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睡眠不足が認知症を招く原因に?

ニューズウィーク日本版 2013年11月25日 13時44分

 たいていの人は毎晩、自分から進んで眠りに就く。当たり前のことだと思うかもしれない。だがこんな長い時間にわたって無防備な状態をさらすなど、生物としてはかなりのリスクを伴う行為だ。

 睡眠が生きていく上で重要なのは誰もが知るとおりだ。イルカは身の安全と十分な睡眠を両立させるために、脳を半分ずつ眠らせるというシステムを進化させた。

 では、人や動物はなぜそこまでして眠らなければならないのか。研究者や哲学者が長い間取り組んできたこの問いに、ついに答えが出たかもしれない。米ロチェスター大学医学センターの研究により、睡眠の背後にある科学が明らかになったのだ。

 昼間、さまざまな経験をするなかで脳は非常に大きなストレスにさらされる。脳は経験を取り込み、解釈し、分析し、項目分けし、かみ砕いたデータにしなければならない。脳にとっては大変な負担を伴う作業だ。

 そんな作業のなかで、脳には不要な老廃物がたまっていく。そうした有毒な物質を掃除し、片付けることに睡眠が大きく関与しているのではないか──ロチェスター大学の研究チームはそう考えている。

 研究チームは、特殊な染料をネズミの脳の周りを流れる脳脊髄液に注入し、覚醒時と睡眠時で染料の移動スピードがどう違うかを調べた。すると睡眠中、脳の活動自体は減少しているのに、脳脊髄液の中における染料の移動は覚醒時よりも多くなったという。

 実際には、人間の脳の周囲を流れているのは染料ではない。ベータアミロイドというタンパク質の一種だ。ベータアミロイドは長い年月の間に蓄積され、アルツハイマー病の原因となると考えられている。

 これが脳から除去されないと、だんだんと経路が詰まってニューロンの伝達システムが崩壊してしまう。そしてベータアミロイドの蓄積を防ぐ唯一の有効な手段が睡眠だ、というのが専門家の見方だ。

「覚醒時の脳は、車であふれるマンハッタンの昼間の道路のような状態だ」と、ハーバード大学医学大学院で睡眠を研究するチャールズ・チェイスラーは言う。「ゴミ収集車がゴミを運ぼうにも効率的に動けない。今回の研究によれば、覚醒時の『ゴミ収集』の効率は睡眠時のたった5%だという」



寝ている間に脳の「ゴミ出し」

「脳が使えるエネルギーには限りがある。だから覚醒して意識のある状態と、眠っていて掃除している状態との間で切り替えを行わなければならないのだろう」と、ロチェスター大学の研究チームを率いたマイケン・ネーデルガードは声明で述べた。「ホームパーティーを思い浮かべてみるといい。私たちはお客をもてなすことも、家を掃除することもできるが、両方同時にするのは不可能だ」

 リンパ系を介して組織液や脂肪酸を運ぶ体の他の部分と異なり、脳には栄養や老廃物を運ぶための独自の循環系がある。専門家はこれを「グリンパティック系」と名付けた。

 グリンパティック系で大きな役割を果たすのが脳のグリア細胞だ。今回明らかになったのは、睡眠時にはグリア細胞の大きさが縮むためにスペースが空き、脳脊髄液が流れやすくなるということ。「ゴミ収集車」を通すために道を空けている状態が起きるのだ。

 つまり脳の「ゴミ出し」こそが睡眠の基本的役割らしいということだ。

 では睡眠不足が認知力の低下などを招いたりする可能性はあるのだろうか? チェイスラーの答えは「イエス」だ。

「神経細胞がエネルギーを燃焼させたときに生じる副産物は神経細胞にとって有毒であり、除去しなければならない。この除去プロセスは睡眠中のほうが覚醒時より20%も効率がいいという」と、チェイスラーは言う。「アルツハイマー病の患者に睡眠障害のある人が多いことは知られているが、この論文は初めて、睡眠障害がアルツハイマーの原因の1つである可能性を示したといえる」

 今回の発見は脳科学における革命の始まりにほかならないというのが、多くの専門家の一致した意見だ。今後、ラット以外の動物を使った研究で「種の違いを超えてこれが真実であることが明らかになれば、睡眠の基本的な機能が解明されたことになるだろう」と、チェイスラーは言う。画期的だと言われるゆえんだ。

[2013.11.12号掲載]
クリス・ウェラー、イライジャ・ウルフソン

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