸四郎(滝藤賢一)が書いた少年法改正についての意見書を持ってくる。「じっくり読んで」と言って、書類を桂場の机にそっと置き、久藤は、静かに退室する。桂場は押し黙った状態で、口元にあてていた左手を下ろす。そして少し目をつむったあと、書類が置かれているほうへ視線を遣る。

 怒りや悔しさが同時に押し寄せ、まぜこぜになった恐ろしげな表情。やや顎を引いて、顔を固定させ、ただ一点を見つめる。画面上ではしばらく無音状態が続く。まるで1920年代の(特にドイツあたりの)サイレント映画に登場する強面のように写っているなと思った。

 桂場は、書類を手に取り、ページを開く。ちくしょう。何が何でも中身を読んでやるぞという激しい情念を感じる。ひとり長官室で孤独にうちひしがれる桂場の動作は、冒頭で引用した寅子の言葉とは裏腹に、所長室での2つの動作を経て、動作そのものが最高純度の孤独として結実している。

◆長官室のドアをノックする航一

 こうやって桂場の細かい動作に注目し、さっきの場面で最高純度のものを目撃しては、長官室で次にどんな動作が繰り出されるのか、まったく想像がつかない。長官室の桂場がひとり、想像上の多岐川から非難され、激昂する場面があったりするが、第25週第125回、思わぬ人物が場外からするりと入り込んだ。

 寅子の同僚判事であり、事実上の夫婦関係にある星航一(岡田将生)である。航一は、山田轟法律事務所に相談にきている斧ケ岳美位子(石橋菜津美)による尊属殺の調査を担当している。第121回での長官室場面。航一が桂場に「お疲れのようですね」と言うと、桂場が「それは君も同じだろ」と返す。

 第124回ラスト、航一が再度長官室に行く。ドアの前で息を整えノックすると、中から「入れ」と桂場の重々しい声。この場面の直前、航一の長男・星朋一(井上祐貴)が裁判官を辞めたいと激白した。半ば左遷的に家庭裁判所に異動命令がでた朋一は妻との関係性に深く悩んでいた。息子からの心の叫びを受けて、航一は自分に任せておけという表情で颯爽と長官室のドアをノックしたのだ。

◆桂場の動作を完全に封じ込めた瞬間

 長官室に入った航一は、尊属殺の重罰規定が違憲かどうかを再審議すべきだと主張した。桂場は「時期尚早だ」とだけ言う。寅子が意見書を出したときにも桂場は同様に言った。桂場のこの同語反復に対して航一はどう反応するのか。

 大人しく長官室から退室しようと、ドアを開ける。でも航一は出ていかずに、ドアの前で静止する。気になった桂場が少しだけ視線をやる。航一はドアを閉める。桂場もはっきり視線を定める。翻した航一が寅子のように「わかりません」と反復する。もう一度桂場の席に進み出るのだが、ただ寅子と違うのは退室しようとしたのに戻ったこと。

 もうこの際、「なるほど」と納得する気はさらさらない。航一は書類の束を机に叩きつけ、初めて声を荒げ、桂場に強く反発する。その瞬間、緊張と疲労が沸点に達する。彼は鼻血をだして倒れる。途中で抱き止めたのは桂場だ。

 長官室を一度退室しようとして翻り、退室しなかった人。それは、航一ただひとりである。誰かが出ていってひとりになる桂場によって長官室が微細な動作の独壇場になることを阻止しようとでもいうのか。

 寅子がかけつける。床に正座する桂場。鼻に紙をつめた航一が、桂場の膝に、頭を付けて仰向けになっている。膝枕をする桂場は、航一のためにできるだけ身体を縮こまらせ、全身を固定している。珍事ともいえる、この膝枕事件が、桂場の動作を完全に封じ込めた瞬間だ。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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