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特定秘密保護法案をめぐる議論、3つの疑問とは? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2013年11月28日 13時21分

 この問題ですが、政府が秘密を守ろうとする、あるいは秘密の漏洩に関する罰則を強化したくなるというのは、政府の立場からは理にかなっている部分があります。だから良いというわけではありませんが、複雑化した現代の国際社会にあって「世論の合意を取るのが面倒だから公開しない」とか「相手のある(交渉相手やテロリストなどの)話については手の内を見せたくない」という動機を持つことそれ自体は理解ができます。特に後者に関しては、実務的に考えても秘密扱いをゼロにはできないでしょう。

 問題は、この法案を巡る議論の周辺にあると思います。3点ほど、深刻な疑問を感じます。

 1つ目は、報道の自由を守るべき報道機関に対して、世論が冷淡だということです。

 報道機関に対する冷淡な態度として、例えば、保守的な若い層には「マスコミ」のことを「マスゴミ」だと言って揶揄することが流行しました。国家に自己を投影した立場からは、国家への批判者は「裏切り者=反日」だという印象になることに加えて、そうした「裏切り者」が「経済的な安定」を得ている(実際はそうでもなくなってきていますが)ことへの反発も重なっていたのだと思います。賛成反対はともかく、そうした立場があるのは理屈として理解できます。

 ですが、それはあくまで「自分の立場とは異なる報道機関への反発」に過ぎないわけです。その延長上として「報道機関一般に対して世論が冷淡」だというイメージが拡散され、更には「報道の自由というのは報道機関の既得権益」だというような言い方に賛同が集まるとしたら、これはムチャクチャです。

 個々の報道機関に関しては、好き嫌いも賛成反対もあっていいわけです。ですが、報道機関一般に不信感があるという話になっていって、その結果として今回の法案への反対が盛り上がらないというのは、本当にそういうことが世論の中に起きているであれば、それは大変に異例で一時的な現象であり、長期にわたって実施されるような大きな制度改正を正当化する理由にはならないと思います。

 2つ目は、いわゆる「保守」の立場がどうして賛成するのかという点です。

 最初に申し上げたように、政権当局が秘密を持ちたがるのには理由があるわけです。ですが、政権当局でもないのに、いわゆる「保守」の立場の論説がこの法案に賛成するというのは理解できません。例えば、仮に「保守=中国との緊張拡大も辞さず」という立場であるならば、その立場からは、今回の法改正の契機の1つとなった元海上保安官による「中国船による体当たり映像」の「流出」という行為は「正当」であるはずです。



 この事件が良い例であるように、またTPP交渉の経過が申し合わせで厳秘扱いになったように、現代の外交問題に関しては、「国際協調や対立回避」のために情報をふせることが多いわけです。仮に「保守」という思想が「より自国の利益優先」だとか「近隣諸国との対立の激化も辞さず」だとしたら、「やたら国際協調をしたがって他国に譲歩しがちな」政府の秘密を暴くことに正当性があると考えることも多いはずです。どうしてその「保守」が「政府による情報統制に賛成」という立場になるのか良く分かりません。

 3つ目は、どうして「野党」が賛成に回るのかという点です。

 先ほどの「どうして保守が賛成するのか?」という話と重なる問題ですが、政権与党が「秘密を持ちたがる」のは理屈としては分かります。ですが「野党」でありながら「政府が秘密保持を厳格化する」ことに賛成するというのは良く分かりません。「野党」というのは、政権交代の受け皿を作りながら現政権への批判者として存在しているわけであり、政権が隠そうとしていることを暴くのも使命の1つであり、またそれが政権奪還の手段でもあるはずです。

 それにも関わらずその野党が賛成に回るというのは、すぐにでも政権を取るなり、連立に加わって「秘密を持ちたがる」側になることを想定しているからなのでしょうか? どうにも理解ができません。

 こうした問題点というのは、そのまま法案の中身に関しての議論が進まないということと表裏一体をなしています。更にいえば、日本という国の「政体=政権の正統性」、「主権者から行政府への委任の程度」といった「国体=国のかたち」に、実は合意も統合もないということから出てきた問題のようにも思えます。

 要するに日本というのは「お上」と「庶民」の対立、「藩閥の流れを汲んだ確信犯的な開発独裁(現在は独裁的手法による秩序ある衰退)」と「アジア的封建制からの脱出実験に自分探しをかけた野党精神」の対立、あるいは中央と地方、高齢者と若者、国際志向と国内志向といった「2つの正反対の方向性による対立とバランス」の中に「国体=国のかたちの本質」があるのだと思います。

 今回の「特定秘密保護法」論議を取り巻く動向は、その「対立とバランス」が著しく均衡を失っているということを示しています。この点から考えても、現在の流れの延長で法案成立へ持って行くのは余りに拙速だと思います。

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